第九回 マナー(イザナミノミコト)

「えー、今日も八百万談話室を初めていきたいと思うのですが……」

「うん、始めたら?」

「あ、はい。いや、その……」

「なに?」

「今日、座敷童ちゃんの予定だったと思うんですけど……」

「ああ、そうらしいね」

「えっと……イザナミ様がなぜここへ?」

「ん? なぜって、暇だから」

「ひ、暇……なんですか?」

「暇よ」

「で、でも神様ですよね? 神様に暇とかあるんですか?」

「あるわよ。神様も私くらいの地位になっちゃうと特にすることないの」

「そうなんですか?」

「そうよ。人間の会社だってあくせく働くのは下っ端でしょ?」

「あ、いや、仕事内容が違うだけで上の人も働いていると思うのですが……」

「まぁ、私の場合はもう判を押したりするくらいしか仕事がないの。だから暇なの」

「アマテラス様のお母様は八百万の神々の中ではほぼ最高位ですからしかたないですよ」

「神々のまとめ役はあの子がやってくれるからね」

「あとは黄泉国でのお仕事ですか?」

「そっちも暇なの。二千年くらい改良改善を繰り返したらやることなくなっちゃった」

「は、はは……やれる仕事をやりきってしまったということですか」

「そういうこと。それで面白そうだったから今日来たの」

「今日? あれ? じゃあ座敷童ちゃん来てたんですか?」

「来てたわね」

「え? じゃあどこかにいるんですか?」

「私がやらせてって言ったら帰ったけど?」

「帰ったって……まぁ、逆らえはしないですからしかたないような……」

「それよりこれ、こうやってずっとしゃべってたらいいの?」

「あっ、リスナーさんからのお便りを読んで、その内容について話すコーナーです」

「じゃあ早くやろう」

「わ、わかりました。えーっと……座敷童ちゃん宛のお便りは省いて……」

「ほらほら、早く」

「はい、では行きます。ラジオネーム『ドレスコード』さん」

「確か服装規定って意味だっけ?」

「はい、そうです。えっと『いつも楽しく拝聴させていただいています。私はそろそろ中年と呼ばれる年齢になってきました。子供もいて幸せな日々を送っています』」

「ほうほう、いいね」

「『ついこの間の話なのですが、夫婦揃って親戚のお通夜とお葬式に行ってきました。普通にしていたらその土地独特のルールのようなものがあったらしく、後から親戚の家族からクレームが来てしまいました。確認不足の私たちが悪かったのかもしれないと思う一方で、ご当地ルールがあるのであれば事前に言って欲しかったと、やり場のない怒りのようなものを抱えています』……」

「ふーん、死んだらみんなただの死体なのにね」

「そういう話ではありません! それにご遺体とか言い方に気をつけてください」

「死体はただの死体。葬式とか通夜は死んだ人間を送る側の心情が問題なんでしょ?」

「いやいやいやいや……死者に対する礼儀っていう意味合いもありますから」

「はいはい、わかってるって。日本はマナーとか格式とか細かいからね」

「冠婚葬祭のマナーだけで本ができてしまうくらいですから」

「ビジネスマナーとか飲みの席での上下関係とか、全部知ってる人いないでしょ?」

「おそらくいないと思います。マナー講師もビジネスとかで専門が分かれますから」

「それがまた地方や宗教宗派で違うわけだからね」

「はい。『ドレスコード』さんの言いたいことは十分伝わってきますね」

「まぁ、適当で良いんじゃないの?」

「いやいや、そういうわけにはいかないでしょう」

「まぁ、一般的な本に書いてあることが出来れば良いと思うけど?」

「そうですか? まぁ、ご当地ルールをいちいち調べるのも面倒だとは思いますけど」

「文句言ってきたらマナー教本でも送りつけてやればいいの」

「それはそれで問題がありそうな気がしますが……」

「いいのよ。ご当地ルールを出してくるならこっちのルールも出してやればいいだけ」

「うーん、いいんでしょうか?」

「だから『ドレスコード』! あんた達は別に悪くないからね」

「えー、だそうです。でも最低限の基本くらいは頭に入れておきましょう」

「これで解決ってことでいいの?」

「えっと、まぁそうですね。番組的にはこういう方向性でやっています」

「そう、じゃあ次のお便り?」

「あ、いえ、このお便りにはまだ先があります」

「え? そうなの?」

「はい、ちょっと途中でそれてしまいましたが、続きです。『そのご当地のルールというのが、お通夜は急なことなのでどんな喪服でもいいのですが、お葬式の時は必ず和装でなければならないというものでした。遠方からその土地へ行く私たち夫婦には移動時間や着替えの場所を考えると和装は厳しく、洋装でお通夜もお葬式も出たことが問題だったようです』と、締めくくられています」

「それだったら事前に行っておけば済む話じゃないの?」

「そうかもしれませんね」

「まぁ、私からするとできる限り和装でいて欲しいと思うけど」

「あ、やっぱり和装にこだわりがあるんですか?」

「こだわりというか、和装って色々と理にかなっているのよ」

「動きにくいとかよく言われますけど?」

「日々姿勢が矯正されるとダイエット効果にも腰痛や肩こり対策に繋がるわよ」

「おぉっ!」

「まぁ、現代人を見ていると逆に疲れそうだけど」

「……そうですね」

「後は成長してもある程度対応できるのよね」

「子供服の場合は買い替える回数が減って良いですね」

「太っても痩せても買い替えなくていいんだけど?」

「なるほど。そう言われれば理にかなっていますね」

「布の端布一つまで使い切れるように設計されているのが和装なの」

「ウエストとかは帯の調整でなんとかなりますね。ズボンや服とは違うメリットです」

「でも時代はその勿体ない精神が軽視される時代なのよね」

「エコって言いますけど、大量生産大量消費が根底にありますからね」

「時代なのかな? 寂しいわね。長所が重要視されなくなるのは」

「体型の変化に対応できるというメリットを前面に押し出すと売れますかね?」

「さぁ? 私は商売の神様じゃないし」

「ですが日本人も体型がずいぶん変わりましたからね。特に女性のバストサイズは……」

「……あーそーだねー……」

「あ、あれ? イザナミ様?」

「そーだよねー、今はみんな胸大きいもんねー……」

「えっと、どうかしましたか?」

「気にしないでいいよ。どうせ貧乳のひがみだし……」

「貧乳……あっ! 神話に記述がありましたね」

「明確に、ね」

「イザナギ様とイザナミ様、国を生むときにお互い身体の一致しない場所を合わせた、と」

「いちいち言わなくていいよ」

「当然男女だと男性器と女性器になるわけですからそれ以外は似通っているわけですね」

「はいはい、そーです。胸は男と変わりありませんよ」

「神話レベルで貧乳だとわかるとは……お気持ちお察しします」

「察するな! むしろ忘れろ!」

「神話に記述があるとなると、日本中が知っていることになりますからね」

「くっ、黄泉国で記述した奴らに目にものを見せてやる!」

「まぁまぁ落ち着いてください。人間は希少性を好みます」

「は? どういうこと?」

「少し前まで貧乳が当たり前だったから今は巨乳人気が高い、というわけです」

「つまり巨乳が当たり前になってくると……」

「再び貧乳が覇権を取る時代がやってくるはずです」

「よし、少し待とう。数百年ほど」

「神様基準の数字は相変わらず感覚が合わないのですが……」

「しばらく大人しく時代が変わるのを見届けることにするわ」

「はい、貧乳覇権時代を待ちましょう」

「名前は気に入らないけど……そうするわ」

「えー、多少脱線しました。ラジオネーム『ドレスコード』さん、ありがとうございました」

「またの便りを待っているわ」

「では次のお便りに行きましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る