第二十五回 嗜好品(八咫烏)

「じゃあ次のお便りにいきますよ」

「おう……」

「あれ? 八咫烏さん? どうかしましたか?」

「いや、昨日の座敷童のよ、ラストのお便りのことなんだがな」

「ああ、あれは面白かったですね」

「面白かったぜ。だからよ、俺っちもああいう思わず笑っちまうようなお便りが欲しい」

「欲しいと、言われましても……こればかりは投稿されるのを待つしかありませんから」

「わかってんだよ。わかってんだけどよ、俺っちには笑いのお便りって来ねぇだろ?」

「そうですね。八咫烏さんはスポーツ好きのイメージですからね」

「スポーツ好きのイメージだったら何だって言うんだ?」

「いや、何というか、真面目な質問とか相談が集まりやすいイメージってことです」

「俺っちってそんなに真面目なイメージがるのか?」

「いえ、八咫烏さんではなく、真剣に正しくスポーツを分析できる方が、です」

「うぉいっ! 俺っちは真面目じゃねぇってのか!」

「真面目……ではないですよね」

「おいおい、俺っちのどこが真面目じゃねぇってんだ?」

「入場料がいるスポーツ、たまに飛んでいってタダ見していますよね」

「あっ! こら神代! それは言っちゃいけねぇぜ!」

「タダ見はいけないと思いますよ」

「あれは複数の会場で見たい試合があってチンタラしてらんねぇからしかたなくだな……」

「タダ見、したんですよね?」

「……した」

「はい、真面目な方はタダ見なんてしません」

「ちっ、余計なことしゃべっちまったぜ」

「しかも全然反省していないじゃないですか」

「いや、まぁ……」

「プロスポーツでは入場料は貴重な収入源ですよ。何か言うことはありませんか?」

「……タダ見をしちまってすまねぇ」

「次は真面目に入場料を払って試合を見ている方々に何か言うことはありませんか?」

「……俺っちだけ勝手してすまねぇ」

「はい、これに懲りたらもうタダ見なんてしてはいけませんよ」

「わかったよ」

「ですが真面目に謝罪したので真面目な方だという認識も広がるかもしれませんよ」

「そうか。俺っちに真面目なイメージが着くわけだな」

「はい。ですがそうなるとお笑いのお便りは来なくなるかもしれませんね」

「なんだと? じゃあ真面目なんてやめちまう……わけにはいかねぇか」

「あはは、二兎を追う者は一兎をも得ずですよ」

「混乱してきちまったが、贅沢はいけねぇってこったな。もうイメージはどうでもいいや」

「はい。ではそろそろ次のお便りにいきますよ」

「おう、いってくれ」

「えー、ラジオネーム『昭和の大人』さん」

「昭和って終わってからもう三十年以上なんだな。じゃあこいつはかなりのじじいか?」

「読んでみますね。えー『初めまして。僕はこの春で社会人二年目を迎えます』」

「ん? すげぇ若いじゃねぇか」

「若いですね。『僕は同期や同世代より、上司や年上の人達と仲良くなる傾向があります。その理由はお酒とタバコです。休憩時間にタバコを吸いに行くと二回りくらい年上の上司と一緒になって話す機会があり、仕事が終わればまた一回りくらい年上の上司と飲みに行きます。そのおかげで目上の方々とは仲が良いのですが、同年代とは少し距離ができてしまいました』」

「今のご時世、珍しい若者じゃねぇか」

「本当ですね。えっと『最近はお酒やタバコという嗜好品に触れる若者が減ったと言われています。僕はどちらも好きなのですが、どうしても同年代に理解されません。タバコは身体に害があるだけ、仕事が終わったのに酒の席でまだ上司と付き合いたくない、と言われて僕は異端児のような扱いです。なんとか理解して貰う方法はないでしょうか?』だそうです」

「喫煙者はドンドン肩身が狭くなるからな。仲間はまぁ、少ねぇわな」

「年上の方々も健康を気にしてタバコをやめる方も多いですからね」

「上司と酒の席に行きたがらねぇ奴らが増えたな」

「公私混同する方もいますから、プライベートな時間を守りたいのはわかりますね」

「理解して貰うって言ってもよ。個性で良いんじゃねぇか?」

「タバコは臭いや煙で周囲の人に迷惑をかけてしまいますからね。距離は埋まらないかと」

「酒は個性で良いだろ?」

「問題は上司と一緒に行動するというところかもしれませんね」

「つまり同年代や同期なら一緒に酒を飲みに行けるってことか?」

「人に寄りますけどね。上司は距離をとられてしまいがちです」

「じゃあ、あれだな。こいつはひとまず同期を誘って酒を飲みに行けるか試すべきだな」

「そうですね。一緒にいるときにタバコを吸わなければ多少は可能性がありそうです」

「タバコは諦めるしかねぇか?」

「さすがにタバコを吸っていない人を喫煙者にするのはダメでしょう」

「だな、じゃあタバコを封印して同期と酒に行けるかどうか、だ。わかったか?」

「えー、ひとまず同期の方と行動を共にできるかを確認してみてください」

「それができたら後はひたすらしゃべりまくれ。お互いの理解を深めるんだぜ」

「あまりしつこくない程度で話して、少しずつ距離を縮めましょう。焦ってはいけませんよ」

「おう、肩身は多少狭いかもしれねぇが頑張れよ」

「昭和の常識ですから通用しなくて当然ですからね」

「おう、俺っちも今まで通りの感覚でいたら現代で困ったこともあるからな」

「八百万の皆様方はそういうのちょくちょくありますよね」

「そりゃここ数十年、時代の変化は早ぇからな。気がついたらとうの昔に時代遅れよ」

「例えばどんなことで困りました?」

「最近ビビったのは電話だな」

「電話ですか?」

「おう、携帯だ。初めて見たときは独り言をぶつくさ言ってんのかと思ったぜ」

「携帯電話が登場した時代はみんなそうだったかもしれませんね」

「それが最近はよ、一人一台は当たり前じゃねぇか」

「そうですね」

「十人くらいがすげぇ近いところでしゃべってんだよ。携帯なのか対話なのかわからねぇ」

「ハンズフリーで話せるアイテムもありますからね」

「おう、ありゃまるで頭のいかれた変人だ」

「現代人にはもう携帯は当たり前ですから見向きもしませんけどね」

「俺っちはない時代の方が長いからな。最新機器ってのはなかなか慣れねぇもんだ」

「最新機器ですか。これから時代が進めばまだまだ出てくるでしょうね」

「ここ百年の進化は異常だぜ。これよりさらに進化するってなると理解も追いつかねぇよ」

「あはは、たぶん、最新機器に触れていないお年寄りの方々も同じ意見だと思います」

「けっ俺っちの方がじじいだったってわけか」

「まぁまぁ、長く生きていて良いこともあったんじゃないですか?」

「長生きで良いこと、か。何かあったか?」

「いやいやいやいや……そこはすんなり言って欲しいところなんですけど……」

「あぁ、時が流れて時代が受け継がれていく様を見れたのは面白かったぜ」

「……はい?」

「一人の人間に注目するんだよ。そいつが結婚したらガキが生まれるだろ?」

「そうですね」

「そのガキがまた成長してガキをこさえる。俺っちが注目した人間はこのあたりで死ぬ」

「人の移り変わりをその目で何世代も見てきた、ということですか」

「そういうこった。あれほどおもしれぇものはねぇな。どんな本よりもいいぜ」

「歴史に流れをその目で見てきたというのは羨ましいですね」

「おう、人間もそういうのに憧れるのか?」

「はい。ですが自分だけが不老不死なのは嫌ですね。孤独ですから」

「孤独? 考えたこともなかったな」

「日本は八百万の神々の国ですからね。一人だけという状況はないでしょう」

「そっか、じゃあ俺っちは恵まれてんな」

「そうですね、羨ましいです」

「そうなると『昭和の大人』も同年代で一人ってのはつらいのか?」

「多少孤独は感じているでしょう。お便りを出すくらいですから」

「おう、そうだな」

「えー『昭和の大人』さん。同期の方へまず行動を起こしてみてくださいね」

「仲良く酒を酌み交わせる相手ってのはいいもんだぜ」

「『昭和の大人』さん、お便りありがとうございました」

「経過報告待ってるぜ。さぁて、次は笑える内容だとありがてぇな」

「笑えればいいですね。では次のお便り、読みますね」

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