第376話 目が違う



(……シシト……!)


 だが、ロナに銃弾は飛んでこなかった。


 そのことに、安堵して……しかし、すぐに思い直した。


「弾が……出ない。なんで、なんで……」


 シシトは、引き金を思い切り握りしめていた。


 なのに、銃弾が発射されていない。


 おそらく、弾切れになっていて、撃てないだけなのだろう。


 シシトは、ロナを攻撃出来ていないだけなのだ。


 シシトが今持っている銃が、ロナが作った『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』と同様の能力を持っているのなら、弾は無尽蔵に作り出せる。


 だが、無限に撃てる訳では無い。


 弾を打つには本人の精神力とスタミナ……ステータス的に言うなら、MPとSPを消費するのだ。


 ここまで、シシトは数千発はユイとコトリに向けて銃弾を発射したのだ。


 レベルがカンストしているシシトといえども、消耗はすさまじいモノだっただろう。


 一度休まないと、銃弾は撃てないはずだ。


(……今のうちに、なんとか落ち着いてもらわないと……シシトは、混乱しているだろうから)


 落ち着けば、攻撃してくることもないはずだ。

 なぜなら、シシトはロナを愛している。

 ロナも、シシトを愛している。

 2人の間には、確かに強い『絆』があるのだ。


(……大丈夫。私達は、負けない。こんな事で私達の愛は壊されない)


 そう思って、ロナはシシトに語りかける。


「シシト、落ち着いて、一度銃を下ろして、話し合いましょう? ね? 落ち着いて、深呼吸して……」


「……落ち着く……深呼吸?」


 シシトは、ロナの言葉を飲み込むように反芻して、目を閉じ、深く息を吐き、吸い込む。


「……すぅー……はぁー……ふぅ」


 そして、シシトは、ゆっくりと目を開いた。


「……ありがとう、ロナ」


(……よかった。これで……)


 ロナは、シシトの目を見る。


 恐怖を感じない、いつもの優しい目だ。


 正義を宿した、心が安らぐ目だ。


 この目なら、大丈夫。


 ロナが安堵して、胸をなで下ろした時だ。


 銃の様子を確認したシシトは、そのまま、流れるようにロナに銃口を向けた。


(え?)


「これで……撃てるよ」


 シシトが、引き金を握りしめる。


 すると、無数の銃弾が発射された。


 その弾の一発一発が、なぜか、ロナにははっきりと見えた。

 

 ヤクマの薬による身体能力と脳の情報処理能力の向上によって起きた現象だ。


 セラフィンが、しっかりと、ゆっくりと自身に起きた事態を認識した方が面白いだろうと気をきかせた事により組み込まれ、強化された効能である。


 もちろん、そんなことをロアは知らないが、彼女はゆっくりと進む自身の時の中で、自分がするべきことを行った。


(……守らないと)


 銃弾の軌道から、その弾がどこに当たるのか何となくわかったロナは、大切な物を守るためにお腹に手を当てた。


 白い生き物の前に、手で壁を作った。


 この白い生き物は、愛の結晶だから。


 姿形が変わっても、ロナと、ロナが愛した人……シシトとの愛の形なのだから。


 『絆』だから。


 だから、守る。


 守らなくてはいけない。


 もはや、思考よりも本能的な行動ではあったのだが……

 

 出来なかった。


 シシトが放った銃弾は、容易にロナの手を破壊していく。


(ダメ……ダメ……ダメ……!)


 どんなに願っても、銃弾は止まらない。


 破壊されたロナの手の隙間から、銃弾が白い生き物に襲いかかる。


 その光景を、ロナはゆっくりと、じっくりと目に焼き付けた。


 ロナとシシトの子供に、銃弾が当たる。


 シシトが放った銃弾だ。


 銃弾は、一撃で白い生き物の頭蓋を破壊した。


 無数にある目玉と一緒に、脳髄が散らばる。


 ロナは、すぐに察した。


 奪われた、と。

 

 失われた、と。


 大切な命が。


 ロナとシシトの、『絆』が。


 愛の集大成が死んでしまった。


(あ……あああ……ああああああ……ダメ、だった。ダメ……なんで……シシト……)


 ロナは、再びシシトの目を見る。


 変わらずに、恐怖を感じない優しい目だった。


 自分の子供を殺したのに。


 ロナの子供を、殺したのに。


 まったく怖くない目だ。


 安堵さえ、感じてしまう目だ。


 正義に満ちあふれた、シシトの目だ。

 

(ああ、そうか。違うんだ……あの目は、違う)


 シシトの涙にあふれている目を見て、ロナはようやく気がついた。


 あの目は、優しい目では無い。


(弱い……んだ。シシトの目は弱い目……だから、恐怖を感じない。自然と安堵してしまう。だって、弱いから)


 弱いから、本能的に守りたいと思う女子が寄ってくる。


 強い女性が寄ってくる。


 弱いから信頼されてしまうし、弱いからモテる。


 それが、駕篭獅子斗。

 

 弱いから、正義感を持ち、正義に酔ってしまう。


 弱いから、悪を許せないと怒り、悪者を探しては攻撃する。


 それが、駕篭獅子斗。


 彼は、自分の子供をあっさりと殺してしまうほどに、弱すぎるのだ。

 

(……シシトの目が、弱いなら?)


 ロナは、なんとなく気になって……今際の際に気にするような事では無いのかもしれないが、気になって、視線を動かした。


 その視線の先は、ロナが大嫌いな少年。


 明星真司に向けられた。


 彼の目を改めて見て、ロナは理解した。


(ああ……なるほど、怖いわけだ。メイセイジンジ。彼の目は、強すぎる)


 シンジは、ロナのことをじっと見ていたが……その目には、シシトのように涙は一切流れていない。


 しかし、しっかりと感じ取ることが出来る。


 憐憫、哀悼の意。


 そんな想いを持ちながら、シンジはまっすぐにロナを見ていた。


 ロナは見たことがないが、おそらく『神様』という存在がいるのならば、きっと彼のような目で人の死を見送るのだろう。


 そう思ってしまうような、深い強さを感じる目。


 彼は決して、ロナのことを敵だとは認識しないだろう。


 敵対するには、強すぎる


 敵対するには、弱すぎる。


(……そういえば)


 ロナは、思い出す。


 半蔵が、死の間際に言った言葉を。


(メイセイシンジは敵ではない。駕篭獅子斗は敵。半蔵の言うとおりだ。メイセイシンジは敵なんかじゃなかった。シシトは……敵になってしまった)


 認めたくはないが、認めなくてはいけない。


(……なら、あの言葉は)


 ロナは、もう一つの半蔵の言葉を思い出した。


『明星真司に、助けを求めてください』


(……この状況で、助けてくれるのだろうか?)


 半蔵の遺言に、ロナはようやく従うことにした。


 シンジの目を見ても怯えずに、ただ彼に向けて手を伸ばす。


「たすけぅるぶ……!?」


 そして、口を開いた瞬間。


 シシトが放った銃弾が、ロナの全身をズタズタに破壊した。

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