第六回 世代交代(大天狗)

「それじゃあ強も元気に八百万談話室を頑張っていきましょう、大天狗様」

「ああ……そうだな……」

「あれ? 大天狗様?」

「神代……あまり大声を出すな……頭が痛い……」

「あの、まさかまだ酔いが醒めてません?」

「その……まさかだ……」

「えー……忘年会が土日ぶっ通しだったのはわかりますが、一日空いてますよ?」

「そうだな……ワシも老いたということかもしれん……」

「昨日の九尾さんもつらそうでしたが、今日の大天狗様の方がつらそうに見えますね」

「うー……昨日はそこそこいけると思ったのじゃが……休みが一日では足りんかった……」

「久しぶりに運動したら二日三日後に筋肉痛が来たってこの前、私の母が言ってました」

「……老いを受け止めねばならんのぅ」

「ひとまず水を飲んでください。お酒が残っていたら少しはマシになるかもしれません」

「戴こう……」

「えっと、こういう状況ですがリスナーの皆さん、温かい気持ちで聞いてください」

「すまんのぅ……」

「番組自体はもう始まっちゃっていますので、お便りに行きますね」

「おう……」

「えー、ラジオネーム『老兵』さん」

「……ワシのことか?」

「あはは……いくつか来ているお便りを無作為に取ったらこれでした」

「まぁよい……読み上げてくれ……」

「はい。『いつも楽しく拝聴させていただいています。今年、孫が生まれました』」

「そうか……めでたいのぅ……」

「祝福しているのはわかりますが祝福しているように聞こえませんね」

「ワシのことはいい……先に行ってくれ……」

「映画のワンシーンのような台詞ですね。ですが放送中なのでここは遠慮なくそうしますね。えー、『おじいちゃんになった私ももう少しで定年退職となります。思えば長い社会人生活の中で色々ありました。失敗をして取引先に頭を下げたことや、仲間のしでかしたミスを同僚と総動員でフォローしたあの日がまるで昨日のことのように思えます』」

「つらくとも過ぎれば良い思い出……良い人生を歩んだようで何よりじゃ……」

「『定年退職が迫ってくる中、今まで私がしていた仕事を少しずつ後輩に引き継ぎをしています。自分の仕事が手元から少しずつなくなっていく喪失感に時々寂しい思いを感じてしまいます。まだまだ心は元気なのですが、最近は身体の方に無理が利かなくなってきているようにも感じます。自分はまだ出来ると重いながらもどこか無理が利かない身体に不安を感じています。これが世代交代というものなのでしょうか』だ、そうです」

「それが世代交代じゃ……受け入れよ……」

「……えー、以上ですか?」

「知らぬうちに身体というものは老いていくものじゃからのぅ……」

「そうですね。今、目の前でしっかりその瞬間を見ています」

「ワシも認めたくはない……しかし寄る年波には勝てぬよ……」

「老い、ですか。大天狗様、去年の忘年会の後とは大違いですもんね」

「そんなに違うか?」

「はい。去年も土日ぶっ続けで酔いつぶれるまで飲み明かしていましたよ」

「そうだったかのぅ……」

「翌日はつらそうにしていましたが、二日後にはいつも通りの状態でした」

「そうなると……やはり老いか……」

「一年でこんなに変わるとは思いませんでしたが、老いかもしれませんね」

「はっきり言うな……」

「『老兵』さんも仕事で身体に無理が利かないと思ったときは同じ気持ちかもしれませんよ」

「そうか……いきなりわかってしまうのかもしれぬな……」

「事実を実感としていきなり自覚してしまう。それが老いなのかもしれませんね」

「しかしそうなると……ワシもいずれこの席を譲らねばならぬ日が来るのか……」

「天狗とは多くの神様や妖怪の一つの集合体としての呼称の意味もありますからね」

「世代交代か……肩の荷が下りるのはいいが……確かに寂しいのぅ……」

「固有名詞で知られている神様とは少々存在が違いますからね」

「『老兵』よ……ワシも老いたわ……お前の寂しさがわかるぞ……」

「あはは……もう女遊びも出来ませんね。先にスタミナ切れになってしまうますから」

「くっ……それは深刻な問題じゃ……」

「『老兵』さんと一緒で心はまだまだ元気ですね。一緒にするのは失礼ですが……」

「うー……頭が痛む……」

「大天狗様、そもそも土日でいったいどれだけお酒を飲んだんですか?」

「うーむ……酒樽を……」

「酒樽? 単位が樽?」

「五つ空にしたところまでは憶えているのじゃが……」

「人間だったらそんなに飲むと死んでしまいますよ!」

「大声を出すな……」

「あっ、すみません」

「全国で酒樽が奉納されるのでのぅ……つい飲んでしまうのじゃ……」

「飲み過ぎですよ。二日どころか一ヶ月くらいその状態でもおかしくない量ですよ」

「そうなのか?」

「そうですよ」

「昔はこれくらい飲んでも大丈夫だったと思うのじゃが……」

「どれだけお酒に強かったんですか……」

「これからは飲み過ぎぬように自粛するかのぅ……」

「そうしてください。人間目線はあてにはならないとは思いますが、健康のためです」

「迎え酒も減らさねばのぅ……」

「……は?」

「ん? どうかしたのか?」

「いえ、迎え酒……飲んだんですか?」

「昨日飲んだぞ」

「どれだけ飲んだんですか?」

「酒樽二つくらいじゃったかのぅ……」

「……えー、大天狗様」

「なんじゃ?」

「今日の大天狗様はごく普通の二日酔いです!」

「こ、こら……大声を出すな……」

「飲み過ぎなんですよ! しかも迎え酒も飲みすぎです!」

「あ、頭が……」

「第一単位が樽っておかしいでしょ! 酒樽一つ四斗ですよ! 四十升ですよ!」

「わ、わかった……」

「それを丸々五つ以上空にして、さらに迎え酒で二つ空にしたって異常ですよ!」

「た、頼むから……声を小さく……」

「頭おかしいんですか? 少しは反省してください!」

「わ、ワシが悪かった……だから……小声で頼む……」

「もう、これからは飲み過ぎに気をつけてください。いいですか?」

「う、うむ……気をつける……」

「まったく……っと、『老兵』さんが放置状態になってしまいました」

「『老兵』も……飲み過ぎか?」

「あちらは至って普通に仕事の話ですよ。大天狗様と一緒にしないでください」

「そ、そうか……」

「ですが世代交代は人間の世にはつきものです。何か良いアドバイスはありますか?」

「そうじゃな……『老兵』よ……潔く退くのも大事じゃ……」

「潔く退く、ですか?」

「うむ……先達の者として退き際の見本にもなるのじゃ……」

「退き際の見本ですか。それは考えたことがありませんでした」

「後輩が羨み参考にしたいと思えるくらい潔く退くのじゃ……」

「世代交代はただ後輩に居場所を奪われるだけじゃない、ということですね」

「最後まで先達の者としての役目を果たすのは難しいからのぅ……」

「ですがそれができればすごいですね。『老兵』さんにも頑張って欲しいですね」

「うむ……『老兵』よ……去り際まで立派であれ……」

「私たちは『老兵』さんを応援しています。『老兵』さん、ありがとうございました」

「立派に勤めを果たした暁には……一杯やろうではないか」

「またお酒ですか。いい加減懲りてください」

「迎え酒を迎える酒はなんと呼ぶのじゃろうのぅ……送り迎え……送り酒か?」

「知りませんよ。それより番組はまだまだ続きますからね。まだ帰しませんから」

「ならせめて酒を一杯……」

「いい加減にしてください!」

「うおぉ……頭が……」

「では次のお便りです!」

「頭が……」

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