第370話 扉が開いた
「あ……ああ、こんな、ヒドい。お腹に穴が……」
倒れているセラフィンを、シシトがそっと抱き上げる。
「……シ、シト?」
「セラフィン! 生きていた! 良かった! 今治療するから……」
「ゴメンだ……フィン。メイセイ……シンジの攻撃……避けられなかった……フィン」
「しゃべるな! 今、回復薬を……」
必死なシシトがセラフィンの治療をしているが、それをシンジは冷めた目で見ていた。
(そもそも、当ててないしな)
氷の球の弾幕を打ち出したとき、シシトの死角にいたセラフィンは嬉々として当たりに来ていた。
段取りとして、このときにセラフィンを殺す必要があるとシンジも思っていたが、その様子がムカついたので、シンジはわざとセラフィンに当たらないように氷の球を操作したのだ。
シンジが氷の球を外していることに気がついたセラフィンは声を出さずにジェスチャーで抗議してきたが、その要求をシンジは拒否した。
すると、セラフィンはしょうがないといった様子で自分の腹部に手を当て、そのまま自分のお腹に氷の球を打ち出して、風穴を開けたのだ。
つまり、自作自演である。
「シシト……もういい……フィン」
「もういいとか、言うな! 絶対に助けるから! 僕が、絶対に!」
「最後に……聞いてほしい……フィン」
「聞くから! 聞くから、最後とか言うな! これから何度でも聞くから!」
ゴフッとセラフィンが血を吐く。
「……シシトには、まだ眠っている力があるフィン」
「……眠っている力?」
「その力は……愛で目覚めるフィン」
「愛? でも、僕は皆を愛して……」
「もっとだフィン。もっと愛するんだフィン。愛して、愛して、皆を愛して、正義と絆の力で一つになれば、シシトは誰にも負けないフィン」
セラフィンの目から、光が無くなっていく。
「セラフィン? セラフィン!」
「最後に……ふふ、本当に最後に……」
セラフィンはシシトに手を向ける。
「セラフィンも……愛して……ほしい……」
その手は、シシトに触れる前に力無く地面に落ちた。
「セラフィン……セラフィーーーーーン!!」
シシトの慟哭が周囲に響く。
どこまでも、どこまで、死んでしまったセラフィンに届くようにシシトは声を上げた。
(……ナイス茶番)
シンジは見ていた。
シシト達の頭上で、別のセラフィンがニタニタしながら彼らの様子を見て笑っているのを。
コタロウがいた、今はマオが戦っている世界では、ほとんどのセラフィンがマオとの戦いではなく、さきほどのやりとりを見て笑っているのを。
ずっと見ていた。
(……喜劇と悲劇の違いって、何だろうな。人の不幸は蜜の味。少しでもズレると、何でも笑えるし、何でも笑えなくなる)
セラフィンの体が……シシト達の頭上で笑っているセラフィンではなく、悲劇を演じていて、今はシシトの腕の中にいるセラフィンの体が、淡く光る。
「……セラフィン?」
『……最後の、最後の力だフィン。セラフィンの力で、魔王メイセイシンジの力を弱めるフィン』
「……力を弱める?」
『その間に……シシト、願うフィン。愛を、正義を、絆を。取り戻すんだフィン。その願いは、きっと光の力になって、シシトの助けに……彼女達を助けるフィン』
「……わかった」
シシトは、目を閉じる。
「……百合野さん。常春さん。ロナ。水橋さん。ネネコ。エリーさん。ユイ。コトリ。ヒロカちゃん……」
(……これ、優先順位じゃないよな)
シシトはまだ女性の名前を言っているが、その数と並びが気持ち悪い。
(ギリギリ、百合野さんを一番最初に呼んだのはわかる。ずっと好きだって言っていたからな。けど、そのあとになんで、セイなんだ? あれか? おっぱいを揉んで順位が変わったのか?)
確かにセイのおっぱいは気持ちがいいモノだが、それでも、ロナより順位が高いのはおかしいだろう。
(ユリナも入っているし……なんだよ、コイツ)
これから起きることをわかっている分、余計に気分が悪くなる。
「アオイさん。ナナさん。トオカさん……皆、力を貸してくれ」
最後に、同級生の母親の名前を呼んで、シシトは願う。
愛と正義と絆とやらの願い。
その願いに答えるように、セラフィンの体は二つの光になった。
一つの光は、シシトの元へ。
シシトの手の中で、白い銃へと姿を変える。
シシトが持っていた、現在はシンジに凍りづけにされて使えなくなっている『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』にソックリな銃に。
「セラフィン……」
その銃を、シシトはしっかりと握りしめた。
そして、もう一つの光は扉に姿を変えた。
なお、セラフィンの死体を消して、これらを作ったのは、シシト達の頭上にいるセラフィンである。
コタロウの作った世界に干渉するのだ。
おそらく、強めのセラフィンなのだろう。
扉が開かれる。
シシトが願った愛と正義と絆の扉。
その扉から、少女達が飛び出してきた。
「……皆!」
扉から出てきたのは、ユイとコトリと、ロナだった。
「え? シシト?」
少女達は皆困惑していたが、シシトは彼女達を見て安堵の涙を流している。
シシトが願った愛と正義と絆の扉。
シンジには、地獄の扉にしか見えなかった。
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