第二十九回 花粉症(九尾の狐)

「はい、八百万談話室のお時間です。さぁ、九尾さん、今日も頑張っていきましょう」

「はいはい」

「ちょっと、もう少しやる気出してくださいよ」

「え? いつも通りだけど?」

「いやいや、もう二月も最終週ですよ」

「うん、そうだね」

「来週はもう三月ですよ。第四クールの最終月ですよ」

「うん、そうだね」

「二年目突入も決まったんですよ。聞きましたよね?」

「うん、聞いたよ」

「……どうかしました?」

「うーん、どうかしたってわけじゃないんだけどね」

「いや、何か気になることがあったら言ってくださいよ」

「最近眷属の狐達の調子がおかしいんだよね」

「え? そうなんですか?」

「まぁ、最近というか、毎年この時期あたりにおかしくなるって感じかな」

「それはまたどうしてでしょう。発情期とかですかね?」

「発情期は昔からだからわかってるよ。おかしのいのはここ最近の話ね」

「なんでしょうね。少し心配です」

「まぁ、でも考えていてもしかたないし、いつも通りお便りの時間にして」

「あ、はい。九尾さんがいいなら……はい、じゃあお便りを読みますね」

「はいはい」

「えー、ラジオネーム『春眠暁を覚えたくない』さん」

「……はい?」

「また変な名前の方からですね」

「正しい言葉は春眠暁を覚えず、だよね?」

「はい。心地よい夜に眠って朝が来たことに築かず眠り続けることです」

「覚えたくない、ってことは朝起きたくないってこと?」

「朝に気づかないじゃなくて気づきたくない、という願望じゃないですか?」

「……まぁ、気持ちはわからないでもないね」

「あはは、では内容にいきますね。『初めまして。まだ寒い時期ですが少しずつ春が近づいてきているのを感じます。多くの人が歓迎する春ですが、私は春を心から歓迎することができません。その理由は私が花粉症だからです』」

「花粉症か。最近悩んでいる人って多いらしいね」

「そうですね。私の知り合いにも花粉症の人がいます」

「花粉症っていつ頃から?」

「花粉の種類にもよるんですが、一番強烈な杉花粉は三月頃がピークだったかと思います」

「あー……じゃあもうすぐか」

「過敏な方はピークを待たずに花粉症に苦しむらしいです」

「そうなの? せっかく心地のいい春なのに、その人達は楽しめないのか」

「そうですね。花粉症の方々は心から春を歓迎できないでしょうね」

「花粉症じゃなくて良かったよ」

「私も花粉症じゃないですからね。すみません、花粉症の方の苦しみがわかりません」

「まぁ、しかたない。それで続きは?」

「あ、はい。えっと『外出するだけで目が痒くなってくしゃみが止まりません。最近は移動する際にゴミ袋と箱のティッシュは必須です。家に帰ってきてもまず服についた花粉を落とさないと家の中まで大変なことになってしまいます。マスクや薬などの花粉症対策グッズは使える範囲で使っているのですが、どうしてもこの季節だけは素直に受け入れることができません』とのことです」

「花粉症ってそんなにすごいの?」

「重度の方はかなり厳しいらしいですよ」

「そうなの。花粉症って確かアレルギーか何かだったよね?」

「はい。アレルギーです。しかもいきなり発症することがあるそうなので油断できません」

「ん? 生まれつきじゃないの?」

「花粉症の両親を持つと発症のしやすさが違うという話は聞いたことがあります」

「それは遺伝ってこと?」

「はい。花粉症じゃない両親から生まれた子供は花粉症になりにくいそうです」

「へぇ、そうなんだ」

「ただ今は大丈夫でもいきなりくしゃみが出て花粉症になる、ということもあるそうです」

「なにそれ。怖いじゃない」

「はい。だから私も九尾さんももしかしたら今年花粉症になるかもしれませんよ」

「うわぁ、外出できないのはきついから花粉症になりたくない」

「それはみんな同じ意見ですよ」

「原因って何なの?」

「えっとですね。戦後復興のために大量の木材が必要で杉をたくさん植えたからです」

「じゃあ切っちゃえば良いんじゃないの?」

「そうすると次の木を植えて生えそろうまで土砂崩れとか起こりやすいですよ」

「じゃあ毎年ランダムに切ってそこに違う木を植えていけばいいんじゃないの?」

「順次花粉の少ない品種改良された杉や広葉樹林への植え替えはしているそうですよ」

「そうなの?」

「はい。ですがまず杉の木が多すぎるのと、林業のための予算と問題はあるみたいです」

「結局こういうことは金に行き着くわけ、か」

「はい。それに医薬品や医療品を取り扱う会社はこの時期花粉症対策グッズが売れ筋です」

「苦しい思いをしている人がいる一方でそれがビジネスチャンスってわけね」

「それが人間の世の中ですからね。需要と供給です」

「うーん、花粉症があるってなると人間も大変ね」

「あ、九尾さん」

「ん? なに?」

「花粉症になるのは人間だけじゃないですよ」

「え? そうなの?」

「はい。動物園の動物たちが花粉症になっていますから」

「そうなんだ。動物も花粉症になるんだ」

「はい。人間みたいに花粉症対策グッズが使えませんから可哀想ですよね」

「……あ」

「どうしました?」

「もしかして眷属の狐達、花粉症?」

「そうかもしれませんね。動物も花粉症になりますから」

「神社仏閣の近くって杉の木が多く植えられているからね」

「伝統や理由があって植えられていますから、どうしても杉の木は多くなりますよね」

「うん、その近くで生活しているから突然花粉症になったのかも」

「ですが住処は帰られないですよね?」

「そうなんだよね。この時期だけ社の中に避難させてあげようか……」

「おぉー、優しいですね」

「元気じゃないとこき使えないからね」

「……前言撤回です」

「嘘だよ、冗談。眷属の狐達は私以外の神様とも関係があるからだよ」

「九尾さんが言うと冗談に聞こえないですよ」

「えー、私にどんなイメージを持ってるわけ?」

「さっきの言葉が本心に聞こえるようなイメージです」

「酷くない?」

「おそらく私と同じ印象を持っている人は多いと思いますよ」

「えー……やっぱイメチェンしないといけないかな?」

「いやいや……結構前に話したことある話題を掘り返されても……」

「二年目はちょっと真面目なキャラクターでいってみようかな」

「いえ、九尾さんはこのままでいいですよ」

「あ、そう? いい意味で捉えておくよ」

「それはありがとうございます」

「さて、それよりも狐達の花粉症対策が急務かな」

「人間の花粉症対策グッズがそのまま有効かどうかはわかりませんからね」

「ひとまず片っ端から試してみようか」

「有効な物もあるかもしれませんからね」

「うん、じゃあこの番組当てに花粉症対策グッズ、よろしくね」

「ちょ、ちょっとっ! リスナーの皆さんに送ってこさせようとしちゃダメですよ!」

「えー、いいじゃない。そうした方がこっちは出費が抑えられる」

「聞いてくれている方達に出させたらダメですよ」

「神代、よく考えてみて」

「な、何をですか?」

「八百万の神々が困っているわけだよ」

「は、はい」

「そこに人々が私財を投じるのが昔からの習わしだよね」

「はい」

「そして神々は人を守る。ずっとこの関係性が続いてきたわけ」

「そうですね」

「これは奉納だよね?」

「えっと……そうですね……」

「つまりリスナーのみんなが狐達のために花粉症グッズを送ってくるのは奉納なの」

「は、はぁ……」

「つまりこれは何もおかしいことではない。ごく普通の神と人のあり方なわけ」

「言われてみればそうかも……」

「つまり、何の問題も無い。だからみんなは心配しないで花粉症グッズを送ってきてね」

「……あれ? 言いくるめられた?」

「『春眠暁を覚えたくない』も、狐達と一緒に頑張って花粉症シーズンを乗り越えよう」

「え、えっと……」

「お便りありがとう! じゃあ神代、次のお便りにいこうか」

「しゅ、主導権を完全に握られてしまいました……」

「ほら、次にいこう」

「えー『春眠暁を覚えたくない』さん、ありがとうございました。では次のお便りです」

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