第十六回 大人(コノハナサクヤヒメ)

「新成人おめでとーっ!」

「わわっ、ど、どうしたんですか?」

「成人の日だよ! 大人になる日なんだよ!」

「そ、そんなに大声を出さなくてもマイクは音を拾ってくれますから」

「あ、そうなの? ごめんね」

「いえ、大丈夫です」

「初めて呼ばれてちょっと舞い上がっちゃった」

「あ、そうでしたっけ?」

「そうだよ。全然声かけてくれないんだもん」

「それはすみませんでした。ではリスナーの皆さんに紹介も必要ですね」

「うんうん、紹介して」

「えー、コノハナサクヤヒメ様です。私はサクヤ様と呼ばせていただいています」

「よろしくねー」

「サクヤ様、今日は来ていただいてありがとうございます」

「だっていのりんの頼みだもん」

「い、いのりん……」

「神代祈でいのりんね」

「い、いや、それはわかっているのですが……」

「あれ? 何かまずい?」

「一応ラジオ放送なので、私のことは神代と呼んでいただけます?」

「えー、わかったよ、いのりん」

「あ、いや、だから……」

「ほらほらいのりん、早くお便りいこうよ」

「神様にしては相変わらず気軽すぎますよ、サクヤ様」

「えー、でも現代っ子ってこんな感じじゃない?」

「いや、まぁ、そうですけど……」

「命は花が咲き散るかのごとく短いもの。その短い命を私は心より愛し、受け入れる」

「え?」

「私の考え方。それで現代っ子を見ていたら影響されちゃったみたい」

「影響、受けすぎでしょう」

「まぁまぁ、人の命は短い定めにあるの。だからいのりん、時間は浪費せず、お便りだ!」

「えーっと、かつて無いほどやりにくい気がしますが、ひとまずお便りにいきますね」

「待ってました」

「ラジオネーム『見送り巣立ち』さん」

「ん? 柑橘系?」

「いえ、子供が巣立て行く方の巣立ちです」

「おぉ、巣立ちね」

「えー『いつも欠かさず聞いています。まさに今日、私の子供が成人式に出ます』」

「おぉっ! もう大人だね」

「『今まで子供だと思っていました。ですが気がつけば成人式です。時間は気がついた頃には想像以上に流れているのだと思いました。子供が成人式に出席する日を迎えたことを思うと、感慨深いと思いながらも早すぎると思ってしまいます。私は子離れできないダメな親なのかもしれません』」

「ダメじゃないよ。子離れ親離れは寂しいものだからね」

「『思えば約二十年、いろいろなことがありました。つらいことも哀しいことも、怒ったことも泣いたこともありました。二度とこんな日が来て欲しくないと当時は思っていましたが、もう来ないのかと思うと心にぽっかり穴がいてしまった気分です』とのことです」

「うんうん、子供の成長は嬉しい半分、寂しさ半分だよね」

「ですが今は携帯でいつでも連絡できますから、あまり距離を感じないかもしれませんよ」

「ちっちっちっ、違うんだよなぁ、いのりん」

「はい?」

「距離感じゃないんだよね。寂しさの正体は」

「えー……と、言いますと?」

「いのりん、まだ子供いないでしょ?」

「はい、いません」

「子供ってのは手がかかるものなのよ。それがドンドン手がかからなくなっていくわけ」

「それは……良いことなのでは? 自由な時間もできますよね?」

「その当時はつらいって思うの。でもいざ手がかからなくなると……寂しくなる!」

「そうなんですか?」

「そうだよ。何というか、自分自身の存在価値を少し疑ってしまう感じ、かな?」

「子供に頼られるのが当たり前じゃなくなることからくる喪失感ってことですか?」

「そうそう! そんな感じ! でも成長は嬉しいの! わかる? この矛盾」

「言わんとしていることはわかりますね」

「良いことも悪いことも大変なことも楽しかったこともひっくるめての喪失感!」

「そういわれると『見送り巣立ち』さんの言うことも理解できますね」

「さっすが、いのりん! わかってくれると思っていたよ!」

「えっと、少し落ち着いてください」

「ああ、ごめんね。どうもこういう命の流れには過敏に反応しちゃうんだ」

「サクヤ様ならそうなってしまうのは致し方ないかと思います」

「それでね、私思うの」

「なんですか?」

「大きくなって生きていく子達に私は色々言ってあげたいことがたくさんあるの」

「えっと、今みたいな感じですか?」

「そうなの、でも物足りないの! もっと命の美しさについてみんなに語りたい!」

「えー……それは週一レギュラーを希望とかそういうことですか?」

「違うの。それじゃあまだまだ物足りないの」

「えっと、じゃあなんですか?」

「私、ネットで色々発信してみたいなって思うようになったの!」

「……え?」

「ほら、今だったら大勢に直接メッセージを送れるでしょ?」

「いやいやいやいや……サクヤ様? 神様ですよね?」

「神様だよ。だからじゃない」

「いやいやいやいや……ダメでしょう。ネットでそういうのは色々まずいですよ」

「えー……どうして?」

「ネットには良い面と悪い面があるんですよ。神様だと悪い方に利用されやすいんです」

「うぅ……でも、私の心にあるこの命に対する熱い想いは止められないよ!」

「止めろとは言いません! ですが落ち着いてください!」

「現代っ子はみんなやってるよ?」

「サクヤ様は神様ですから、現代っ子と何でもかんでも一緒に考えないでください」

「えー……でもぉ……」

「現代っ子に影響されすぎです。ひとまずネットは無しです」

「えー……」

「ですがこれからはラジオにも何度か呼ばせていただきますから」

「うーん、それなら良いかな。ここでたくさん発言すればいいわけだし」

「ひとまずこれでいいですか?」

「一応。でもネットはやってみたい」

「やってみたいって……そもそも何を配信するんですか?」

「え? うーん、そうだなぁ。今日のファッションとか?」

「まさかのファンション?」

「後は最近のトレンドとか?」

「いやいやいやいや……やっぱり影響されすぎですよ」

「えーっ! ダメ?」

「それは広告とかスポンサーとか売り上げ数の変化とか直接影響があるからダメです」

「やっぱダメかー……あれ? でも猫又は犬より猫だって言ってたよ?」

「猫又さんはああいうキャラですし、犬神さんとの対比があって受け入れられています」

「なるほど、じゃあ私も誰か対比となる相手がいれば……」

「ダメです!」

「えー……」

「現代に影響されるのも良いですけど、ちょっとはご自分の立場も考えてください」

「神様がネットで色々配信するのも面白いと思うけど?」

「面白いとは思いますが神様自体がそういうことにかかわることが問題なんです」

「そうかな?」

「そうですよ。第一、写真とかに色々写り込んだらどうする気ですか?」

「うーん、特定されちゃうかも」

「特定されたら神様の世界全体にとっても不都合がありますよね?」

「うん、確かに。ネットってよくよく考えれば怖いところ」

「納得していただけましたか?」

「うん、わかった。ネットは諦めるよ」

「わかっていただけたようで良かったです」

「ゆくゆくは動画配信者とかにも挑戦したいなって思っていたんだけどね」

「……ここで止められて良かった気がします」

「まぁラジオもやってみたら楽しいからいいや」

「そう言っていただけて良かったです。えー、ではこのお便りはもういいですか?」

「うん。それと『見送り巣立ち』さん。成人式で子供との関係は終わりじゃないから」

「あ、言われてみればそうですね」

「結婚や出産、子供にも人生色々あるからね。その時にまた頼りになる親でいよう!」

「そうです。成人式で全てが終わりではありませんよ、『見送り巣立ち』さん」

「親にとって子供はずっと子供。成人しても子供だけど、大人として接してあげてね」

「『見送り巣立ち』さん、私たちも応援してます。お便りありがとうございました」

「頑張れ、『見送り巣立ち』さん!」

「えー……では、次に行ってもいいですか?」

「うん、いいよ」

「では次のお便りにいきますね」

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