第375話 わかっているが、わからない


「ユイ……ユイ……」


「ひ……ひぃいい……」


 あまりの惨状に、コトリが恐怖で悲鳴をあげた。


 その声を聞いて、シシトはコトリに目を向ける。


「そんな……コトリ……コトリも……」


 目を向けるとほとんど同時に、銃口も向けた。


 コトリも、ユイと同じように、姿が変わってしまっている。


 しかし、面影は残っているのだ。


 一目で、コトリだと気づけるくらいに。


「まっ!? ひぃい!」


 そんなコトリを、シシトは迷わず銃撃する。


 きびすを返して逃げだそうとしたコトリの背中が、シシトの銃弾で一瞬のうちに無くなった。


 コトリのお腹にいた、生き物ごと。


「たすけ……とこは……」


 コトリの今際の声も、銃撃の音で消えていく。


「アアア!!アァァアアアア!!!ウァアアアアア!!!!」


 ただ、シシトの声だけはなぜかよく聞こえた。


 悲痛な、叫び声。


 十分に、大量に、叫びながらコトリに向かってシシトは銃弾を浴びせた。


 ユイと同様に、コトリも原型が完全に無くなった頃にシシトは銃を撃つのをやめた。


 ここまで、数分の出来事だっただろう。


 あっという間に、死体が出来た。


 ロナと、シシトの、友人達の死体だ。


「な……これ……」


 バクバクと心臓の音がうるさいとロナは思った。


 嫌な予感が、いつまでも消えない。


(大丈夫……私は、飲んでいない。ユイや、コトリと違って、セラフィンの薬を飲んでいない。ヤクマの薬を飲んでいない。だから、私は……)


 ゆっくりと、シシトがロナの方を向く。


(大丈……)


「ロナ……まで、なのか? なんで、なんで……」


 シシトが、銃口をロナに向けた。


「違う! 私は……!」


 反射的にロナは手を振って、否定した。


 自分は、セラフィンの薬を飲んでいないのだから、化け物では無い、と。


 両手を振って。


「……手?」


 ロナは、自分の手を見た。


 生えている。


 白い鱗に覆われた手が、両側に。


 そういえば、ロナはいつの間にか痛みを感じていなかった。


 半蔵に切り落とされた両手の痛み。


 いつから痛くなかったのだろうか。




 わからない。



 

 目も、口も、開いたままのような気がする……違和感が、あるような気がする。


 いつからだろうか。




 わからない。


「ぐふっ」


「ピィイイイイイイ……」


 吐血した。


 お腹から、生き物が飛び出てきた。


 白い生き物。


 ユイやコトリのお腹から出てきた生き物と似ている。


 いつから、この生き物はお腹の中にいたのだろう。




 それは、わかっているが、わからない。





 この生き物は……白い生き物ではないはずなのだ。


 いつ、姿が変わったのだろう。





 わからない。




 ただ、確定している出来事がある。


 ロナは、飲んだのだ。


 ヤクマの薬を、ユイたちと同様に。


(なんで、飲み物には……いや、食べ物もすべて気をつかってきた。虹色の液体なんて、絶対に口にしていないはずなのに……)


 ロナは、答えを求めて空に浮いているセラフィンを見る。


 セラフィンは、手に虹色の液体が入った瓶を持っていた。


 以前、ロナに飲むように言ってきた薬だ。


 セラフィンは、面白そうにその薬を振る。


 すると、虹色の液体だったモノが、無色透明に変わった。


 それを見て、ロナはすべてを察する。


(色を……変えられた? しかも、無色透明……味や匂いも無いのなら、そんなもの、混入を防ぐのは不可能。いや、あの見た目なら、普通のボトルに入っているだけで飲んでしまう……)


 ロナの思考をなぞるようにセラフィンは瓶の見た目を変える。


 ロナがよく飲んでいた、飲料水が入っているペットボトルのデザインに。


 セラフィンが、口を動かす。


 声は聞こえないが、何を伝えたいのかはっきりと解った。


『まぬけ』


 ゲラゲラと、セラフィンは笑っている。


「ロナ……ロナ……なんで、君まで……違うよな……君は、違うよなぁ……」


 セラフィンに怒りを覚えるよりも前に、悲痛なシシトの声が聞こえて、ロナは視線を戻す。


 シシトは、銃口をロナに向けたまま、泣いていた。


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