夢か現か幻か

落雑

信号待ち

それは特に特徴のない交差点だった。田舎にしては少し大きい十字路で、信号があり、横断歩道があり、日中の車の往来はそこそこあるけれども、人通りはさして多くない。

高校からの帰り道、私は自転車を漕いでいた。そしていつものように横断歩道の少し前で止まった。普段信号待ちをしているのはいないか、いても数人くらいのものだったが、今日は隣に並んでいる少女がいた。近くのどの高校とも違うようで同じような制服をきて、どこかで見たことがあるようなないような靴を履いていた。肩まで伸びた中途半端な長さの黒髪をそのままに下ろして、やや色素の薄い目をまっすぐに前へ向けていた。

少女は、じっと待っていた。信号でもないどこかをぼうっと見つめて、待っていた。

横から観察してしまったこともあり、なんとなく間が悪く感じたので、私はじりじりと後ろに下がる。そんな私を抜かして、自転車が、風が、通り抜けた。

一瞬動揺するが、何のことはない、信号はとうに青だったのだ。自分がぼうっとして、認識がぼやけていただけで。だが、少女は?少女は何を待っているのだろう。はっきりと認識したはずの信号機がまたぼやけて、少女が見つめる先もぼやけている。ただ地面と、少女の靴だけがはっきりと見えていた。

私はもう少しだけ後ろに下がって、そして、スマートフォンのカメラを構えた。

カシャリ。

作り物のシャッター音が鳴ると、全てがぼやけた。ぼんやりした頭で撮った写真を確認すると、いつもの交差点が、くっきりと写っている。そこに少女の姿は無かった。少女のいたはずのアスファルトの地面には、何もなかった。私は息を吐きながら顔を上げる。

少女はどこにもいなかった。それなりに開けたところで、隠れるところもないはずだ。走っていける範囲の場所はおよそここから見えるはず。少女はいない。

もう一度、ゆっくりと息を吐く。少女は初めからいなかったのかもしれない、それが普通の考え方だ。しかし私にはそうは思えなかった。

私は、間違えたのだ。


信号が変わって赤になる。アスファルトは黒々としていて、反対側の横断歩道を人が一人歩いている。車が忙しなく動いている。いつもどおりの、無個性な交差点。信号待ちをしながら、こちらがある意味正解で、正解したらある意味間違いだったのかもしれない、と思った。そうすればすとんと気持ちがはまった。

私は間違えたのだ。間違える覚悟がなかったから。

私の記憶では、少女の顔も姿も、あんなにはっきりとしていた靴も何もかもが、既にぼやけている。この信号が青になって、歩き出してしまえば、きっと全て忘れるのだろう。

少女はそういう存在で、そして何より、私がそういう人間だから。

もう一度撮った写真を見ると、黒々としたアスファルトが、妙に心をざわつかせた。例えば忘れた頃にじんわりと少女の靴が浮かび上がったとして、私は間違えたし、その間違えた世界で死ぬまで生きるのだろう。

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