第二十七回 あがり症(大天狗)

「さぁ、大天狗様っ! コマーシャル開けですが早速次のお便りにいきましょうっ!」

「う、うむ、そうじゃな……」

「あれ? どうかしました?」

「いや、それはこちらの台詞じゃろう。さっきとは別人ではないか」

「あー……それはですね、えっと……言っていいのかな?」

「なんじゃ、もったいぶりよって」

「まぁいいか。えっとですね、八百万談話室の……二年目突入が決まりました!」

「ほぅ、一年も続かんと思っておったのじゃが、そうか」

「とんでもない不祥事さえ起こらなければおおむね決定のようです。さっき聞きました」

「それで別人のように気合いが入っておったのか」

「はいっ! それに八百万の神々の皆様は人間のような不祥事は基本ありません!」

「ないのぉ、そもそもそれほど人前に姿を現さんからな」

「はい。つまりこれはもう変わることのない決定事項です!」

「良かったではないか。神代の努力のたまものであろう」

「いやいやいやいや……八百万の皆様のご尽力があってのことですよ」

「まぁ、何にせよ良かったではないか」

「はい。それでですね。二年目突入を記念して偉い方々が何か作ろうとしているみたいです」

「何かを作る? なんじゃそれは?」

「さぁ、まだよくわかりません。二月中には方向性を固めたいそうです」

「ふむ、なら今は黙して待つのが良いだろう」

「そうですね。何が作られるのか、楽しみにしていましょう」

「そうじゃな」

「それではお便りにいきます。えー、ラジオネーム『フェイスファイヤー』さん」

「なんじゃ? その名は……」

「なんでしょう。顔と火……火傷ですかね? それか怒りなどの激情家でしょうか?」

「うーむ、わからぬのう」

「とりあえず読み進めますね。えー『いつも楽しく聞いています。今日は初めてお便りを送ります。僕は人付き合いがあまり得意ではなく、人前で話すのがとにかく苦手です。ですが社会人になると人前で話さなければならない機会が増え、毎日大変な思いをしながら仕事をしています。どう人前で話すのが苦手なのかというと、とにかく多くの視線が集まることが恥ずかしく緊張してしまって上手く話せません。そして失敗ばかりして余計に恥ずかしさと緊張が積み重なっていくからです』」

「なるほど、顔と火、顔から火が出るという意味か」

「いわゆるあがり症ですね」

「そうじゃな」

「『一対一ならなんとなくなるのですが、大勢の中での発言はダメです。大勢に向かっての発言もダメです。同僚には顔が茹で蛸のように真っ赤だと言われたこともあります。どうにかこの緊張を克服したいのですが、何か良い案はないでしょうか?』というお便りです」

「緊張を克服する案、か」

「これ、口で言うのは簡単ですけどかなり難しいですよね」

「そうじゃな。人間の心から緊張を完全に取り除くことは不可能じゃからのう」

「つまり、緊張と上手く付き合っていく方法、ということですね」

「そうなるな」

「ならひとまず私たちの緊張のほぐし方などを言ってみますか?」

「うむ、参考になるかもしれんからな」

「えー、では私ですが、めちゃめちゃ練習します」

「練習?」

「はい。大勢の前で話すと言うことはプレゼンや説明などだと思います」

「ふむ、そうじゃのう」

「なら身体や頭や話す口が間違う余地がないくらいリハーサルします」

「ぶっつけ本番はせぬということか」

「はい。ここ一番の時にぶっつけ本番は論外です」

「それも良いかもしれんな。模範解答を先に予行演習して成功しておくのは良い経験じゃ」

「はい。この番組開始当初は毎日緊張の連続でしたからね」

「……まるで今は緊張しておらぬような言い方じゃのう」

「あはは、以前ほどは緊張しなくなりました。多少慣れたってことですかね」

「うーむ、まぁよかろう」

「はい、では大天狗様はどうやって緊張と付き合っていっていますか?」

「ワシは……思考を停止させて一度落ち着くのう」

「思考停止と落ち着く、ですか?」

「うむ。緊張していることを一度忘れるのじゃ」

「えっと、忘れられます?」

「そのために横になって仮眠を取ったりする」

「頭で考えないようにして、心身は仮眠を取るように休ませる、ということですか?」

「まぁ、そんなところじゃな」

「なるほど、緊張していることや緊張することばかり考えていても解決しませんからね」

「ひとまず緊張の原因から様々な方法で距離を取ると楽になる」

「うーん、ですがよく考えてみても緊張と付き合っていくっていうのは難しいですね」

「そうじゃな。知り合いにも緊張知らずの者はおるが、稀じゃな」

「緊張知らずの知り合いって誰です?」

「九尾じゃ」

「あー……あの方は緊張とは無縁そうですね」

「真剣味が今ひとつ足らんが、頭の回転が速く常に遊び心に溢れている」

「場当たり的にだいたいのことはやり過ごしちゃいますからね」

「失敗したのは日本に逃げてくる原因になった火遊びくらいではないかのう」

「時々、九尾さんが羨ましいと思うことがあります」

「その気持ちはわからんでもないな」

「うーん、あと緊張というと……あっ!」

「どうした?」

「大天狗様、女天狗様と始めてあったときは緊張しましたか?」

「なんじゃ? いきなり……」

「いや、ほら、男女が初めて顔を合わせるとなると緊張するものじゃないですか」

「そういうものか?」

「あっ……大天狗様は女性には緊張しないタイプでしたね」

「それはどういう意味じゃ?」

「だって大天狗様、若かりし頃は女遊びが原因で……」

「そ、その話はやめよ。この間の写真の加工技術の話の日は大変だったんじゃからな」

「え? 女天狗様と何かあったんですか?」

「まぁな。少々尋問に近い聞き取り調査が半日ほど続いただけじゃ」

「は、半日……」

「ひとまず、今のカレンダーに載っている全ての祝日で贈り物をすることに決まった」

「あらら……まずいことがあったのでしょうね」

「むろん、今まで贈り物をしていた記念日などは継続で、な」

「確かに大変ですが、なぜか可哀想だという感情が微塵もわいてきません」

「……神代、いつからそんな薄情者になったのじゃ?」

「いやいやいやいや……どう考えてもそこは自業自得じゃないですか?」

「うーむ、まぁワシが軽率だったということは否定できぬが……」

「いや、まさにその通りだと思いますよ」

「……ワシが悪いのか」

「はい、そうです」

「はっきり言うのう」

「ここはオブラートに包んでもしかたないと思いますから」

「うーむ……少し自重せねばならんかもしれんな」

「はい、少しは自重してください。女天狗様の寛大さに甘えすぎですよ」

「わかった。ではこの番組の二年目突入記念に飲みに行くのを最後としよう」

「ちょっと? 大天狗様?」

「なんじゃ?」

「全く自重していないじゃないですか」

「じゃから、これを最後に自重すると言っておるじゃろう」

「禁酒禁煙を明日からするって言って今日は堪能しまくっているダメ人間の典型ですよ」

「ワシをそんじょそこらのダメ人間と一緒にするな。自重すると言っておるじゃろう」

「いやいやいやいや……言っていることは本当にダメ人間と全く一緒ですから」

「……そうなのか?」

「そうですよ。八百万の神々なんですから、日頃の行いはしっかりしてください」

「うーむ、飲みに行くくらいはいいと思ったのじゃが……」

「落ち着きましたね。えー『フェイスファイヤー』さん、ありがとうございました」

「ん? おお、もう終わりか」

「参考になったかどうかわかりませんが思い詰めすぎず工夫してみてください」

「まぁ、なせばなる、じゃからな。工夫はいつか結果に結びつくじゃろう」

「大天狗様は無自覚に悪い結果にばかり結びつきそうなことばかりしていそうですが……」

「どういう意味じゃ?」

「えー、それは帰って女天狗様に聞いてみてください。では次のお便りにいきますね」

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