第八回 ハラスメント(女天狗)

「では次のお便りです。時間から見てこれが最後になりそうですね」

「おや、そうかい? 楽しい時間は早く過ぎるの」

「本当ですね。女天狗様は話しやすくて楽しかったです」

「ふふっ、そう言われると照れるではないか」

「大天狗様の代理ではなく、次回から女天狗様に担当して欲しいくらいです」

「これこれ、そういうことを言ってはならんぞ」

「ああ、すみません。つい本心が漏れてしまいました」

「……神代、お主は時々相手が誰であっても物怖じせず歯に衣着せぬことを言うな」

「物怖じしてますよ。怖いですよ。大天狗様が聞いているかもと思うだけで背筋が……」

「それは安心せよ。今日は妾のために夫は方々を走り回っておる」

「クリスマスイブだから……ですか?」

「ふふっ、そうじゃ」

「天狗とクリスマスって合わない気がするんですが、いいんですか?」

「かまわぬよ。今日でなければ手に入らぬ物もある」

「クリスマス特化の商品はたくさん出ていますからね」

「それを毎年いくつか見繕ってくれるのじゃ。こういう日は贈り物をしてくれる」

「へぇ、そうだったんですか。大天狗様が愛妻家だったとは初めて知りました」

「ふふっ、しかし最近は異国の記念日が増えた、と愚痴をこぼしておるわ」

「あはは、その姿は想像できますね」

「クリスマスに限らず、イベントの日だけはいつもこのようになる」

「なるほど。イベントと放送日が重なった時は代理の方が来られる理由がわかりました」

「今日はいくつか代理を頼んだが良い返事が貰えなんだ。それで妾が来たのじゃ」

「夫の危機に妻が駆けつける、羨ましい関係ですね」

「ふふっ、そうは言っても夫婦にも色々あるぞ。何も良いことばかりではない」

「そこは人間と変わらないってことですか?」

「そうじゃ」

「なるほど、勉強になります」

「ふふっ、ではそろそろ最後のお便りへといこうか」

「あ、そうですね」

「このまま夫婦の話で終わらせるには今日の機会は勿体ない」

「はい。では、えー、ラジオネーム『耐え子』さん」

「たえこ?」

「何かに耐える、の耐えと子供の子ですね」

「ふむ、最後まで変わった名前じゃのう。いったい誰がやり始めたのじゃ?」

「さぁ、わかりません。気がついたらお便りの暗黙のルールみたいになってました」

「ふむ、しかし面白いからよしとしよう」

「そうですね。ではお便りの内容です。えー『毎日楽しく聞かせていただいています。私は就職してまだ長くはないのですが、就職した会社の男女比率が偏っていて男性の方が多いです』」

「恋多き人生を歩める良い機会じゃ」

「『多くの同僚男性の方々は優しいです。ですが男性が多いことが原因なのかもしれませんが、時折女性に対しての接し方に困るときがあります。男性同士では日常会話の一部なのかもしれませんが、男性から女性に向けての言葉としては受け入れがたいものも少なくはありません。良い会社だとは思うのですが、そこに困っています』とのことです」

「……贅沢な悩みではないのか?」

「昨今の出会いがない時代を考えると出会い自体は多い状態ですからね」

「しかし精神的苦痛というものはなかなか侮れぬからのう」

「そうですね。上司が相手だと言いづらかったりしますしね」

「こういうものを……昨今では何と言うのじゃ?」

「えー、嫌がらせやいじめという意味で、ハラスメントと言います」

「よく聞く言葉になったのう」

「パワハラ、セクハラ、モラハラ……このあたりはよく目や耳にしますね」

「褒められたものではないが、勘違いもあると聞いたことがあるが?」

「この手の被害は被害者の主観が物差しになることが多いですからね」

「しかし無いというわけではない、か。難しいところじゃのう」

「男性と女性では脳の構造も違いますから、相手は悪気がない場合もありますからね」

「男と女は同じ人間ということを除けばかなり違う生き物と聞くぞ」

「はい、そこをなんとか解決できませんか?」

「そうじゃのう……どの程度の被害になっているか、じゃな」

「被害になっているか? 被害に遭っているか、ではないんですか?」

「一個人では勘違いや思い込みと言われてしまうかもしれぬ」

「ああ、だから被害の全体像を掴んでから行動するということですか」

「そうじゃ。同じ悩みを持つ者の立場が弱くとも集まれば強い力となろう」

「一人で悩まず相談できる人も重要ですよね」

「そうじゃ。上司、同僚、同期、何でも良い。話せると変わる」

「三人集まれば文殊の知恵とも言いますから、良い解決策が見つかるかもしれませんね」

「うむ、大きくするか穏便に済ますか、上手くやってほしいものじゃな」

「えー『耐え子』さん。一人で悩まず同僚や信頼できる上司を頼ってみましょう」

「それに今は証拠を記録できる時代じゃ。一人でも証拠があれば何とでもなる」

「でも良い会社だと思っているということなので、気をつけて事を運んでくださいね」

「……そう、証拠じゃな」

「はい?」

「あの時に今のような証拠を確かにする技術があれば……」

「あの、女天狗様?」

「……おっと、すまぬ」

「どうかしましたか?」

「いや、今月の一週目、夫が言っておったであろう」

「えっと、ああっ! 不倫の話ですね」

「そうじゃ。実は五百年ほど前のあの不倫の話なのじゃが……」

「はい」

「全容がわからぬままうやむやになってしまった部分があってのう」

「あー……だから科学捜査があったらゾッとするって言っていたんですね」

「証拠がないのに裁判はできぬ。わからぬところはうやむやにせざるを得ぬ」

「うー、つらい判断ですね」

「じゃが、そのおかげで今日の関係があると言っても良い」

「今日の関係? 記念日にプレゼントを買って贈ることですか?」

「そうじゃ。最初は罪滅ぼしだったようじゃが、それが習慣化したのじゃ」

「えっと……五百年間ずっと……ですか?」

「そうじゃ」

「えぇっ! 大天狗様が悪いとは思いますが、五百年ともなると可哀想な気がします」

「向こうが言い出したのじゃ。全ての記念日に贈り物をする、とな」

「あ、あはは……まさか五百年も続くとは大天狗様も思っていなかったでしょうね」

「それは妾のあずかり知らぬところじゃ」

「五百年と聞いて、私は人間で良かったと率直に思いました」

「ふふっ、まぁ雨降って地固まる、じゃ。一時は険悪じゃったが、今は良い関係じゃぞ」

「不倫された女天狗様が許して、不倫した大天狗様が納得ならもう外野は黙っています」

「夫婦のあり方なぞ千差万別じゃ。不倫は裏切り。許せぬもまた夫婦の形じゃ」

「私はその経験はありませんので許せないかもしれません。心が狭いでしょうか?」

「今後その相手と長く付き合っていけるかどうかで判断すれば良い。心の広狭ではない」

「女天狗様の心は広いと思いますが……」

「男も女も息抜きに遊びは必須じゃ。度が過ぎたときにどうするか、というだけの問題じゃ」

「……そうですね。その時がもし来たとしたら、よく考えてみます」

「それと『耐え子』であったか? お主も会社と同僚とやっていけるかをよく考えよ」

「良い会社のようですけど、問題解決への姿勢で印象が変わるかもしれませんからね」

「人と人じゃ。完全に円滑な間柄は極めて稀じゃぞ」

「その稀な人間関係には憧れますが……あ、もうそろそろお時間のようです」

「もう、か。時が経つのは早いのう」

「今の時間を大切にしたいですね。『耐え子』さん、ありがとうございました」

「またの便りを待っておるぞ」

「えー……では今日はクリスマスイブと言うことで」

「ん? なんじゃ?」

「リスナーの皆さんに良いクリスマスでありますように、と一緒に言いませんか?」

「クリスマス自体にはさほど思い入れはないのじゃが……まぁ、よかろう。祭りじゃ」

「はい、ではいきますよ」

「うむ」

「せーのっ」

「「メリークリスマス!」」

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