第368話 シシトが救うのは

「なぜだ!?」


 少年の声が響く。


「なぜだ! なぜだ! なぜだ!!」


 悲鳴にも似た怒声が、どこまでも。


 少年は何を悲しんでいるのか。

 何に怒っているのか。


「なぜ! お前はやめないんだ!」


 彼は悲劇を悲しんでいる。


 彼は悲劇に怒っている。


「皆、泣いている!苦しんでいる!怒っている!聞こえないのか!? 皆の悲しむ声を! 見えないのか!? 皆の涙を!」


 少年は、なぜ戦うのか。何と戦っているのか。


「僕は絶対にお前を許さない! 明星真司!!」


 少年は、シシトは、正義のために戦っている。


 シシトは、悪と戦っている。


 悪とは、シンジのことだ。


「……悲しむ声と涙、ねぇ。確かに聞こえないし見えないな」


「この人殺しめ! 僕は絶対に殺人を許さない! 死ね!! 明星真司!!」


 シシトが拳を振るう。


 レベルがカンストしたシシトの拳は、当たらなくても衝撃だけで十分な殺傷能力がある。


 その拳を、衝撃の範囲まで計算して避けて、シンジも拳を握る。


「……色々言いたいことはあるけどな。とりあえず今回は……『皆』って誰だよ!!」


 シンジのカウンターが当たり、シシトの体が飛んでいく。


「……んー、イマイチ。やっぱり『矛盾しているじゃねーか』の方がよかったか? でも、そのツッコミはさっきやったしな」


 シンジは不満げに手をプラプラとさせる。


 その手は、血だらけになっていた。


 シシトの返り血だけではない。


 シンジ自身の血も含まれている。


 カンストしているシシトの体は、頑丈なのだ。


「なぜだ!!」


 シンジにカウンターを食らったのに、シシトは何事もなかったかのように起きあがる。


 血はついているが、もう傷口は塞がっている。


 怪我はない。


「なぜだ! なぜだ! なぜだ!」


(……いや。なぜだ、としか言わなくなってきたから、怪我はあるのかも)


 かれこれ一時間以上、シンジはシシトを殴り続けている。

 

 もう、シシトも会話のパターンが無くなってきて、同じ事を言ってはシンジに返り討ちになっている状況だ。


(飽きた、なぁ。一応コイツの攻撃は当たると即死する威力があるけど……当たる気がしないんだよなぁ)


「人殺しはやめろぉおおおお!!」


 もう何百回と聞いたシシトの戯れ言にシンジは拳で答える。


 何回も地面にバウンドしながらシシトは飛んでいった。


「……皆、泣いているんだ。僕が守らないと……あの殺人鬼から……小さな子供も、か弱い女性も、生き続けたお年寄りも、戦っている男性も……皆、僕が守らないと……」


 ぶつぶつと、シシトはつぶやきながら起きあがる。


 正直、シンジは感嘆している。


(言っていることはマトモだし、正しいとは思うんだよな。正義だよ、正義。諦めないで何度でも立ち上がるし、正義の味方っぽさはある)


 シンジは、ほかの場所の……セイやユリナ、マドカにコタロウたちの様子を確認する。


 どうやら、それぞれ終わったようだ。


(……だったら、最後の確認をするか。無駄だろうけど……)


「誰も死なない未来のために! 誰も傷つかない世界のために! 死ね! 明星真司!」


 シンジはシシトの手を取って、地面に叩きつける。


 同時に、シシトの体を凍らせて拘束した。


「ぐっ!? こんなことで、僕は諦めない! 皆のために……うぐっ!」


 口にも近くに転がっていた岩を突っ込んで、シシトを物理的に黙らせる。


 これで、一度は質問できるはずだ。


「さて……結構長い時間拳を交わしてきたが……なんか、仲良くなった気はしないな。拳で語り合う友情ってのは、俺たちには当てはまらないみたいだ」


 ジタバタとシシトが暴れている。


 シンジの話は聞いていないだろう。


 シシトが話を聞くのは、特定の話題だけ。


 女の子の話だけだ。


「ただ、それでもわかったことがある。それで質問だ、駕篭獅子斗。おまえの彼女は可愛いよな?」


「んぐー!? ウググググウ!!!!」

 

 岩をかみ砕きそうなので、シンジはさっさと確認することにする。


「たとえば、の話だ。」


 シンジは氷で精巧なロナたちの人形を作り、右手に持つ。


 そして、左手には、小さな赤ちゃんの人形を3つ作って持ち、シシトに見せる。


「ロナ・R・モンマス、岡野ユイ、引間小鳥。皆可愛くて、いい子たちだ。そんな彼女達と、小さな赤ちゃん。もし、どちらかしか助けられない状況になったら、駕篭獅子斗はどうする?」


 シンジが、両手に持った人形を空中に投げて、その場を離れる。


 人形達が地面に落ちて割れる瞬間。


 何かが砕ける音がした。


 シシトの体を覆っていた氷と、口に突っ込まれていた岩が、砕けたのだ。


 シシトは恐るべき早さで起きあがると、落ちそうになっていたロナ達と赤ちゃんの人形を拾った。


 ひび割れていない人形達を見て、ほっと息をついた後、シシトはゆっくりとシンジをみる。


「どちらも助けるに決まっているだろ?」


「……そうか」


 シシトは、人形達を地面におく。


「僕は、皆を助けるんだ。皆を救うんだ。皆を幸せにして、皆が平和な世界で生きられるようにする。誰も傷つかない世界のために……死ね!! 明星真司!!」


 シシトは力強く地面を蹴ってシンジに殴りかかる。


 その瞬間。シンジは確かに見た。


 シシトが地面を蹴った衝撃で、置いていたロナ達と赤ちゃん達の人形が粉々に砕けるところを。


(結局、そうだよな)


 シンジは、シシトの顔面を殴って吹っ飛ばす。


 これまでで一番の、会心の一撃。


 シシトの顔面は陥没し、シンジの拳の形がはっきりと残っている。


 それでもシシトは起きあがるだろうが、しばらく時間はかかるはずだ。


 もう、確認したいことは終えた。


 シンジは、コタロウ達がいる世界に目を向ける。


「……もう、いいぞ」


『……そうですか』


 シンジの眼前に、美しい羽の生えた女性が現れる。


『では、始めましょうか。愛にあふれた……喜劇を』


 女性は、とても楽しそうに笑った。



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