第377話 シシトが泣いた

 泣いた。


 叫んだ。


 掻き毟った。

 

 幼なじみが、クラスメイトが、恋人が、死んでしまった。


 だから、駕篭獅子斗は、泣いて、叫んで、掻き毟った。


 涙はどこまでも流れ、叫び声は自身の耳を痛めつけるほどに響き、体中の皮膚は傷だらけになった。


 それでも、変わらない。


 彼女たちが死んでしまった事は変わらない。


 なんで死んでしまったのだろう。


 どうして、彼女たちが死ななくてはいけなかったのだろう。



 岡野ユイは、シシトにとって家族だった。


 妹のようであり、姉のようであり、いつもそばにいることが当たり前の存在だった。


 なのに、死んでしまった。



 引間小鳥は、シシトにとって大切なクラスメイトだった。


 引きこもりだった彼女と交友を深め、ちゃんと学校に通えるようにしたことは、とても嬉しかった。


 なのに、死んでしまった。



 ロナ・R・モンマスは、シシトにとって恋人だった。


 はじめてのデートも、はじめてのキスも……すべて、ロナだった。


 たくさんケンカもしたけど、たくさん仲直りもした、とても大切な人。


 なのに、死んでしまった。



 涙が流れる。


 彼女たちの思い出と共に。


 叫び声をあげる。


 彼女たちの愛と共に。


 皮膚を掻き毟る。


 怒りと共に。


 死んでしまった理由は何だろう。


 どうして死んでしまったのだろう。


 彼女たちは、何も悪いことはしていないのだ。


 シシトと一緒に、正義のために頑張っていたはずなのだ。


 ならば、愛と平和で満たされた、優しい人生を送るべきではなかったのか。


 なのに、それなのに。


 なぜ、死ななくてはいけなかったのか。


 いや、殺されなくてはいけなかったのか。


 理由はないはずだ。


 彼女たちは、生きるべき存在だったのだから。


 シシトと共に、穏やかに。


 なのに、殺された。


 殺される理由もないのに殺された。


 なぜか。


 それは、殺した者がいたからだ。


 ユイを、コトリを、ロナを。


 殺した者がいたのだ。


 彼女たちのような善人を、特に理由もなく、ただ殺す者。


 世界中の、すべての不幸の元凶。


 最悪の殺人鬼。


 極悪非道の大魔王。


 人類の敵。


 正義と愛と、平和と絆を否定する、外道。


 女子供さえも殺す悪鬼羅刹。





 メイセイシンジ。


 メイセイシンジが、殺したのだ。


 ユイを、コトリを、ロナを。


 シシトの愛と絆を、殺したのだ。




「ウァアアアアアアアアアアアアアアアアア! 許さない! 許さないぞ! メイセイシンジィイイイイイイイイイイ!!」


 シシトは、銃口をシンジに向ける。


 ロナが死ぬ前に教えてくれた。


 この『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』によく似た銃を、セラフィンがその命をかけて作った銃を撃つために必要なこと。


 落ち着くこと。

 深呼吸をすること。


 そんなこと、シシトの頭から消えていた。


 落ち着けるわけがなかった。


 深呼吸なんて出来るわけがなかった。


 目の前に、シシトにとって何よりも大切な女の子達を殺した殺人鬼がいるのだ。


 世界で一番愛している女の子たちを殺した魔王がいるのだ。


 だから、シシトは引き金を握る。


 すでに数万発は銃弾を放ったシシトは疲労困憊であったが、しかし、セラフィンが作った『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』は、シシトの想いに答えてくれた。


 今まで、一番の量の弾が、銃口から吐き出されていく。


 これが、愛の力だ。


 これが、絆の力だ。


 シシトは確かに感じていた。


 殺されてしまったユイとコトリとロナ、それにセラフィンが、シシトに力を貸してくれている。


「いっけぇぇええええええええええええええええ!!」


 無数の銃弾は、その形をハートに変えた。


 愛の力だ。


 絆の力だ。


 シシトたちの『正義』は、確かに邪悪な魔王、メイセイシンジに届いた。


 銃弾一発一発が爆発し、砂煙を上げる。


 隕石が衝突したように巻き上げられる土砂の量に、周囲の視界が遮られた。


 しばらくすると、土砂が地面に落ちて視界が戻ってくる。


 目をこらして確認するが、そこにシンジの姿は無い。


「やった……やったよ」


 確かな手応えを感じて、シシトは空を見た。


 遠くで、少女たちが笑っている気がした。


 空に、彼女たちの笑顔が見える。


「ユイ……コトリ……ロナ……勝ったよ……」


 シシトは、一粒の涙と共に、そう彼女たちに報告した。

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