怪獣と、私の小さな恋物語

夏藤涼太

序章

序(1999.7.18)

 灼熱にさらされた鉄骨は雫を垂らすほどに融けあがっていた。やがて熱によって限界まで膨れ上がり、暴発する。

 真っ赤な炎を噴き上げながら、東京タワーの最下層は鈍い金属音を轟かせた。

 ……激しい地鳴りと共に。


 支えを失った上層部は自重に耐えきれず、脆いお菓子のようにぼろぼろと、崩れ落ちた。砕け散った硝子ガラスの破片はきらめきながら、土砂のごとく降りそそぐ。


 やがて全ては立ち昇る黒煙に消え、失せていった……。

 東京のシンボルであり、日本で最も高い建造物も、一瞬のうちについえてしまった。


 ――1999年7月。

 東京は火の海に包まれた。

 ガスと電気がほとばしり、知らないうちに引火して、次から次へと燃え失せた。立ち昇った火柱は、新月の夜によく映えた。

 星一つない真っ暗な夜空は、世紀末にふさわしかった。


 闇の中に、ほの白くたゆたう二つの光のたまが見えた。

〈怪獣〉の目だ。

 恐怖の大王の、その両眼だ。


〈怪獣〉は爆炎の光を浴びながら、高い空に漂っていた。

 六対十二羽の羽根を輝かせながら――九つの首をもたげながら――


 目を凝らすと、〈怪獣〉の頭部に一人の少女が半身をうずめているのが見える。

 少女の瞳にちろちろと、炎のゆらぎが映っている。自らが焼きつくした首都の炎だ。その目は黒いガラス玉のように純粋で、真っ暗だった。焦点は定まっておらず、どこかおぼろげに見えた。


「ねぇ、ヒドラ……」

 少女が〈怪獣〉の名を呼ぶ。

「あなたはなして、ヒドラなの……?」

 首にかけられた鋭く黒い勾玉が、鈍く輝いた。


 怪獣は答えることはなく……ただただ轟く爆発音が、むなしく響くばかりであった。


 この街にいるのは少女とヒドラの、ひとり、ふたり。

 他には何も、ありはしない。


 これは、すべてを壊す恋物語。

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