第十回 除夜の鐘(九尾の狐)

「お便りありがとうございました。では、次のお便りに行きましょうか」

「時間的に次が最後?」

「そうですね。本日最後、そして今年最後です」

「また一年時が過ぎたの。でも一年経ったって実感無いよね」

「九尾さんや八百万の皆様はそうかもしれませんが、人間にとって一年は重要ですよ」

「まぁ、寿命の問題だね」

「そうですよ。私たち人間は百年生きられない人がほとんどですから」

「生きたかったら神になればいい」

「もう神格化の話はいいですよ。私は凡庸な人間です」

「……このラジオ番組やれているだけで凡庸には見えないけどね」

「慰めはいいです。ではそろそろ今年最後のお便りにいきましょう」

「はい、どうぞ」

「えー、ラジオネーム『懐古』さん」

「蚕? 絹でも作るの?」

「その蚕ではなく、古いものを懐かしむ方の懐古です」

「ああ、そっち」

「えっと『何度かお便りを送っているのですがなかなか放送で使ってもらえません』」

「あれ? そんな人いたんだ」

「まぁ、放送時間が限られていますから、取り上げられないままのお便りは出てきます」

「それにしても何度も送って全滅だったなんてね」

「いい方に考えましょう。この方はずっと放送を聞いていてくれた、ということです」

「自分のお便りが読み上げられるのをずっと待っていたってわけね」

「今年最後お便りですよ。『懐古』さん。では『僕の実家はお寺のすぐ側にあります。毎年年末になると除夜の鐘を鳴らすのが風物詩だったのですが、去年はその除夜の鐘が一度も鳴りませんでした』」

「一度も? 住職死んだ?」

「九尾さん、不謹慎です。えー、ああ、この人も同じこと思っていたみたいです。『住職さんの身に何かあったのではないかと近所の人と様子を見に行きました。すると住職さんはお寺の鐘の側で何もせずに立っていました』」

「なに? 職務放棄?」

「『事情を聞くと、お寺の鐘がうるさいと文句を言いに来る人がいるそうです。その人はお寺の鐘が鳴る度にやってきていたクレーマーのようで、今までなんとかなだめていたようですが除夜の鐘をつく前にやってきて文句を言って帰っていったそうです。そのクレーマーのせいで住職さんは鐘をつくのをためらってしまっていました』」

「そのクレーマーってどうせ最近引っ越してきた新参者でしょ?」

「おそらくそうでしょうね」

「寺があったら鐘くらいつくのは普通。それを受け入れられないなら引っ越してくるな!」

「まったくです。あ……」

「なに?」

「スカッとしました」

「は?」

「えー『僕らは毎年除夜の鐘を聞くのが昔からの風物詩だったので、近所の人達と一緒にしっかり百八回、鐘をついてやりました。住職さんやご近所さんと一緒に、僕は断固として日本の伝統を守るために戦うつもりです』とのことです」

「いいね! 気に入った。どうして今までこの人のお便りを採用しなかったの?」

「わざとじゃありませんよ。偶然です」

「もしかしてクレーマー派?」

「天地神明に誓ってそれはあり得ないと断言させていただきます」

「だよね。もしそうだったらこの番組やってない」

「そうですよ」

「ここって新しくできたカルト宗教の神社仏閣じゃなくて、昔からあるところでしょ?」

「昔からの風物詩とありますからそうだと思いますよ」

「だったら『懐古』はいいことをしたと私は断言しよう」

「私も同意見です。毎日百八回ならうるさいかもしれませんけど年末だけですからね」

「そうそう。昼寝を邪魔されたらぶん殴りたくなるけど年一回なら許す」

「昼寝の邪魔って具体的になんですか?」

「廃品回収とか選挙カーとか?」

「あー、選挙は同意できますね。家の近くで止まって演説されるとつらいです」

「明るいうちにするとはいっても除夜の鐘よりあっちの方がうるさいでしょ」

「でも選挙は期間が一ヶ月弱ですが一年に何回もないですよ」

「あったら異常。発狂する」

「毎日聞いていたら慣れるかもしれませんよ?」

「慣れない。人間以上の聴力を持っていると頭が痛いんだから」

「あー……人間じゃないんでしたね。たまに忘れちゃいます」

「選挙カーは三週間くらい日本全土で騒がしいから嫌い。どこに行ってもうるさい」

「そうなると山の中とかに身を潜めるんですか?」

「前回の選挙の時は大天狗の家にやっかいになったかな」

「天狗の方々は山奥に住みますからね。確かに山奥なら静かそうです」

「女天狗の手料理と三食昼寝付き」

「旅行プランじゃないんですから……」

「別荘地とか避暑地みたいで快適だった」

「ちょっと行きたい気はしますね」

「今度選挙の時行ってみる? 三週間くらい」

「邪魔でしょ! 大天狗様と女天狗様の邪魔ですよ!」

「そう? 笑顔で受け入れてくれたけど?」

「いやいやいやいや……お客さんに嫌な態度はとらないでしょ」

「嫌なら嫌だって言ってくれればいいと思わない?」

「それはそうですけど……言葉に出さないで帰って欲しい意思表示とかなかったですか?」

「んー……無かったと思うけど?」

「本当ですか?」

「うん」

「何か印象に残っていることはあります?」

「印象に残っている……よくわからないけど毎夜、おいしいお茶漬けは食べたかな」

「お、お茶漬け……」

「夕飯の後に大天狗と酒を一杯、その締めに最高だったかな」

「あ、あのー……」

「なに?」

「お茶漬けを毎夜、ですか?」

「そうだけど?」

「お茶漬けって、京都の一部ではぶぶ漬けって言うんですけど?」

「……え?」

「ぶぶ漬けが出る、締めのお茶漬けを食べたら帰ってくださいね、という意思表示です」

「そ、そうなの?」

「そうですよ。気づいてなかったんですか?」

「まったく気づかなかった」

「……クレーマーより質が悪いかも」

「帰って欲しかったら帰れって言ってくれればいいと思わない?」

「いやいやいやいや……さすがに三週間も居座られるとは思わないでしょ?」

「選挙中はうるさくて頭が痛いからって先に言ったけど?」

「でも選挙期間中ずっといさせて欲しいとは言わなかったんですよね?」

「言わなかったけどわかると思わない?」

「厚かましく毎晩晩酌して手料理作らせていたらぶぶ漬けくらい出ると思いません?」

「……そうなのか?」

「そうだと思いますよ」

「あちゃー……悪いことしたかな」

「悪いことしたと思いますよ」

「うーん、しかたない。年始の挨拶の時に稲荷寿司でも包んでいくか」

「それがいいと思います」

「そうすれば次の選挙の時もいさせてもらえる」

「いやいやいやいや……他の避難場所を探しましょうよ」

「あそこが一番居心地がいいんだけど?」

「一カ所に頼り切りだからぶぶ漬けが出てくるんですよ」

「そういうことか。じゃあ他も探してみることにする」

「それがいいと思いますよ……って、後半『懐古』さんのお便り完全無視ですよ」

「ははは、『懐古』からしてみると良かったかもよ」

「すみませんね『懐古』さん。またのお便りをお待ちしています」

「今月一回目に若者の○○離れってやったけど、伝統からは離れられると困る」

「そうですね」

「『懐古』の頑張りに期待しているぞ! 頑張れ!」

「えー、では今年の放送ももう間もなく終わりですね」

「そうだね。明日は休みだっけ?」

「はい、年末年始は二日休んで年明けの二日からです」

「いやー、さっき予定表見たけど、次のゲストにすごいのが来たね」

「先週のクリスマスにイザナミ様が出ちゃいましたからね」

「ああ、他の神様、全員断れなくなったんだ」

「難色を示していた方々が軒並み首を縦に振ってくれたみたいです」

「ははは、すごい影響力。年明け一発目が楽しみだ」

「はい、頑張ります」

「大天狗の家で聞くよ」

「ダメです! 大人しく自宅で聞いていてください!」

「ははは、稲荷寿司とぶぶ漬け交換してくるよ」

「はぁ……懲りないですね」

「楽しい方がいいからな」

「あ、えー、もう時間ですね。では今年の八百万談話室はここまでです」

「来年もよろしくな」

「良いお年を」

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