第十五回 定年(猫又)
「猫又さん、始まってますよ」
「……にゃー」
「にゃー、じゃありません。猫のフリしてもダメですよ。ほら、定位置についてください」
「いや、俺、猫だぜ?」
「はいはい、コマーシャルの時はそれでいいですから、放送中はしっかりしてください」
「……ったく、しかたねぇな」
「これが普通です」
「しっかし、あれ、快適だな。九尾に感謝だぜ」
「はめられたことはひとまず置いておいて、新型の遠赤外線ストーブを用意しました」
「部屋もいつもと違うんだな」
「寒くない部屋を用意してもらいました。春になったら以前の場所に戻ります」
「いやぁ、至れり尽くせりだな。これで金が入るってのはいいご身分だぜ」
「少しは出費のことも考えてくださいよ……」
「よーし、じゃあ身体が冷える前にサクサクッといっちまおうぜ」
「出費……あー、はい。じゃあお便りにいきます」
「おう」
「えー、ラジオネーム『ゆきだるまん』さん」
「おいおい、寒そうな名前じゃねぇか。次行ってくれよ」
「わがまま言わないでください。もう選んじゃいましたからこれで行きます」
「融通がきかねぇなぁ」
「えー『定年退職してからの日々を過ごす中でこのラジオ番組に出会いました』」
「なんだ、老いぼれか」
「猫又さん! そういうことを言ってはいけませんよ!」
「へいへい、それで続きは?」
「えっと『昨年の夏に定年退職してからというもの、日々をどう生きればいいのか悩む毎日でした。毎日家にいる、日中にテレビを見る、やることがない、どれも初めての経験でどうすればいいのかわからず悩む日々でした』」
「毎日仕事漬けだった社畜がいきなり解放されたら戸惑うわな」
「『運動を始めてみたり、本を読んでみたり、趣味を増やそうとしましたがどれもしっくりきませんでした。ですが動物とのふれあいをしたとき、なんとなく心が癒やされるような気がしました。それ以来、動物とふれあう機会を設けるようになりました』」
「ほぅ、殊勝な老いぼれだな」
「ちょっと、言葉が悪いですよ。『しっくりこなかった運動も犬と一緒に散歩をすると毎日が楽しく感じます。この年になって思うのが、定年後が怖かった去年の夏の自分からまた一つ成長したのではないか、ということです。人間、何歳になっても新しいことを始めるのはいいことだと思いました。最近は雪の中を愛犬と一緒に雪だるまになりながら散歩をするのが日課です』と、いうお便りです」
「……けっ!」
「ちょっと、猫又さん? どうしたんですか?」
「ワンコロ信者の老いぼれのお便りなんざいらねぇ! 次だ次!」
「そういうことを言うと隔週レギュラーから外されちゃうかもしれませんよ」
「な、なんだと?」
「そうなると週一レギュラーは犬神さんになりますね」
「……ま、まぁ、ワンコロ共もたまには役に立ったってこったな」
「たまにって……えっとですね、アニマルセラピーというものがあります」
「なんだそりゃ?」
「動物とふれあうことでストレスの軽減や社会機能の回復が見込めます」
「ん? つまり?」
「動物とふれあうことが医療行為に近い効果を持つと言うことです」
「へぇ……まぁ俺たち猫は生まれつきの癒し系だから無自覚にそうだったかもな」
「犬や猫だけでなく鳥やうさぎなどでもそういう効果はあるみたいです」
「それで、この『ゆきだるまん』にもそういう効果があったってことか?」
「そうでしょう。犬を飼わなければずっと家の中に引きこもることになりますから」
「へぇ、でも家の中にいてもいいんじゃねぇのか?」
「悪いとは言いませんが、この人の場合は何もすることがなかったわけですよ」
「暇をもてあますな」
「いや、そうではなく、何もしなかったら頭や身体がすぐ衰えてしまうんです」
「ボケやすいってことか?」
「今は痴呆ですけど……身体がなまって怪我をしやすくなったりもします」
「そりゃ大変だな。老いぼれは小さな怪我でも大事になっちまう」
「元気に歩き回っていたご老人が足を怪我してから寝たきりになるという話もあります」
「ちっ……そう考えるとワンコロ共が最適解だったってことじゃねぇか」
「猫とは違う長所がありますからね」
「くっ! なんだ、このなんとも言えねぇ敗北感は……ムカつくぜ!」
「はいはい、そういうことは言わないでください。誰にでも得手不得手はありますから」
「納得いかねぇ。おい、猫を飼う長所も言ってくれよな」
「えー、猫の長所ですか? えっと……あれ? 以前の放送で言いませんでした?」
「もう一度だ」
「あ、はい。トイレの躾が楽なので手間がかからないです」
「……だけ?」
「あと気まぐれで何をするかわからないため、知能指数は高くなる傾向があるそうです」
「そうそう、そういうのを待ってたんだよ」
「ただデメリットとして家具や壁紙はボロボロになる覚悟が必要です」
「うぉいっ! そういうこと言うなよな!」
「いやいやいやいや……メリットを言ったらデメリットも一緒に言っておかないと」
「くっ……じゃあワンコロ共はどうなんだよ」
「えっと、犬は散歩の必要性がありますから運動不足になりませんね」
「そうそうかい。それで、デメリットは?」
「犬のデメリットを強く聞き出そうとしないでくださいよ」
「いいから早く言うんだよ。ワンコロ共を飼うデメリットをよ」
「えー、鳴き声で近所に迷惑がかかりやすいです。躾次第で騒音問題に発展します」
「犬を飼うと隣近所ともめる可能性があるってか? そりゃ大変だぜ」
「まぁ、躾次第ですけどね。猫も専用の爪研ぎ場の設置などである程度改善できます」
「……ん? どういうこった?」
「デメリットも対応次第で大した問題にはなりませんってことです」
「じゃあペットを飼うのが正しいってことか」
「飼うメリットも十分ありますからね。子供の教育にもペットは良かったりします」
「よぉし、聞いたか! 今聞いているお前ら、みんなペットを飼え! 特に猫だ!」
「あの……」
「お? なんだ?」
「その呼びかけはどうかと思いますよ?」
「は? どうしてだよ」
「どうしてって……犬や猫に限らず、最大のデメリットがあるからなんですが……」
「最大のデメリット? そんなの、さっき言ったじゃねぇか。対応次第だって」
「こればかりは対応してもなんともならないので……」
「あ? そんなすげぇデメリットがあるってのか?」
「はい、あります」
「そのすげぇデメリットってのはいったいなんだ?」
「あの、はっきり言いますよ」
「おう、もったいぶらずに言っちまいな!」
「えー、お金がかかることです」
「……金、か?」
「はい、お金です」
「そうか、金か」
「はい、お金です」
「金は……しかたねぇな」
「余裕がないと飼えない、ということです」
「じゃあペットを飼う奴らに政府が税制控除か補助金を……」
「それはダメですよ」
「どうしてだ?」
「アレルギーの方もいらっしゃいますから不公平です」
「……アレルギーか。最近よく聞くな」
「はい。ペットを飼うのはあくまで自由です。強要はダメです」
「ちっ、最近の風潮だとこれでペットの比率で猫がまた増えると思ったんだがな」
「またそんなことを……」
「ワンコロ共に大差をつけて、安定した猫社会を作るのは楽じゃねぇな」
「とんでもない野望ですね」
「猫の野望は尽きないぜ」
「はいはい、ですが理由があって犬を選んだ方の意思も尊重してくださいよ」
「わかったよ」
「えー、では『ゆきだるまん』さん、お便りありがとうございました」
「おう、次は猫を飼えよ」
「そういうことを言わないでください」
「俺は猫の覇権を諦めねぇぜ」
「そう言いながらストーブの方へ行かないでください」
「いや、だって冬は寒いだろ?」
「まだコマーシャルじゃありません。次のお便りに行きますよ」
「へーい……」
「やる気出してくださいよ、もう……」
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