第二十三回 仕事と勉強(夜叉鬼神)

「はい、今日も八百万談話室、頑張っていきましょう」

「よろしく頼むぞ」

「はい、お願いします。えー、夜叉鬼神様は今回が初めてになります」

「上手くできるかわからぬが、精一杯努力しよう」

「ありがとうございます。それでですね」

「どうした?」

「お体の方はもう大丈夫なのでしょうか?」

「ほぼ完治している」

「それは良かったです。節分の日の夜は痛々しかったので心配でした」

「節分は週頭、今日は週末。時間があったのでな。身体の丈夫さには定評がある」

「身体の強さは鬼の売りの一つ、みたいなところはありますからね」

「一年に一度、人の世の繁忙期のようなもの故に耐えられる、ということもある」

「あはは、あの痛々しさを見てしまうと年に数回でも可哀想に思えてしまいます」

「こっぴどくやられはしたが、これも鬼の務めだ」

「毎年こっぴどくやられるというのに、毎年節分に挑めるというのはすごいですよね」

「鬼として当然のことよ」

「そのー……私はいつも思うんですけど、鬼って嫌われ者ですよね。嫌になりません?」

「それはない。鬼といってもいくつか種類がある」

「種類ですか?」

「人間にとってどういう鬼か、ということだな」

「つまり鬼の中でも人間にとって色々あるということですか?」

「そうだ。我は鬼の中でも八百万の神々に名を連ねる。人々のために力を尽くす鬼だ」

「夜叉鬼神様ですからね。いわゆるあがめられる鬼、ですね」

「そして人に厳しくする鬼もいる」

「人に厳しくする鬼、ですか?」

「地獄の獄卒を務める鬼達だ」

「地獄に落ちると鬼達に痛い目に遭わされるというのはよく聞きますね」

「あれは輪廻転生で再び人の魂が現世に帰るために更生しているのだ」

「あぁー、そうだったんですか。ただ悪人の魂に罰を与えているわけではないんですね」

「悪いことをすると地獄で痛い目に遭う、ということだ」

「なるほど」

「そして人の魂が悪意や恨みを抱いて生者につきまとう状態も鬼と呼ぶ」

「人から嫌われる鬼ですね」

「節分などで追い払われる鬼なのだが、こいつらはなかなか言うことを聞かぬ」

「あー……それで夜叉鬼神様は代わりに退治される役を買って出ているわけですか」

「我らは退治されたふりをして屋外へ逃げ、人は鬼が来ぬように飾り物をする」

「これで家の中は安泰ですね」

「後は我らが外をさまよう奴らを人の代わりに退治する。これで害のある鬼はいなくなる」

「た、大変な務めですね……」

「鬼神の役目よ」

「リスナーの皆さん、鬼も大変なようです。では夜叉鬼神様、お便りにいきますね」

「ああ、進めてくれ」

「えー、ラジオネーム『睡眠学習』さん」

「眠っているときまで勉学の時間に充てるとは勤勉だな」

「……いや、この番組のリスナーの感じからいくと逆の気がします」

「逆?」

「はい、読んでみますね。えー『いつも楽しく聞かせていただいています。僕は今、会社の業務で必要な資格を取るために勉強中です。ですが学生時代から勉強は大の苦手で、進学は基本的にスポーツ推薦でした。学校の授業中はクラブ活動のための体力回復用睡眠時間の毎日だった僕にとって、この資格取得の勉強はつらいの一言です』」

「……逆、か。なるほど」

「『資格を取得するとさらに次の段階の資格があるのですが、段階的に上を目指すという気が一切起こりません。今勉強している資格もなんとかして楽に手に取得できないかと思う毎日です。睡眠学習は楽そうなので取り入れられたら良いかなとは思うのですが、睡眠学習以上に効率よく簡単に勉強できる方法はありますか?』と、いう内容です」

「見事なまでに勤勉とは逆であったな」

「はい。真逆すぎてついつい言っていることに納得してしまいそうです」

「しかし勉学にもある程度の効率というものが必要だという考えはわかる」

「そうですね。教科書を全部丸暗記するわけにはいきませんから」

「神代よ、何か良い方法はあるか?」

「良い方法かはわかりませんが、音に出して憶えるのは効率が良いそうですよ」

「音に出す?」

「音読です。口の動きと出した音が耳から脳へ行き、目視での記憶に上乗せされます」

「同じ時間で効率よく、か。良い案だ」

「役者の方々は動きながら覚える方も多いみたいですね」

「身体の動きも上乗せするのか」

「それもありますが、血行が良くなると脳が活性化されて記憶力が上がるらしいです」

「なるほど」

「ですのでお風呂で身体を温めながらというのも効果があるらしいですよ」

「それは良いことを聞いたな」

「まぁ、これは当人に勉強する意思があればの話なのですが……」

「一番の問題はそこだな。こやつは仕事に対する意識が低い」

「はい。楽をしてお金を稼ぐことを真っ先に考えてしまっていますからね」

「人生楽あれば苦あり、苦境を乗り越えた力を生かせれば平時は楽であろうに」

「頭ではわかっていても実行するのは難しいかもしれませんね」

「そもそも、こやつは何のための勉強をしているのだ?」

「えー、職業などは書かれていないのでわかりませんね」

「勉強は生きていくためにするのだ。生きていくには人の役に立って対価を得ねばならん」

「つまり、勉強とは人の役に立つためにする、ということですか?」

「そうだ」

「そう思って勉強したことはありませんね」

「自分の力をつける、ということも勉強だ。しかしその先は変わらん」

「対価を得るために人の役に立つ、ですか。言われてみれば世の中そうですね」

「飯一つとってもそうだ。肉、穀物、野菜などを用意する者がいて、売る者がいる」

「一から自分で手に入れなくても誰かが手の届くところまで運んできてくれますね」

「ものを買うというのは手の届くところまで持ってきた労働力に対する対価だ」

「はい、よくわかります」

「勉強は役に立つことをするため、そして役に立つことを効率よくするためにするのだ」

「そして対価を得る、ですね。効率よく楽に作業をして同じ対価がもらえたら得ですから」

「それが仕事だ。そしてその仕事をよりよくするのが勉強である」

「昔の自分に聞かせてあげたいです」

「ただ漠然と生きているだけでは勉強や仕事に対する意識が低くなる」

「あはは……耳が痛いです」

「よいか、『睡眠学習』よ。今一度、何のために勉強と仕事をしているか考え直すのだ」

「うーん、私も振り返らないといけませんね」

「ただ楽をするために効率を求めるようでは良くない。苦労の末に楽があるのだ」

「私もその言葉を心に刻んでおきます」

「若いうちの苦労は買ってでもせよ。その苦労を乗り越えた経験が未来に生きるぞ」

「あれ? でも……」

「どうした?」

「夜叉鬼神様は過去の苦労が生きていますか?」

「生きているが、それはどういう意味だ?」

「いえ、節分で毎年痛い目に遭わない方法はなかったのか、と思いました」

「ああ、それならばよく鬼の間でも話に出る」

「そうなんですか?」

「ああ、しかしなかなか改良するに至らぬ」

「まぁ、人と鬼の双方の納得が必要ですもんね」

「それなのだが……実は昔はもう少しこぢんまりとしていてな」

「今みたいに大々的に豆をまくわけではなかったんですか?」

「最近はテレビなどで大々的に豆まきを報じる。皆はそれが正しいと思ってしまってな」

「もう取り返しがつかない事態ですね。豆も大量に店頭に並びますし……」

「そうだな。時代の変化だ、今は甘んじて受けよう」

「あの……人のために頑張ってくださっている鬼の皆様によろしくお伝えください」

「そう言ってもらえるだけで我らも身体を張る甲斐があるというものだ」

「怪我などをした方はよく休まれてくださいね」

「完治するまで寝床に縛り付けておこう」

「あはは、えー、そうですね。『睡眠学習』さんも、鬼の皆さん同様頑張ってください」

「良き結果が出ればまた考えが変わるかもしれぬしな」

「はい。良い結果が出るよう願っています。『睡眠学習』さん、ありがとうございました」

「苦は乗り越えれば楽が来る、楽は享受しすぎると苦に当たる。よく心せよ」

「はい、えー、では次のお便りにいきますね」

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