2018年3月31日 あかはらのいけ
一日一作@ととり
第1話
血の匂いがした。掘っ立て小屋の中には複数の人間の惨殺死体、それには女、子どもも含まれている。恭太郎は小屋の入り口で絶句して立っていた。茶色いかなへびがサッと身をひるがえす。外は快晴。遠くを見ると霞にけぶった山に山桜がふわりと咲いている、春の暖かい、気持ちのいい日だった。しかし、冷たい小屋の中は一変している。小屋の中の死体の山の中で、がさごそと服を引きはがしてるのは、井森三太夫だ。
「恭太郎、これをたのむ」といって渡したのは武士なら命より大事な刀だ。三太夫は自分は武士ではないといい、刀の扱いも荒っぽい。刀は三太夫にとって飯のタネ、ただの仕事の道具にすぎないのだ。小屋の奥から女の死体を担いできた三太夫は「外を見張っててくれ」といって女の衣服を剥ぎだした。その女はまだ生きていた。手当すればまだ助かるかもしれない程度に死にかけていた。「いつものか」恭太郎は嫌な気持ちになった。外はうららかな春の陽気なのに、これから行われる三太夫の“癖”におぞましさがつのる。
三太夫にとって女もまた、己の性欲処理の道具に過ぎない。「しめた、こいつ妊娠している」三太夫の声が聞こえた。恭太郎はぞっとして耳をふさいだ。遠くで聞こえていたひばりの声はすぐ聞こえなくなったのに、女のうめき声ははっきりと聞こえた。うめき声は、叫び声に、やがて絶叫に変わった。強烈な血の匂いが充満する。女の声はやがてうめき声になり、消えていった。
「血を流してくる」三太夫は小屋から出て、下の池に身体を洗いに行った。背中しか見えなかったが、三太夫の下半身は真っ赤に染まってる。三太夫は茶色く煮しめたような色の着物を着ている、粋な色だという人間もいるが、そういう言葉に三太夫は平然と、「これは、白い着物だった。いつの間にか返り血で染まったんだ」といって悪趣味に笑う。いわれた方は早々に退散する。塩を撒かれたこともあるが、三太夫は一切気にしない。
そんな三太夫を気に入ってる女郎も居るというのだから、この世は狂ってる。と、恭太郎は思った。たしかに三太夫は一見いい男に見える、色白で長身で甘い顔をしている。女が好きそうな雰囲気だ。嘘もつかない。単純で純粋できさくで、悪くない男だ。ただ、死にかけの美女にしか起たないという欠陥があるだけなのだ。
こんないい男が、女を持たずふらふらしているというだけで、カンが冴えてる女なら、歪みを感じるはずだ。鼻のいい女なら、血の匂いを感じるはずだ。この男は良くないと何かが囁くはずだ。しかし、そんなことを一切かまわない女が居るのだから、世の中奇妙である。
三太夫は恭太郎を連れて、ある、女郎屋に入った。そこに、なじみの女がいる。年のころは18、少々とうが経っているが、年齢は悪くない。年齢は。あくまでも年齢はである。
上から説明しよう。まず髪、乱れて手入れが行き届いてない。肌、なんだか薄汚れている、艶がない。眉、剃り過ぎ。目、落ちくぼんで輝きがなく、目やにが付いている。鼻、品がない。唇、かさかさしている。歯、黄色くて乱杭歯。顎、だらしない。
単品で見てもまとめて見ても、美しくない。身体も似たようなもので、小太りの上にずんぐりした手足。およそ粋とはいえない姿だった。最近は客を取るのではなく、料理や芸事の腕を磨いているというが、なるほど、その方がいいかも知れない。
恭太郎はこの艶子という、みじんも可憐さのない女郎が大好きだった。艶子は明るく、華があり、どこでも目立った。単に声が大きいだけなのかも知れないが、艶子といる三太夫はまず血の匂いをさせない。それが一番の安心材料だった。
艶子は三太夫を見るといそいそと近づいてきた。そして部屋に上げると、「たいしたものは出ないけど」といってお酒と料理を準備した。ぜんぶ艶子のおごりである。そして三太夫が飯を食っているのを嬉しそうに見ているのである。三太夫は腹がいっぱいになるとごろりと横になり、ぐうぐう寝てしまった。それに寝具をかいがいしくかける艶子。自分は別の部屋に行くから、三太夫は艶子を抱いてやればいいのにと恭太郎は思う。しかし、美人(それも死にかけ)の女しか興味のない三太夫には無理な話だ。
艶子は恭太郎にも寝具を渡すのを忘れない。なんだかんだと気の利く人なのだ。恭太郎はまだ眠くなかった。艶子は部屋の奥から本を取り出した。竹取物語と書かれた本はもうここに来るようになって何回となく見ている。他に子どもが読むような本は無いのだ。艶子はそれを読み聞かせてくれる。
美しいかぐや姫が、月に帰る。そこにおそいかかる三太夫、従者達を打ち据えて、かぐや姫をさらい、走り去る三太夫、やがてかぐや姫の顔が艶子にかぶっていく。艶子は幸せそうに三太夫の胸の中だ。やがて恭太郎は寝てしまった。
2018年3月31日(了)
2018年3月31日 あかはらのいけ 一日一作@ととり @oneday-onestory
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