第二十六回 贈り物(スサノオノミコト)
「んー……美味しいですね」
「何食ってんだ?」
「チョコレートですよ。今日はバレンタインデーですから」
「放送始まってんだろ? 食ってて良いのか?」
「これはですね。放送中に食べたということをアピールしながらお礼を言うためです」
「お礼?」
「はい、女性のリスナーの方から八百万の皆様方にたくさん届いています」
「それ、ここでお前が勝手に食ったらダメなんじゃねぇのか?」
「ちゃんと私も食べていいというお手紙が一緒だったものを食べていますよ」
「それならいいのか……って、これはお供え物扱いになるのか?」
「んー……どうなんでしょうね。よくわかりません」
「よくわからねぇって……」
「それよりスサノオ様もお一つどうですか? こちらのチョコレートも美味しそうですよ」
「俺はいい」
「今日くらいはいいじゃないですか」
「食うとしても終わってからにする。今は仕事の時間だろ?」
「そうですね。では休憩タイムはこのあたりにして始めましょうか」
「休憩タイムってまだ一通もお便りを読んでねぇだろ」
「あはは、チョコレート美味しかったですよ。ありがとうございます。ではお便りです」
「それよりどうして今日、俺が呼ばれたんだ?」
「はい?」
「俺はスサノオだぞ」
「はい、存じています」
「ヤマタノオロチ退治などで武勇伝を持っているスサノオだぞ」
「はい、そちらも存じております」
「なぜバレンタインデー?」
「えっと、ですね。先週夜叉鬼神様が来てくださいました」
「ああ、それは知っている」
「金曜日は犬神さんと猫又さんが交互なんですよ」
「そうだったな」
「お二方のどちらか一回分だけが削れると面倒なんで、一回分ずつ削ろうという判断です」
「なるほど、それで今日はレギュラーではないゲストが呼ばれた理由はわかった」
「はい」
「しかしなぜ俺なのだ?」
「なぜか、それは前回クシナダ様が出ていただいたときに夫婦愛を感じました」
「そうか」
「それでですね、是非とも早いうちにスサノオ様からもお話が聞きたいと思いました」
「それで俺を呼んだのか?」
「はい。いけなかったでしょうか?」
「いや、かまわんが、今日という日に呼ばれたことに違和感があっただけだ」
「そうでしたか。ではお便りにいきましょう。それで違和感も忘れましょう」
「そうだな。ではお便りにいってくれ」
「はい、ではラジオネーム『プレゼンター』さん」
「今日にぴったりの名だな」
「今日に合わせてきたのでしょうね。えー『よく拝聴させていただいています。私は今日仕事でなかなか会えない好きな人に前日から届くようにチョコレートを送りました。手作りで包装にも気を配りました。ちゃんと届いて、食べてくれて、美味しいと言ってもらえたら嬉しいです。どのようなチョコレートを作るか悩み、慣れない手作りチョコレートのために失敗作をいくつも作りました。完成したチョコレートで私の愛情を感じてもらえることを祈っています』と、書いていますね」
「……ここ最近の中では少し短い方だな」
「そうですね。最近リスナーの方も凝ったお便りを出すようになってきましたからね」
「この番組に聞く方が慣れてきたということか」
「はい、そう思います。良いことですね」
「そうだな。番組が受け入れられなければこういうことはない」
「はい、それでですね」
「なんだ?」
「この方は贈り物で愛情を感じて欲しいと祈っているわけですよ」
「そう書いているな」
「そこでスサノオ様はクシナダ様にどのような贈り物をしていますか?」
「贈り物、か。ヤマタノオロチから助けた後は毎年櫛を贈っていたな」
「櫛ですか? クシナダ様と縁のある櫛を選んだということですか?」
「そうだな。しかし毎年贈っていたら櫛だけで膨大な数になってしまうからな」
「そうですね。神話時代から今年までだったら一体何年になるのでしょうかね」
「櫛から装飾品や反物、化粧道具に履物……一通りは送り尽くしたな」
「頭のてっぺんから足の先まで一通り全部ですか?」
「ああ」
「じゃあ今年は何を贈る予定ですか?」
「まだ決めていないな。実を言うとここ最近は何を贈れば良いか毎年悩んでいる」
「全ての種類を贈ったということは……確かに悩みますね」
「すでに身の回りのものは何周もしているからな。また頭に戻るというのも味気ない」
「そうですね。ではお食事にお誘いして、花束を渡すというのはいかがでしょうか?」
「近いことはしたことがあるな」
「さすが神話時代から良好な夫婦仲ですね。では宝石関係はどうでしょうか?」
「それも一通り贈っている。そこまで大きなものではないがな」
「うーん、それでしたら食器類はどうでしょうか?」
「食器類ももう贈ったことがある。種類も色も豊富だぞ」
「いえいえ、食器に名前を入れて贈るんですよ。そして夫婦ですからお揃いにするんです」
「名入りで夫婦揃いのものを贈る、か。あまりそういうものは贈ったことがなかったな」
「夫婦茶碗みたいなもので名前を入れてオリジナリティを込めます」
「うむ、悪くないな」
「それに夫婦茶碗だけで無く装飾品などでもペアルックというものがあります」
「なるほど。いい話を聞いた。検討しよう」
「良い提案ができて良かったです。クシナダ様もきっと喜んでくださいますよ」
「そうか」
「それに贈り物は自分のことを考えて選んでくれることが嬉しかったりしますからね」
「そういうものか?」
「はい。ですから物で喜ばせるだけでなく、相手を思っている証明で喜ばせるのです」
「ふむ、深いな」
「あはは、ありがとうございます。ではそろそろお便りの続きを読みますね」
「……ん? 続き?」
「『スサノオ様のことですからチョコレートはすぐにはお食べにはならないと思います。慣れぬ洋菓子でしたので恥ずかしながら自信はございませんが、精一杯手作りで作らせていただきました。毎年贈り物をしていただいているささやかなお礼でございます。毎年私のことを思っての贈り物はどのようなものであっても私はいただけることが嬉しゅうございます。神代殿にご助力いただきこのような形に、現代で言うサプライズという方式に挑戦することとなりました。喜んでいただけましたでしょうか?』と、クシナダ様からのお便りです」
「神代……仕組んでおったのか」
「はい。以前九尾さんが仕組んでいたのを思い出してクシナダ様に提案してみました」
「まったく、これではチョコレートをここで食わざるを得ないではないか」
「あはは、良いじゃないですか。放送で感想をどうぞ」
「では一つ……」
「……どうですか?」
「うむ、美味い」
「おー、良かったです。クシナダ様、どうやら成功のようですよ」
「困ったものだな。これでは番組の私物化ではないか」
「たまにはこういうのも良いと思うんですよ」
「悪いとは言わんが、聞いている側はどう思うのだろうな」
「んー、このラジオのリスナーさんなら祝福してくれそうですよ」
「なら良いのだが……先ほどの贈り物の提案は聞かなかったことにする」
「あれ? どうしてですか?」
「意表を突かれたのであれば、こちらも意表を突くような贈り物をせねば、な」
「ああ、そういうことですか。クシナダ様、期待して待っていてくださいね」
「むっ、難度を上げるな」
「あはは、良い夫婦愛を見させていただきありがとうございました」
「見世物ではないのだが……」
「クシナダ様も慣れないチョコレート作りお疲れ様でした。大成功です!」
「やれやれ……」
「ではバレンタインデーらしいスタートとなったわけですから、ドンドンいきましょう」
「そうだな。少々気恥ずかしいから先に進めてもらえるとありがたい」
「わかりました。では次のお便りにいきますね」
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