第369話 女王が来た
笑顔で美しい顔がゆがんでいる女性を、シンジは殴ってみる。
「……幻覚か」
女性の顔面をすり抜けた自分の手をシンジはじっと観察する。
『女性の顔を殴るなんて、ヒドい男。シシトはそんなこと絶対にしないですよ?』
『その姿が、おまえの本体か? セラフィン?』
シンジの質問に、セラフィンはクスクスと笑う。
『ええ。そういえば、この姿を見せたのは初めてですね。私が聖天の王国。天使の国アツキの女王。セラフィールです。よろしく』
「よろしく、羽虫のセラフィン」
シンジの返答に、人型のセラフィンはそれでも笑顔を崩さない。
『……まぁ。好きに呼べばいいですよ。それにしても。異世界から呼び出した少年達は、私を見ると皆鼻を伸ばしてデレデレするのですが、見事に無反応ですね。興味はないのですか?』
人型のセラフィンは、その豊満な肉体をシンジに見せつける。
何も身につけていない、肉体を。
「……もっときれいなモノを見てきたからな。性格の悪さがにじみ出ているぞ? 虫けらババア」
『おや、つれない。男の子は皆、私の体に夢中になるのに……あの山田小太郎も、最初は私の体を……』
「成長したってことだな。いいことだ」
静寂がおとずれた。
『そろそろ、シシトが起きそうですね。では、最後に皆が喜ぶことを、明星司の息子、明星真司に送りましょうか』
セラフィンが、目を閉じる。
そして、息を吸って吐くと、体を若干光らせてほほえんだ。
『……光の勇者よ。今、貴方の心の中に直接話しかけています。光の力を貴方に託します。どうか、その力で闇の魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらしてください。愛と正義が、貴方を守るでしょう』
シンジの体が淡く光る。
何の意味もない、ただ光るだけの現象。
『ふふふ……男の子はこういうのが好きなんですよね?』
光はすぐに消えた。
「……まぁ、一応お礼は言っておくか」
『あら? お礼ですか?』
シシトの体が動き出している。
「ああ、俺の体に干渉したんだ。逃げられると思うなよ? 虫けら」
『ふふふ……では、また会いましょう。これからの喜劇と、破滅が終わって、それでも生きていたら、ですがね』
人型のセラフィンの体が消える。
おそらく、シンジにだけ見えていたのだろう。
遠くで見ているはずのネネコ達に反応がない。
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
もちろん、倒れていたシシトも見えていないはずだ。
ダメージが大きかったのか、ふらつきながらも立ち上がろうとしている。
しかし、顔は綺麗に戻っていた。
女性受けする、その顔は。
「シシトー」
そのシシトの元に、一匹の羽の生えた白いハムスターが飛んでくる。
(……セラフィンの分体か)
無数にいる、セラフィンの体の一つ。
シシト達にとっては唯一の、頼るべき仲間のセラフィン。
「……セラフィン。無事だったのか。よかった。でも、ここは危ない。すぐに逃げて……」
「逃げないフィン! 光の勇者シシトが闇の魔王メイセイシンジと戦っているのに、セラフィンだけ逃げるわけにはいかないフィン!」
「……セラフィン」
シシトは涙ぐんでいる。
「……わかった。一緒に戦おう。そして、世界を平和にするんだ。愛と正義にあふれた、元の世界に戻すぞ!」
「戻すフィン!」
シシトは涙を拭うと、セラフィンをかばうようにシンジに相対する。
「……いくぞ!」
シシトが駆けだしてシンジに向かってくる。
シシトだけ。セラフィンは動いていない。
距離が出来ている。
そのことに、シシトは気づいていない。
(……ああ、そういう段取りか)
シンジとセラフィンは敵対している。
互いが、命を狙っている。
しかし、勝負は最後。
それまでの道のりは、残念ながら同じだ。
「うおぉおおおおおおおお!これが、僕たちの力だぁああああ! いけぇえええええええ!!」
いけぇええええええとシシトは叫んでいるが、向かってきているのはシシト自身だし、繰り返すが向かってきているのはシシトだけだ。
そんなシシトに向けて、シンジは氷の球を大量に作り出して打ち出す。
「うっ!? こ、こんなモノで僕たちは止まらない! 愛は! 正義は! 平和は! こんなことでは終わらない! 死なない! 誰も死なせはしない! 死ね! 明星真司!!」
氷の球の弾幕を抜けてきたシシトの拳を、シンジは避ける。
地面にクレーターが出来るが、シンジに怪我はない。
でも、シシトはうれしそうに笑っていた。
「……はぁはぁ……どうだ。これが僕たちの愛の力だ。セラフィンが運んできてくれた、絆の力だ。これが、正義だ!」
「……なんか色々言っているけどな。そのセラフィン。死んでいるぞ?」
シンジがシシトの背後を指さす。
「……え?」
シシトは慌てて振り返った。
すると、元いた場所で、セラフィンが血だらけになって倒れている。
「セ……セラフィン!!」
シシトは、セラフィンのいる場所に駆けだしていった。
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