第二十四回 隠蔽(座敷童)

「そろそろ次のお便りで今日は最後になりそうですね」

「そうだね。今日は重い話が多かったね」

「そうですね。座敷童ちゃんも少しお疲れのようです」

「神代もしんどそうだけど?」

「正直、少し気疲れしています」

「最後は気楽で楽しい話題がいいよ」

「そのご希望に添えるかどうか、次のお便りを読んでみますよ」

「え? もう始めるの?」

「座敷童ちゃん、放送中に休憩はなしです」

「ハァ……わかったよ。じゃあ読んで」

「はい。では本日最後のお便りです。ラジオネーム『分身の術』さん」

「……忍者?」

「それはわかりませんが、なんとなく気楽そうな雰囲気が名前からしますね」

「そうだね。じゃあ早速進めようよ」

「はい。えー『はじめまして、この番組は今仲間内で流行っています』」

「へー、すごいね」

「ありがとうございます。えっと『うちの部署には真面目で仕事のできる上司がいます。その上司は誰よりも先に職場にやってきて掃除やその日の段取りを組んで仕事の準備をしています。そのおかげで僕ら部下はほとんど残業もなく帰ることが出来ています』」

「おぉっ、すごく良い上司だね」

「『ストレスもなく仕事ができていたある日、会社がトラブルで連日大忙しの時でした。仕事で他社に寄ってから出勤したとき、職場の雰囲気が少しおかしかったのです。最初は意味がわかりませんでしたが、上司に朝の仕事の報告に行って、職場の雰囲気がおかしい理由がわかりました。その理由は、上司のカツラが不自然にズレていたからでした』」

「え? えぇっ! カツラ?」

「『今まで誰もカツラだと知らず、今日初めてみんな知りました。しかし上司はカツラがズレていることに気づいていないようで、どう対応すれば良いのかわからず全員が戸惑っているのが職場の雰囲気でした。そんな雰囲気の職場に帰った僕はみんなからのアイコンタクトで上司のカツラズレ問題の担当を押しつけられてしまいました』」

「ハハハハハ……カツラズレ問題……ハハハハハ……」

「座敷童ちゃん、笑いすぎですよ。まぁ、面白いですけど……えっと『しかたなく上司にそれとなくカツラがズレていることを知らせようと、ジェスチャーで自分の頭や髪の毛を触って伝わらないかとチャレンジしました。その時、上司は「よっこらしょ」と言っておもむろにカツラを取り外し、デスクの上に置きました』」

「ハハハハハ……」

「『上司は鏡のような禿げ頭のまま立ち上がって「ちょっと席外すけど、みんな仕事さぼるなよ」と言って部署の玄関まで行きます。そして振り返って決めポーズをしながら「俺の本体が監視しているからな」と言って部署を出て行きました。上司が立ち去ってしばらくは爆笑がやむことはありませんでした。僕だけでなく多くの同僚が、この上司に一生ついていこうと決めた瞬間でした』と、いうお便りです」

「ハハハハハ……笑いが止まらない……カツラが本体……ハハハハハ……」

「あはは、なるほど、ラジオネームが『分身の術』の理由がわかりました」

「ハァ、ハァ……あー、笑った。今までの重いお便りが全部吹っ飛んだよ」

「本当ですね。まさか最後のお便りにこんな爆弾が仕掛けられていたとは驚きです」

「決めポーズ……どんなポーズか知りたい!」

「こんな感じじゃないですか? シャキーン!」

「ハハハハハ……あー、良い上司だね。会ってみたいよ」

「部下の仕事のために早く出勤して、カツラを使って爆笑を取るなんて普通できませんよ」

「しかもこの日まで誰にも気づかれないようにしていたんでしょ?」

「そう書いていますね。この上司、このために隠していたんですかね?」

「会社がトラブルで連日大忙しの時のために? だったらこの上司すごすぎるよね」

「みんなのストレスや厳しい雰囲気を一蹴しちゃいましたからね」

「一体どうやって隠していたのかな? カツラなんてちょっとした風でばれそうなのに」

「あっ! だからいつも誰よりも早く来ていたんですよ」

「会社の外でカツラがズレてもばれないように?」

「きっとそうですよ。それで朝の時間にみんなの段取りを組んでいたんですよ」

「カツラ隠しの優先順位高すぎでしょ!」

「この上司ならやりかねないと思います」

「いや、まぁ、そうだけど……」

「ですがそうだったとき、一つだけこの上司には問題があります」

「え? 何?」

「この上司は隠蔽体質だと言うことです」

「隠蔽? ハハハハハ……カツラで禿げ頭をずっと隠していたから?」

「はい。隠蔽です」

「ハハハハハ……そうだね。確かに隠蔽だね」

「しかも偽装工作付きですよ」

「ハハハハハ……もう勘弁して……」

「座敷童ちゃん、ツボにはまっていますね」

「も、もう……笑いすぎて疲れた……」

「この『分身の術』さんの上司に感謝ですね」

「うん、久しぶりにこんなに笑った。そしてすごい上司で驚いた」

「何かを隠す時は見られたくないから隠すんですが、まさかの隠し球ですからね」

「会社の危機に部下の緊張やストレスを解くために隠しておくなんてすごいよ」

「カツラを被るっていう偽装工作も完璧でしたしね」

「そ、そうだね……ってか、笑わせようとしないで!」

「あはは、これは失礼しました」

「あー、でも良い隠蔽ってあるんだって初めて知ったよ」

「そうですね。隠蔽って悪いことを隠すってイメージですからね」

「世の中を賑わせる隠蔽っていっぱいあるもんね」

「様々な業界、様々な組織で起こっていますからね」

「でもそのニュースを騒がせる隠蔽もきっと、最初は小さいものだったんだと思うよ」

「小さいもの、ですか?」

「そうそう。小さいミスを隠して、それを嘘で包んで、あとは雪だるま方式」

「なるほど。気がついたときには表に出せないくらい大きくなってしまっているんですね」

「うん、嘘をついたらその嘘を守るためにまた別のところで嘘をついてしまうのと一緒」

「だからといって小さいミスをいちいち公言するのも難しいですよね」

「そこだよね。世の隠蔽が問題視されているところって」

「手に負える小さいミスと手に負えない大きなミスの線引きを誤ると大変ですね」

「うん、隠したい気持ちもわかるんだけどね」

「何でもかんでも大っぴらにできませんからね」

「ある程度はしかたないとして、問題が大きくなりすぎない間に誰か解決して欲しいよ」

「ダメージは小さいに限りますからね。座敷童ちゃんは何か隠していることありますか?」

「……いや、聞かれても言うわけないでしょ」

「そこをなんとか。どうしても聞きたいことがあるんです」

「言うつもりはないけど、一応質問だけは聞いておくよ」

「ありがとうございます。えっと、どうやったら座敷童ちゃんは家に来てくれますか?」

「……いや、言わないよ。言ったらみんなやっちゃうでしょ?」

「そこをなんとか」

「ダメだって」

「幸運が欲しいんです」

「幸運は自分で行動してつかみ取るのが常識だよ」

「どうかこの通りです!」

「頭下げても拝んでもダメ」

「カツラを外すくらい軽い感じで教えてください」

「いや、カツラって……あー、ダメ! 思い出し笑いしそう」

「本体のカツラをデスクの上に……どーんっ!」

「ハハハハハ……ダメ! 思い出しちゃった!」

「みんなサボるなよ、本体のカツラが監視しているぞ」

「ハハハハハ……」

「決めポーズ、シャキーン!」

「ハハハハハ……ちょっと黙って! 思い出して……笑っちゃう……」

「止めて欲しかったら座敷童ちゃんを家に呼ぶ方法を教えてください」

「い、いや、それはダメでしょ。交換条件じゃない」

「カツラを取ったら鏡のような禿げ頭!」

「ハハハハハ……し、しんどい……」

「えー、『分身の術』さん。ありがとうございました。残念ながらそろそろお時間です」

「ハァ、ハァ、終わり? あー、笑った」

「放送は終わりますが、私はもう少し座敷童ちゃんを問い詰めたいと思います」

「……え?」

「ということで今日はここまで、さようなら」

「ちょっと? 終わったら帰るからね」

「カツラは本体! 身体は分身!」

「ハハハハハ……もうやめてーっ!」

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