第十二回 仕事始め(九尾の狐)

「あけおめっ!」

「うおっ……な、なんですか? 九尾さん、いきなり……」

「今っぽいでしょ?」

「……ま、まぁそうですね」

「このラジオを初めて、少しは現代を意識しないとなって思ったわけ」

「な、なるほど。ただいきなりされると……どう対応していいのか悩みます」

「そう? イメチェンってやつに挑戦してみようと思ったんだけど」

「いきなりされるとリスナーの皆さんもびっくりしますよ」

「うーん、イメチェンって思ったより難しいな」

「そりゃそうですよ。現代人もなかなかできないからそういう言葉ができるんですから」

「だね、じゃあいつも通りで」

「あ、じゃあお便りにいきますね。えー、ラジオネーム『こたつむり』さん」

「冬の魅力と言ったらこたつ……そこから抜け出ることができない呪縛……わかる!」

「共感は同意ですね。冬は寒くてなかなか外出が億劫です」

「そうそう、冬なんて無ければいい!」

「いやいや……さすがになければいいってことは無いでしょう」

「雪女とかは怒るかもしれないけど、無くていい!」

「ちょっとっ! 自分勝手すぎません?」

「だって寒い……」

「キタキツネとかのせいかもしれませんが、雪原を走り回っているイメージがありますよ」

「寒いものは寒い! 人間が作った暖房器具万歳!」

「九尾さん、そんなに寒いのが苦手だったんですか?」

「寒いより暖かい方がいいでしょ?」

「まぁ、気持ちはわかりますけど、季節があっても自然ですから我慢してください」

「はーい……」

「露骨に嫌そうな……お便り読んでもいいですか?」

「どうぞ」

「えー、では気を取り直して『初めまして、僕は今日から仕事です』」

「おー、仕事始めね。頑張ってお賽銭代を貯めるんだぞ」

「『正直、仕事に行きたくありません。寒くて、朝晩はさらに寒くて、家の中のこたつが恋しくてしかたありません。こたつの中という天国から抜け出さないと行けない現代人は不幸だと思います。でも生きていくためには仕事に行かないと行けないので、こたつの中からなんとか這い出て今日も仕事に行ってきます。こんな頑張り屋の僕に暖かいエールの言葉をお願いします』だ、そうです」

「……そうか、うん。言いたいことはわかった」

「言いたいことはわかりますけど、仕事に対する姿勢に問題ありですよね」

「うんうん」

「社会人で就職して働いているのならその仕事に責任もあるわけですからね」

「その通りだと思う」

「では九尾さん。『こたつむり』さんに一言お願いします」

「お前の言うことはもっともだ!」

「……はい?」

「寒い冬の外との対比から生まれるこたつの中という絶対的な天国は他の追随を許さない」

「え?」

「そこから嫌でも出て行かなければならない冬という過酷な時期はまさに地獄」

「あの……」

「エールが欲しいか! なら私が心からエールを送る!」

「えーっと……」

「『こたつむり』! 理不尽に負けるな!」

「九尾さん? 色々現代社会からズレてませんか?」

「え? どこが?」

「いやいやいやいや……働きに行かなきゃダメですから!」

「いきたくないっていう本音をしっかり聞き届けただけじゃない」

「そうですけど、同意してどうするんですか! ここは叱咤激励するところですよ!」

「そうなの? やっぱ人間とは感覚が合わない」

「エールですから、応援して欲しいってことですからね」

「あ、じゃあ『こたつむり』は頑張れ、うん」

「軽っ! 軽すぎですよ! さっきまでとの温度差がありすぎです!」

「冬の外とこたつの中くらい?」

「そんな話はしていませんよ。言葉の熱量の話です」

「いや、でも完全に同意見だから」

「だからってダメですよ。こういうときはしっかり応援してあげないと」

「だから言ったよ。頑張れって」

「言葉の熱量の違いが……はぁ、もういいです」

「そんなことよりさぁ」

「お便りをそんなことって……仕事に対する姿勢は相変わらず難ありですよね」

「まぁまぁ、それは置いておいて、私は何というかこうイメージを変えたいわけなのよ」

「はい? イメチェンですか?」

「近いけど違う。ほら、狐は雪の中を走り回っているイメージって言ったでしょ?」

「言いましたね」

「そのイメージを覆したい!」

「え? なぜです?」

「冬はこたつの中でぬくぬくしていたいからに決まってんでしょ!」

「そ、そんなに強調しなくても……」

「何が犬は庭を駆け回って猫はこたつで丸くなるだ!」

「あー、狐は一応分類上犬になるんでしたっけ?」

「狐だってこたつでぬくぬくしていてもいいはず!」

「だ、誰もダメとは言いませんよ」

「だから世間の印象を変えたいわけ」

「世間の印象ですか?」

「今このラジオを聞いているあなたの印象もだよ!」

「九尾さん、ちょっと落ち着いてください」

「結局、どんな動物も生まれと育ちで寒さに強いか弱いか決まるからね」

「犬だとシベリアンハスキーとかは雪なんかものともしませんね」

「あの犬種は……カナダ生まれだっけ?」

「はい。逆に体毛が少なかったり薄かったりする犬は南国生まれの犬種だったりしますね」

「そういうわけ。つまり南から来た犬は寒さに弱い」

「あー、九尾さんは中国から東南アジア方面で伝説が残っていますね」

「そういうこと。つまり、私、冬、寒さ、弱い!」

「なんですか、その言い方……」

「だからこれを機に犬が寒さに強いというイメージを払拭! ついでに狐も!」

「猫も体毛の違いが種によって如実ですからね」

「そういうこと。だからみんな! 私は冬が苦手!」

「えー、九尾さんだけの話になっているような気がしますが?」

「世間の犬猫の代弁者という自負はあるけど?」

「い、いいのかな? えっと、飼っているペットの種類に関係なく寒さ対策はください」

「特にこたつは必須ね」

「いや、種類によりますよ。大きいのだとこたつに入れません」

「そんな大きいの飼っているところは稀でしょ?」

「まぁ、そういう家庭は寒さ対策もしっかり考えていそうですね」

「寒さに弱い私たちにどうか冬を越せるだけのぬくもりを!」

「あはは、このラジオもこたつのある部屋でしたいって言っているみたい……あれ?」

「……ようやく気づいた?」

「え? こたつ? ここに設置するんですか?」

「だって寒いじゃない」

「いやいやいやいや……暖房ありますよ。ほら、室内温度もそこまで低くは……」

「こたつのある部屋でぬくぬくするくらいのぬくもりが欲しい!」

「いやいや、ここは仕事場ですからそれは無理ですよ」

「寒いの嫌い」

「えっと、わかりました。じゃあせめてストーブか何かを次回までに用意します」

「うむ、殊勝な心がけだ」

「はぁ、借りれるのかな? 買うとしたら予算は大丈夫かな?」

「神代が自腹で買ってくれてもいいよ」

「私は初詣で集まったお賽銭から出して欲しいです」

「お賽銭の使い道は決まっているから無理だよ」

「わかってますよ。私の懐事情もあるんですから無茶言わないでください」

「まぁ、ひとまず暖房の設置は確約できた。うん、今日の目的は達成かな」

「目的って、まるで最初からこうなるように仕組んでいたかのような……まさか?」

「ラジオネーム『こたつむり』は誰でしょうか」

「え? もしかしてはめられた?」

「はははっ、一発目に出るとは思わなかったけど大成功!」

「ちょっ、それ、自作自演じゃないですか!」

「暖房が設置されればそれでよし」

「いやいやいやいや……よくありませんって」

「頑張って来週までに暖房設置、よろしくね」

「くっ、いつもよりやけに共感すると思ったらこういうこと……」

「はーい、ラジオネーム『こたつむり』さん、ありがとう、ってか私だけど」

「あー……やられた」

「はいはい、次のお便りは? 今日はやる気あるからね」

「ハァ……はい、じゃあ次のお便り……は自作自演じゃないですよね?」

「さぁ、どうかな?」

「あーもうっ! 疑いながらいきます! では次のお便りです!」

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