第十一回 旧暦と新暦(アマテラス大神)

「皆さん、あけましておめでとうございます。今年一回目の八百万談話室のお時間です」

「新たな年の始まり……昨年のことは忘れて皆心機一転、今年もよろしく頼むぞ」

「年明け二日目ですがよくぞ来てくださいました。アマテラス様」

「来ないという選択肢を選べるわけ無かろう」

「あはは、イザナミ様の効果は抜群ですね」

「母上には困ったものだ。即断即決はいいのだが、周囲への影響を考えぬ」

「ですが私としてはこれからたくさんの神様に出ていただけるのでありがたいことです」

「……天岩戸から引きずり出された気分だ」

「本当ですか? 貴重なものが見られて嬉しいです」

「お主も相変わらず、か。まぁよい。やると決めた以上はしかと役目を果たそう」

「ありがとうございます。では今年最初のお便りを読み上げますね」

「頼むぞ」

「はい。では、えー、ラジオネーム『お祭り男』さん」

「ずいぶんとめでたい奴だな」

「新年一回目なので今回は名前で選ばせていただきました」

「そうか、それで?」

「えー『新年明けましておめでとうございます。今年も八百万談話室のますますの発展を実家でこたつに入ってミカンを食べながら祈っています』」

「ずいぶんとだらけながらなのだな」

「まぁ、この番組自体がけっこう緩い方向性ですから、いいじゃないですか」

「悪いとは言っていないぞ」

「そうでしたか、では続きですが『僕は仕事柄海外出張が多く、去年も何回も海外出張で世界中を飛び回っていました。そこで面白いことに、去年の僕は一年間お祭りの日となりました』」

「一年間お祭りの日?」

「『まず日本で正月を迎え、一月下旬には中国で氷雪祭と春節、二月中旬にイタリアで下旬にはブラジルでカーニバル、三月にはスペインで火祭り』……これ全部読み上げます?」

「いや、言いたいことはだいたいわかった」

「えー一部省略します。それで『一年間のほとんどが祭の日と重なっていました。そこで思ったのですが、中国やタイやベトナムやシンガポールなどの東南アジアの国々は旧正月を祝っています。日本も昔は今で言う旧正月だったと思うのですが、日本はもう旧正月を祝わないのでしょうか?』というお便りです」

「……知らぬ」

「えっ?」

「旧暦から新暦に切り替えたのは我らではなく国だぞ」

「言われてみればそうですね」

「そもそもあの切り替えは我らにとっても面倒だった」

「そうなんですか?」

「人間も混乱しておった。まぁ、今までの常識ががらりと変わるから当然か」

「えー……旧暦が新暦に切り替わったのって明治維新から五年か六年後でしたよね?」

「そうだな」

「どうして切り替わったんですか?」

「詳しい事情は知らぬ。だが欧米に合わせたということだろうな」

「確かに、当時は欧米列強時代でしたからね」

「外のことを効率的に学ぶためには、ある程度外に合わせるのがいいと考えたのだろう」

「太陰暦だと一年が正しく一年じゃないんですよね?」

「そうだ。今よりも十日ほど一年が短くなるのでな。閏年ではなく閏月があった」

「あー、もしかすると理由はそれかもしれませんね」

「ん? 閏月が理由?」

「はい。一年が十三ヶ月になると月給は十三回払わないといけなくなりますから」

「ふむ、なるほど」

「一年が約十日短いなら三年周期ですし、月額支払いだとけっこう痛いと思います」

「なるほど。外に合わせつつ、節約もした、ということか」

「この切り替えが明治維新から数年ですから、決断力や行動力のすごさがわかりますね」

「ずる賢いとも言えるがな」

「しかしそうなると日本は旧正月を祝わないのか、という疑問はわからなくもないですね」

「なぜだ?」

「お祭りや休みは多い方がいいじゃないですか」

「確かに、正月は二度あった方が賽銭は多く入るな」

「あー、まぁそうかもしれませんね」

「しかし、慌ただしいぞ」

「そうですね。一月一日の正月、一月下旬か二月上旬にまた正月、ですから」

「二月に行う正月を前倒しした、と考えれば納得がいくと思うぞ」

「いいですね。それなら一年間のお祭りの数は減っていないってことになります」

「そもそも、現代に新暦だの旧暦だのとこだわる必要は無いだろう」

「まぁ、こだわらなくても特に支障はありませんからね」

「そもそも旧暦は太陰暦、そして農暦とも呼ばれるものだ」

「農暦ですか?」

「農業に適した暦なのだ」

「月の満ち欠けで一ヶ月が決まるというものでしたっけ?」

「そうだ。種蒔きや稲刈りのだいたいの時期が月の満ち欠けでわかる」

「じゃあそうなるとデジタルの時代には無くても困らない暦なのかもしれませんね」

「そうだ。早々に暦を切り替えたのはある意味正解だったかもしれん」

「んー、先見の明があったのか、偶然なのか……」

「それは知らぬが、まぁ今の生活に支障が無ければいいだろう」

「そうですね。前向きに考えましょう」

「しかし、お主はよく働くな。世間はまだ休みだろう」

「あはは、先月の二週目の回で座敷童ちゃんが言っていた皆勤賞ですよ」

「しかし新年二日目からというのはどうかと思うぞ」

「コンビニは昨日も開いてましたよ」

「コンビニはそれが長所だからだ。第一、働く人間が交代しているだろう」

「それなら安心してください。ひとまず一年間皆勤賞で頑張ろうと思っています」

「その後は?」

「休みが必要なときはどこかで代理の方を立てるか、まだ考え中です」

「まぁ、働き過ぎは良くない。休めるときに休んでおくことだ」

「はい、ありがとうございます」

「我らも正月という書き入れ時が終わればひとまず休むからな」

「神様も休むんですか?」

「当然だ。あくせく働くのは人間くらいなものだぞ」

「えぇっ! じゃあ休みの時に神社に参拝に行ったらどうなるんですか?」

「賽銭は貰うぞ」

「いや、そうではなく、お願いや祈りの方ですよ」

「届いてはいる。心配するな」

「ホッ、なら良かったです」

「要は参拝客が多いときに頑張り、少ないときは休む、ということだ」

「メリハリですね」

「旧暦の正月も閉農期だからな」

「なるほど、昔の農家的には休みということですね」

「だからお主も休めるときには休め」

「はい、お気遣いありがとうございます」

「……さて、勝手がわからないまま話していたが、こんなのでいいのか?」

「はい、問題ありません。そもそも緩い番組ですから」

「それはそれでどうかと思うが……」

「アマテラス様は本当に真面目な方ですね」

「真面目というか、しっかりしなければならない立ち位置にいるということだ」

「全神様のまとめ役ですからね。大変だと思います」

「大変だぞ。特に父上や母上絡みは特に、だ」

「え? イザナギ様とイザナミ様絡みですか?」

「そうだ。夫婦喧嘩は現在も継続中だ」

「……まだやってたんですか」

「神話時代からずっとだ。何かある度に私が駆り出される」

「まぁ、他の方々ではどうしようもないですからね」

「ツクヨミもスサノオもこのときばかりは姿を隠すのだ」

「えっと……兄弟からも信頼が厚いという考え方でいきましょう」

「厄介ごとから距離を置きたいだけであろう」

「あはは……」

「まったく、困った親だ。第一夫婦喧嘩の仲裁に子供が必要などあってはならぬ」

「えー……どうしよう。愚痴が止まらなさそう……」

「そもそも何年夫婦喧嘩をしているのだ。私とスサノオの諍いはもう収まったぞ」

「えー……はいっ! ひとまず一通目のお便りはこれまでとしましょう」

「ん? そうか。まだ次があるのだったな」

「はい、では『お祭り男』さん。ありがとうございました」

「今年一年、良い年になるように頑張るがいい」

「えー、では次のお便りにいきますね」

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