第374話 ロナ・R・モンマスが叫んだ

 ロナ・R・モンマスは、叫んでいた。


「半蔵! 半蔵!!」


 幼いときからずっと一緒だった門街 半蔵(かどまち はんぞう)が、死んだからだ。


 銃口を口にくわえ、足の指で引き金を引いて、頭を撃って自殺した。


 自殺の理由は、ロナを傷つけてしまったから。


 ロナの腕を切り落としたから。


 なぜ、半蔵がそのようなことをしたのかロナにはわからない。


 ただ、半蔵が死んでしまったことは確かだ。


 ロナは、頭部が無くなった半蔵の死体に、叫び続ける。


 己の腕の痛みも忘れて。

 

 叫んだところで、半蔵が帰ってくるわけではないのだが。


 そして、どれだけ泣き叫んだのかわからなくなるほどに時間が経過したとき、ロナの前に扉が現れた。


「……なに、これ」


 光り輝く扉。


 豪華な作りの扉を見て、ロナは思った。


(……怖い)


 そもそも、急に扉が現れたこと自体、怪しい現象ではある。


 幻覚では無いか、と思った瞬間、ロナはマドカを探したが、いつのまにか姿を消していた。


 どこに行ったのだろうか。


 訝しんでいると、豪華な扉がロナに近づいてきた。


「なに?」


 ふわふわと飛んできているのでは無い。


 目を離したすきに、瞬きをしている間に、扉はロナに近づいている。


 それが、恐ろしかった。


 ロナの目の前まで扉が近づくと、扉は急に開いた。


 誘いだしている。


 その先には、行かない方がいいとロナは本能で察した。


「い……や……!」


 ロナは下がって逃げようとするが、ツタが全身を絡め取っていて動けない。


 なす術もなく、ロナは扉の先に飲み込まれる。


 そして、扉の外に出ると、荒野が広がっていた。


 何も無い、殺風景な光景。


 一人の少年が立っていた。


 彼を見た瞬間、ロナに嫌悪感と怒りが湧いてくる。


 彼の名前は、明星 真司(めいせい しんじ)。


 うさんくさい予言士とかいうおっさんの息子であり、ロナが通う高校の先輩だ。


 学校中の、主に女子生徒に嫌われており、特に生徒会長である貝間 真央に、蛇蝎のごとく……いや、何よりも嫌われていた。


 そんなシンジのことを、ロナも嫌いだった。


 他の女子がなぜシンジを嫌っているのかよくわからないが、ロナが嫌っている理由はいくつかある


 一つ目は、予言、などという馬鹿げた思想を他者に伝え、金銭を得ている。


 そんな男の息子であるということ。


 これで、彼が自分の父親のしていることに反発を覚えているようなそぶりがあれば話は違ったが、調べたところ、彼はその恩恵を享受しているようだった。


 一般的にいえばかなり高級なマンションに住み、何食わぬ顔で暮らしている。

 

 許されることではない。


 二つ目は、彼の目だ。


 シンジの父親であるツカサと、ロナは会ったことある。


 彼は、恐ろしい目をしていた。


 すべてを見下すような、冷たい目。


 その目を、シンジも持っていた。


 普段は、ぼーっと眠っているような顔をしているが、時折、目を冷たくするときがある。


 例えば、シンジを調べていたロナの部下が、その存在に気づかれたとき、などだ。


 その部下が撮った写真を見たときに、ロナは恐怖で震えていた。


 冷たい目など、ロナの立場ならばいくつも見てきたはずなのに、同じようなシンジの目の何が怖かったのか、今でもロナはわからない。


 それが、何よりも恐ろしかった。


三つ目は、シンジとロナは、一度結婚させられそうになっていたことだ。


 ロナの父親であるバトラズに何を吹き込んだのかわからないが、そのようなおぞましい計画が本当に進められていたのだ。


 だから、シンジの身辺調査などもしていたのだが、どんな情報も、シンジとの結婚を止める要素にはなりそうにもなかった。


 なぜなら、ロナが入手した情報……例えば、いじめられていても、何食わぬ顔で生活している豪胆さ。


 高級なマンションで生活している様子。


 そして、父親譲りの冷たい目。


 そのどれもが、バトラズがシンジとロナを結婚させようとした要因だと、ロナ自身が察したからである。


 いじめに屈しない豪胆さは、武器を作っているロナの会社を将来引き継ぐと考えれば、必要な要素だろう。


 高級なマンションで生活していることも、ロナの家の格式を考えれば、ある程度は必要だ。


 冷たい目は……これこそが、バトラズがシンジを求めている理由そのものだ。


 彼は、シンジの父親、ツカサに傾倒しているのだから。


 しかし、ロナはシンジと結婚するなど、絶対に嫌だった。


 彼自身に嫌悪感を持っていることもそうだが、何より、結婚するならば、自分が好きになった人としたい。


 そんな真っ当な乙女心くらい、ロナだって持っていたのだ。


 そんなときだ。


 ロナは一人の少年に出会った。


 駕篭獅子斗。


 彼を一目見たときから、ロナは彼の事が気になっていた。


 優しそうな目を、していたからだ。


 見ているだけでほっと一息つけるような、そんな目をシシトは持っていた。


 シンジとは、真逆の目。


 シシトの目を見ても、恐怖は一切感じなかった。


 そして、その目は時にとても力強くなるのだ。


 それは、正義のために戦っている時。


 ロナが、学校中の草木を除草剤で枯らそうとしたとき、シシトは体を張って彼女を止めようとしたことがある。


 ロナが用意した巨大な機械に、涙を流しながらも立ち向かってきた姿に、ロナはときめいたのだ


 だから、ロナはシシトを彼氏にした。


 偽物という建前を用意し、条件を飲ませて。


 結果、恋人ができたとバトラズに報告することで、ロナはシンジとの結婚を回避できた。


 しかし、シンジに対する嫌悪感がロナから消えたわけではない。


 目に入ると、睨み付けてしまうのはしょうがないだろう。


 だが、思考を放棄したわけではない。


「……なんで、ここに……?」


 ロナが、シンジに質問しようとしたときだ。


「……皆!」


 後ろから、声が聞こえた。


 その声を聞いて、ロナはすぐに声の主を特定する。


(シシト!?)


 だからこそ、ロナはシンジから完全に目を離さないように、慎重に後方を確認した。


 そこには、シシトが白い銃を持って立っていた。


 なぜか、泣いている。


(……戦っていた? メイセイ シンジと? なんで、こんな場所に……)


「え、シシト?」


 ロナが事態の把握に努めようとしている間に、岡野ユイがシシトに抱きついていく。


 感動の再会、という場面だ。


 恋する乙女、として考えるならばユイの反応が正常だろう。


 しかし、ロナはユイのようにシシトの元へ向かうことは出来なかった。


(……怖い)


 嫌な予感が、ビリビリと走っているのだ。


 予言をロナは信じない。


 正確に言えば、他者からの予言など受け付けないだけで、自分の直感には素直だった。


 だから、ロナは情報を集めることにした。


 周囲をぐるぐると見回す。


(……広い荒野。人は、メイセイシンジに、コトリ、ユイ、シシト)


 情報を集めて、思考する。


(なんで、こんなに怖いの? メイセイシンジがいるから? いや、それは違う気がする。さっきから動く気配が無い。怖いのは……シシト?)


 感じている恐怖の元を探ろうとして、ロナはシシトに目が止まる。


 シシトは今、ユイに幸せそうに抱きついている。


 その姿に、恐怖を覚える要因があるとは思えない。


(でも、なんであっちの方から……何か、いる?)


 ロナは、何となく気になってシシトの頭上を見上げた。


 20メートルほどの高さの位置に、白い何かが浮いている。


「セラ……フィン?」


 羽を生やした白いハムスターのような生き物、セラフィンがそこにいた。


 シシトを勇者だと持ち上げていた、謎の生き物。


 見た目は、幼児向けアニメのマスコットキャラクターのような、可愛らしい生き物。


 その生き物は、笑っていた。


 口角を上げ、醜悪に。


(……まさか!?)


 そのセラフィンの笑顔を見た瞬間、ロナは状況を把握した。


「ぐふっ!?」


 慌てて視線をユイとシシトに戻すと、ユイがシシトから離れて、激しく咳き込んでいる。


「ぐ……がはっ!?」


「大丈夫か、ユイ!?」


「大丈夫……」


 笑顔で答えながら、急にユイは吐血した。


「ユイ!?」


「ピィイイイイイイャァアアア……!!」


 同時に、ユイのお腹から声が上がった。


 奇妙な、不快感を覚える声。


「あ……れ? 何、これ?」


 ユイが不思議そうに自分のお腹を見ている。


 ロナも、目を見開いて、ユイのお腹を見ていた。


(なに、あの……生き物)


 ユイのお腹にいたのは、白い鱗に覆われた、形容しがたい生き物だった。


(あれは……ヤクマの……?)


 しかし、どこか見覚えのある生き物である。


 どこで見たかといえば、つい先ほどまで追われていた、ヤクマが生み出した化け物達に、ユイのお腹から出てきた生き物はよく似ていた。


「……飲んだんだ」


 ユイのお腹から出てきた生き物が、ヤクマの作り出した化け物に似ている。


 その思考から、瞬時にロナは理解した。


 以前、セラフィンがロナに飲ませようとしていた虹色の液体。


 セラフィンは『栄養剤』といっていた、見た目通りの怪しげな薬。


 その薬は、誰が作ったのだろう。


 おそらくは、いや、確実に怪しげな薬の生みの親はヤクマだ。

 

 その虹色の薬を、ロナはセラフィンを警戒して飲まなかったが、ユイは飲んだのだろう。


 彼女は、セラフィンを怪しんでいる様子がなかったから。


「うっ!? は……あぁ?」


 そうしてロナが思考している間に、次はコトリが吐血した。


(コトリもっ!?)


「ピィイイイイイイャァアアア……!!」


 コトリのお腹を突き破って、白い生き物が現れる。


「私……も?」


 コトリは驚愕しながら、お腹から現れた白い生き物を見ている。


(……コトリの姿自体が、変わっている?)


 そんなコトリの様子を観察しながら、ロナはコトリ自身の姿が変わっていることに気がついた。


 メキメキと音を立てて、骨格からコトリは変化している。


 おそらくは、お腹から出てきた白い生き物と同じような姿になるのだろう。


 肌には鱗が生え、爪は伸び、口が裂けている。


「な……んて、ことを!」


 ロナはシシトの頭上を見上げて、そこにいるセラフィンを睨み付ける。


 セラフィンは、腹を抱えて笑っていた。


 悪戯が成功した子供のような反応。


 そんな生ぬるい事態では、決して無いのに。


 ロナの視線に気がついたセラフィンは、軽く彼女の手を振ると、下を指さした。


 声は聞こえないが、その仕草はこう言っている。


『下に面白いモノがあるよ』と。


 ロナは、訝しみながらセラフィンが指さす方を……シシト達に目を向ける。


「うわぁああああああああああ!?」


 すると、シシトが、叫びながらユイに銃を向けていた。


 白い鱗が全身に生え、姿が変わってしまったユイに。


「ま……って、シシ……」


 ユイの制止の声も聞かずに、シシトは引き金を握りしめる。


 大量に発射された銃弾は、ユイの腹部に命中し、瞬く間に彼女の体を両断した。


「……キョウ……タ」


 まだ、ユイの上半身が空中に浮かんでいる。


 その上半身に向けて、シシトは銃弾を浴びせていく。


「あああああ! うああああああああああ! うわぁあああああああああああああああああああああ…………!」


 シシトの叫びが聞こえなくなり、銃撃が止んだ頃には、ユイの肉体は、上半身も下半身も、すべて肉片に変わっていた。


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