第七回 旅行(犬神)
「はーい、今日も八百万談話室のお時間です。今日は犬神さんに来ていただいています」
「久しいな、神代よ」
「えっと、犬神さんは猫又さんと隔週ですが、いつも通りですよね」
「そうであったか?」
「はい。先々週は犬神さん、そして先週が猫又さんで……」
「そうか。まださほど時は経っていなかったか」
「はい?」
「忘年会直前のあの戯れ言を聞いて少々虫の居所が悪い」
「あの……できれば犬猫戦争はどこか他でやっていただけるとありがたいのですが……」
「争いなどない。礼儀も口の利き方を知らぬニャンカス共と同じ土俵には居らぬ」
「にゃ、ニャンカス共……ですか」
「そもそも我ら犬は人と長い付き合いである。昨今の一時的な潮流など重要ではない」
「一時的な潮流ですか?」
「猫が我らを上回ったのは数年の話。長期的に見ればニャンカス共など恐れるまでもない」
「……ニャンカス共って言っているのは意識しているからなのではないのですか?」
「気にもならん。長き犬の歴史にニャンカス共が勝ることなどない」
「そ、そうですか」
「さて、ニャンカス共の話題で時間を費やすのは無駄だ。先に進めてくれ」
「えー、気を取り直して、では最初のお便りに参りましょう」
「ニャンカス共よりも我ら犬の方がためになる話ができると言うことを見せてくれよう」
「えー、あー……はい。もう行きます。ラジオネーム『夢の旅人』さん」
「なにやら幻想的な名前ではないか」
「そうですね。どんな内容なのか、えー、『初めまして。初めてお便りを出します』」
「初か。今後も楽しみにしているぞ」
「『私は旅行が好きでいつも旅行に行くことばかりを考えています。ですが私は大企業の工場に勤務しているため、毎月出勤日はシフト制で決められてしまうのでなかなか連続した休みが取れません。長期休暇の時はたくさんの人も同時に休みになってしまいますのでどこへ行っても人混みで溢れかえっています』」
「社会人の常とも言えるな」
「『旅行へ行きたい私は有休を使って平日に行こうと考えているのですが、有休を取れる日数を考えると多くは回れないと思います。どこか言い旅行先はないでしょうか?』というお便りです」
「ふむ、旅行か。言われてみれば久しく行っていないな」
「旅行は好きなんですか?」
「たまにふらっと行きたくなる。そういう時は十日くらいかける」
「そうですか。でも『夢の旅人』さんはそんなに日数の余裕はありませんよ」
「ならば行く場所を絞るしかあるまい」
「旅行先を絞るとして、犬神さんは良いところを知っていますか?」
「基本的にどこも良い。その場所ならではの良さがどこにでもあるからな」
「確かにそうですね」
「山には山の良さが、海には海の良さがある。『夢の旅人』が求める場所へ行けば良い」
「はい。ですがそうなるとどこにも絞れてはいませんよね」
「そうだな。ではいくつか場所を挙げるとしよう」
「はい。お願いします」
「まずは東京だな」
「東京在住の方達以外なら一度は行ってみたいかもしれませんね」
「特に渋谷へは行った方が良い」
「そうですね。都心の中でも賑やかな場所ですに何より忠犬ハチ公ですからね」
「東京と言えば渋谷、渋谷と言えば忠犬ハチ公だ。犬の義理堅さに触れて欲しいものだな」
「犬の話しでは世界的に有名ですからね。第一候補で東京渋谷です。次はどこですか?」
「次は東海道を通って京都、そして姫路方面へと出る」
「いいですね、京都に姫路。歴史や文化が詰まっています」
「そして何より飼い犬が官位を得た場所でもある」
「はい? 官位?」
「そうだ。飼い主である姫路藩主酒井忠以が飼っていた犬は朝廷から官位をもらったのだ」
「へぇ……って、そうじゃなくて、犬が官位をもらえるんですか?」
「珍しいから有名なのだ。意外にいろいろな動物に官位をもらっている」
「知りませんでいた」
「憎たらしいニャンカス共ももらっているが、人の公平性故の処置と言ったところか」
「あはは……憎たらしいけどちゃんとそこは認めているんですね」
「犬は公正公平、嘘偽りは言わん」
「わ、わかりました。今度官位をもらった動物について調べてみます」
「それが良い。象や鷺など意外と多いから面白い」
「はい、では京都や姫路の次の候補はどこになりますか?」
「海を渡り鹿児島だな」
「おぉ、ずいぶん南へ行きましたね。その理由は何ですか?」
「鹿児島と言えば西郷隆盛。そして愛犬だな」
「……あの、犬神さん」
「なんだ?」
「もしかしてですけど……犬と縁のある場所ばかり挙げてませんか?」
「たまたま犬に縁のあるところが観光に向いていただけだ」
「ですがずっと犬の話題が尽きませんよね?」
「俺も犬だ。どうしても知識は犬へと寄ってしまう部分はあるだろうな」
「偶然ですか?」
「偶然だな」
「そうですか。ですが今挙げられた場所も良いところであることは間違いありませんね」
「そうだ。是非とも行ってみると良い」
「『夢の旅人』さんも何かテーマを決めて行き先を絞るのも良いかもしれませんよ」
「是非とも旅行を楽しんでくれ」
「しかし旅行ですか。私、最近行けてないんですよ」
「そうなのか?」
「はい。ラジオが月曜日から金曜日まで入っていますので難しいです」
「土日は休みじゃないのか?」
「打ち合わせとかもあってなかなか上手く時間は使えません」
「俺は隔週のレギュラーだからさすがに同じ語れんな」
「あー、どこか行きたいですね。犬神さんは最近どこか行きましたか?」
「大阪と北海道を見てきた」
「おぉ、大阪と北海道ですか。いいですね。どうでした?」
「なかなか良かったぞ。どちらも飯は美味かった」
「食事の話はやめましょう。まだ放送がありますからお腹が減ってしまうとつらいです」
「そうか?」
「そうですよ。それじゃあ、どこを回ったかをお聞きして良いですか?」
「大阪ではカラフト犬慰霊像を見たな。北海道では樺太犬訓練記念碑を見たな」
「……あの、犬神さん?」
「なんだ?」
「犬絡みなのは偶然ですか?」
「偶然も何も、事実なのだからしかたないだろう」
「まぁ、事実ならしかたありませんが……なんだか宣伝をしているような気がしますね」
「宣伝? 何をだ?」
「犬にまつわる観光地の宣伝ですよ」
「そ、そんなつもりは毛頭ないぞ!」
「……やっぱりここ数年の猫人気、気にしていますよね?」
「そんなことはない! ニャンカス共など眼中にない!」
「犬人気を取り返そうと犬神さんも必死なんですね」
「な、何を言い出すかと思えば……ニャンカス共など相手にならんわ!」
「犬神さん、本当に猫人気は気にならないんですか?」
「ま、全く気にならんな! 話すだけ時間の無駄だ!」
「そうですか。実は私、最近ペットを飼おうかと考えています」
「ほ、ほう……それで?」
「知り合いが猫を飼っているので私も猫に……」
「犬だ! 犬が良いぞ!」
「……やっぱり気にしていますよね?」
「な、何をだ?」
「猫人気ですよ。私が猫を飼うかもしれないって言ったらすごく動揺していますよ」
「お、俺は常に平静だ! ニャンカス共ごときに脅かされる我ら犬ではないわ!」
「あはは、面白いですね」
「な、何が面白い?」
「ペットを飼う予定はありませんよ」
「な、なに?」
「私の住んでるマンション、ペット禁止ですから」
「そ……そうなのか?」
「はい。だから猫は飼えません。犬も飼えませんけど」
「そ、それならしかたないな。だが、飼うときは犬の方が良いぞ」
「飼うときが来れば参考にさせていただきますね」
「絶対に犬が良いからな」
「わかりました。えー、ラジオネーム『夢の旅人』さん、ありがとうございました」
「またの便りを待っているぞ」
「では次のお便りです」
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