1999年7月1日 18時32分―― ※挿絵あり

『こっ……こちら現場上空! 信じられない状況です!』


 アナウンサーが走りながら、対岸の状況を伝えている。

 その声色は、かつてない緊張と焦りに満ちていた。


「もうっ、ご飯のときはテレビ消しなさいって――」


 箸を持ったまま固まって、テレビの速報に見入る父親と子を注意する母親も、そのに気づき、声を止める。


 画面は切り替わり――おそらくはヘリからの映像なのだろう――上空からの視点に変わる。

 それはまさに、火の海だった。黒煙とオレンジ色の爆発が渦を巻き、他には何も見えない。


『現在確認された死者は18名……重軽傷者は32名……ですが、十倍以上には膨れ上がると推定され――』


 たどたどしい口調で、熊本県神瀬こうのせ村の惨状を伝えている――

 ニュースを見る家族はみな、胸のうちに一つの言葉が浮かぶのを感じた。

 だ――と。


 だが誰ひとりとして、それを口に出すことはなかった。ただ固唾を飲んで、画面に見入るばかりだっった。


  *   *   *


「じ……自衛隊の出動を、お……お願いしますっ!」


 男は電話の奥の相手に、必死に頼み込む。

 声だけしか聞こえていないのに、身振り手振りで頼み込んだ。

 側頭部を残して禿げ上がった頭皮に、しわと汗が浮かぶ。


 だがその望みは、すぐに叶えられるものではない。

 まして聞き入れられたとしても、彼らが来るまでには――現場にとってはあまりにも長過ぎる時間があった。

 その間にも、村は滅びていく。


 ずしん、という揺れと共に、窓ガラスに大きくヒビが入った。

 反射的に外を見る。電話機のねじれたケーブルが揺れた。

 赤い光が、もうもうと、ガラスに映り込んでいる。


 

 その光景はまさしく、世界の終わり以外の何物でもなかった。

 ドス黒い大気の中心から、光が放たれる。

 それはさらに、真っ黒い姿をしていた。

 

 男はもう、声を出すのをやめていた。

 電話の奥からは何やら声が聞こえるが、頭にはなにも入ってこない。


 ただ男は一言――きっと無意識のうちに――つぶやいた。


……」


  *   *   *


 警官たちは、無為むいと知りながらも、必死に発砲を続けた。


「これ以上、市民に近づけさせるな!」


 火薬と共に吹き出した一瞬の光が、の姿をかすかに照らす。

 だがその弾丸は、暗闇の中に吸い込まれていくばかりだった。

 吹き上がる爆風と砂煙に目を薄めながらも――じりじりと、足を後退させながらも――誰も逃げ出すことなく、彼らはみな、最期まで抵抗を続けた。


 ただ、人々を守るために――


  *   *   *


「すごい! 怪獣だぁ!」


  *   *   *


「学校休みになるの!? スターウォーズ見にいけるじゃん!」


「バカ! お家にいなきゃダメなの!」


「え~」


  *   *   *


「いつまでゲームしてるんだい、この子は、……ったく、ご飯できてるって言ってるでしょ!

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