第385話 コタロウがシシトを殺せない

 セラフィンの挑発を混ぜた質問に、コタロウは即答する。


「121回だ。俺のMP、SP、その他諸々を含めて、だいたい俺の体力の半分は使っている」


「つまり、殺せてあと100から150程度……さてさて、一万の命が増えたシシトを、倒せる事ができますか?」


 ニヤニヤと、セラフィンは楽しそうに言う。


「……嘘つけ」


「おや? 一万の命が増えたことを信じない。それは現実逃避でしょう。あの巨大な美少女(笑)を吸収したのを、コタロウも見たはずですよ」


「そうじゃない。あのシシトの命が一万増えたって言葉だ。下手なミスリードはやめろ。アイツは、一万以上……おそらく、100万以上の命を内包しているはずだ」


「ほう、気づいていましたか。スゴいスゴい」


 パチパチとセラフィンが手を叩く。


 特に驚きもなく、楽しげに。


(……100万以上は確定か。あの余裕は)


 シシトは、シンジがただ殺されることを選んでしまうような相手だ。


 本人の強さが大したことはない以上、強さ以外に殺せない理由があるのだろう。


(今、世界の人口は半分以上減っている。仮に、その一割をセラフィンが回収していたら……3億以上の命を保有していることになる)


 その3億の命を全てシシトに使っていることはないだろう。


 だが、その半分でもシシトに使っていた場合、シシトの命は一億を超えることになる。


(一億以上の命。一億回以上のシシトの殺害。なるほど、これならシンジが諦めてしまう理由も分かる。とてもじゃないか、殺せる回数じゃない。正直な所、俺でも無理だ)


 ただ、一億回殺すだけではない。


 相手は一応、レベルをカンストしている化け物なのだ。


 そんな相手を殺すために必要は労力は、通常の人間を殺す100倍以上はある。


「ああ、百合野さん……届いたよ、君の愛。僕たちは、一つになった!!!」


 雄々しく、シシトが雄叫びを上げる。


 全身がいきり立ち、興奮しているシシトは、血走った目でコタロウを睨み付けた。


「これで、倒せるよ。明星真司を、最悪の魔王を、その仲間を……全員」

 

 正直な所、仮にシシトの体に内包されている命が一億だとすると、今シシトが取り込んだ命はその一万分の一でしかない。


 なので、そこまでパワーアップしているわけはないだろう。


「……常時プラシーボみたいなヤツだから、関係ないか」


「あはは、面白いことを言いますね。今のは上手いですよ」


 ケタケタとセラフィンがコタロウの横で笑う。


 今のセラフィンは見た目だけは女神のような姿なのだが、そんなセラフィンにシシトは一切反応しない。


 おそらく、見えていないのだろう。


「私の姿を見るとすぐに取り込もうとしますからね。何人の私がシシトの犠牲になったことか……」


 およよとセラフィンが泣いてみせるが、おそらくはわざと吸収させたのだろう。


 そうやって、シシトの命を増やしたのだ。


「皆の、愛が、僕を強くする! 皆の絆が! 僕に勇気を与えてくれる! つながる力が!! 僕の勇気になる! 世界の平和を! 皆が愛することが出来る世界を! 誰も傷つかない世界を!! 僕は必ず手に入れる!!」


 何度同じようなこというのだろうか。


 聞き飽きた言葉を前に、コタロウはとりあえずシシトの顔を殴る。


「グベェエエエ!?」


 もちろん、ただ殴っただけでは、シシトは死なない。


 だが、それでも良かった。


「……一度スッキリしてみるか」


 ひたすらに、気の済むまで、コタロウはシシトを殴る事にした。


 15分ほど、シシトを殴り続けて、コタロウは一息つく。


 手についた返り血は、丁寧に拭った。


 汚いからだ。


「さてと、やっぱり、これだけ殴り続けても、殺せた回数はたったの7回。手間の割には労力として見合わない」


「ひょくはぁあ……ひゃけにゃいぃ……えひゃいにぃ……へはいひょ……ひゃひゃひゅゆやぁ……」


「何を言っているのかわかりませんね」


 ボロボロになっているシシトを見て、セラフィンが笑う。


「余裕だな」


「余裕でしょう。まだまだ、シシトの命は沢山ありますから」


 ぐちゃぐちゃと音を立てながら、シシトの体が復活する。


「あと何回殺せますか? 技能も使わないで、ただ素手で殴る。効率は悪かったでしょう?」


 セラフィンの言うことは、もっともだった。


「世界を作り出すことさえ出来る、貴方の技能でもシシトは殺せない。いい加減、諦めたらどうですか? 諦めて……明星真司に任せましょう」


 コタロウの耳元で、セラフィンは囁く。


「殴った時間も含めて、約一時間。貴方がシシトを殺すために使用した時間で、明星真司も体勢を整えています。きっと、シシトを殺す算段も用意出来ているはずです。だから、諦めて、放り出して……」


 セラフィンの体が弾けて消える。


「明星真司に頼るのです。私を一瞬で殺せても、シシトを殺すのには時間がかかる。大変でしょう?」


 すぐに別のセラフィンが現れて、笑う。

 自分が瞬殺された事を。


 シシトを殺すのに時間がかかることを。


「……そうだな、諦めるか」


「……あら? 素直ですね」


「ああ、俺が駕篭獅子斗を殺すことは、諦めた」


 殴られて、原型を失っていたシシトの体が元に戻った。


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