第十四回 体罰と愛の鞭(八咫烏)
「いやー、今日は八咫烏さんの調子がいいみたいですね。次々行きますか?」
「おう、何でも俺っちに聞きな」
「頼もしいお言葉ありがとうございます。では次のお便りです」
「さぁさぁ、次は何が来るってんだ。何でも来いだぜ?」
「ラジオネーム『錆び付いた鉄拳』さんからです」
「おう? 格闘家か何かかい?」
「えー『最近聞き始め、初めてのお便りになります』ありがとうございます」
「ご新規さんか。まぁゆっくりくつろぎながら聴いてくれや」
「『私はそろそろ老体となる年齢の身ながら教師をしています。昔は教師というだけで周囲から羨望の目もありましたが、最近は教師の肩身が狭くて息苦しさも感じています』」
「教師は最近何かと面倒な職業になっちまったからよ。わかるぜ」
「『昔は聞き分けの悪い子供はひとまず一発、鉄拳をくわえて大人しくさせてから説教と言うことも少なくありませんでした。しかしその方針でいた私の同僚は十年前に教師を辞めなければならなくなってしまいました』」
「俺っちは一発や二発ぶん殴ったって意味がありゃいいと思うんだけどよぉ」
「今はちょっとしたことで体罰だって言われますからね。えー『その同僚が私の鉄拳制裁をやめるきっかけになり、もう十年生徒を殴ることはしていません。それで今までは問題が無かったのですが、教師の肩身が狭くなり殴れなくなったことを生徒達が学習したのか、昨今の学生達は教師の言うことに耳を貸さなくなってきています』」
「まるで野良の獣じゃねぇか。身の安全を学んだら横柄になるって、最近のガキは馬鹿か」
「まだ途中ですから落ち着いてください。『教師が叱っても言うことを聞かず、さらに叱ると周囲の生徒達も同調して体罰だとか暴力だとか精神的苦痛だとか、ニュースでもよく流れる言葉を使って逆に教師を脅してきます。長い教師生活の中でここまで学校が無法地帯となっている様子は初めて見ました。私はどうすればいいのでしょうか』とのことです」
「おいおい、ずいぶんと面倒くせぇな」
「そうですね。昨今の教育問題の負の部分ですからね」
「負の部分? どういうこった?」
「えっとですね、負の部分と言ってもこれは学校側の視点の負の部分なんです」
「じゃあ他の視点ってのは?」
「家庭ですね。子供をしっかり教育や躾ができない親が増えているんです」
「あー、そういうことか。躾のなってねぇガキが学校で集まるって考えると納得だ」
「しかもその親は子供を叱るのが可哀想だし気に入られたいから甘やかすんですよ」
「親が子供の機嫌取ってどうすんだ?」
「何か問題があった場合、全部学校の教育が悪いって責任を押しつけるんです」
「おいおい、躾がなってねぇのはガキだけじゃなくて親までか? 最悪じゃねぇか」
「躾のできない親が自分の責任を全部教師に押しつけて文句を言うんです」
「けっ、そんな親が増えたら世も末だな」
「世間からもモンスターペアレントと呼ばれています」
「怪物や化け物、か。ぴったりな名前じゃねぇか」
「そのモンスターの相手をするのに先生方もかなりお疲れのようですよ」
「本業以外でそんな面倒な相手がいると厄介極まりねぇな」
「さらに生徒を見なければならず、通常業務もあって、クラブ活動を見ることも仕事です」
「おいおい、俺っちでもわかるぜ。そりゃ無理だ」
「さらに、言うことを聞かないから鉄拳制裁をすると暴力沙汰でマスコミの餌食です」
「おぅ……八方塞がりじゃねぇか」
「そうなんですよ。それで生徒の成績が悪かったら今度は違うモンスターが学校に……」
「おいおいおいおいっ! もうやめてくれねぇか? 聞いてるだけで息苦しいぜ」
「えー、地域や学校にもよりますが、そういう最悪な現場も実際にはあります」
「話しぶりからするとまだ他にもあるんだよな?」
「はい。あります」
「……俺っち、教師だけは絶対やんねぇ」
「ですが地域によればいい子達が集まっている学校もあります。そちらはまだ楽です」
「楽、か。教師の仕事ってなんだ?」
「少なくとも親の尻拭いではありませんね」
「そりぁ、こいつの鉄拳も錆び付くわな。使えねぇんだからよ」
「勤務時間外でしかも学校外で生徒が問題を起こしても呼び出されたりしますしね」
「体罰をする側にも理由があるってことか?」
「それがですね、そうでもないんですよ」
「は? どういうことだ?」
「生徒を管理する能力がない教師が暴力で管理しようとする場合もけっこうあるんです」
「親も親なら教師も教師ってことか?」
「教師になる人なんですが、学校を卒業したらそのまま教師になる人が割といます」
「ん? 何か悪いのか?」
「社会や世間を知らずに学校という世界以外を知らない人が教師になるということです」
「ガキがみんな学校という枠内にいるわけじゃねぇから、それも問題なんだな」
「躾ができない親、社会を知らない教師、全員が悪くないはないですが、どうでしょう」
「じゃあ教師は社会経験何年以上って制約でもつけるか?」
「私はその案に賛成ですね。学校教育とは社会に出る前の準備期間ですから」
「しっかし、親には制約はつけられねぇな」
「希望ではありますが、学校は最低限躾ができる親の子供が来るべきです」
「厄介極まりねぇな。解決策が微塵も浮かばねぇ……」
「教師と親、両方が一定水準以上であれば一番いいんでしょうけど、千差万別ですからね」
「あー『錆び付いた鉄拳』よ。悪ぃが俺っちには言い言葉はかけてやれねぇな」
「正解がありませんからね」
「だがよぉ、テメェの鉄拳はしまっておきな。一度使えばそれが最後だぜ」
「教育的指導とか愛の鞭とかいう大義名分が通じない時代ですからね」
「それと時間はねぇかもしれねぇけどよ、知識を増やしてみるってのもいいと思うぜ」
「知識ですか?」
「おう、要はガキ共に教師じゃなくて『先生』と見られることが大事ってことだ」
「あー……なるほど。肩書きではなく存在価値を尊敬して貰うという手段ですか」
「ガキ共に限らず、人間ってのは一目置いた相手の言うことは気にするもんだ」
「学校に所属する教師、から生徒に一目置かれる先生へ、ですか」
「簡単じゃねぇが、やる価値はあると思うぜ」
「えー『錆び付いた鉄拳』さん、もし良ければ参考にしてみてください」
「まぁ、俺っちの個人的な意見だと一発はいいと思うぜ」
「またそういうことを……」
「まぁ聞けって。身体に外から刺激が来るってのは意外とスポーツの世界じゃ大事だぜ」
「でも体罰じゃないんですか?」
「違うな。気合いだよ、気合い」
「えー……精神論ってことですか?」
「まぁそうだな。だが根性論とは違うぜ。気合いってのは実は大事なんだよ」
「時代と逆行している気がしますが?」
「気合いってのは自分の士気高揚、さらに相手を萎縮させる気迫でもあるんだよ」
「あ、それらしい方向性に……」
「一流の選手はそれをなんとなくでも理解しているわけだ。素人にゃまねできねぇ」
「それで外部からの刺激で士気高揚、ですか」
「まぁな。でもよ、やり方を間違えると当人が萎縮しちまうからな」
「えー……つまりどういうことですか?」
「何事も上手い奴がやれば上手く行くってことだ」
「……参考にできません」
「一部のさじ加減と駆け引きと距離感と、まぁそんなことがわかってる奴限定だ」
「うーん、言いたいことはなんとなくわかりますが同意しかねます」
「だから個人的な意見だって言ったじゃねぇか」
「えー、みなさんも『錆び付いた鉄拳』さんも今の話は聞き流してください」
「俺っちの個人的な意見や見解だからな」
「『錆び付いた鉄拳』さん、ありがとうございました」
「ガキ共にもモンスター共にも負けんなよ!」
「では次のお便りに行きますね」
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