第367話 彼女が一番の邪魔

「……そうですか。その割には、お粗末というか、この場にはふさわしくないのではないでしょうか?」


 発言したセラフィンが、周囲のセラフィンを巻き込んで両断される。


「この美しき刃の、どこかふさわしくないというのです?」


「いえ、だって、それはただの自己強化の能力を持っているだけなんでしょう? そんなモノでいくら切られても……」


 ぐちゅぐちゅと肉が混ざる音が聞こえてきて、マオは慌ててそちらを向いた。


 さきほど切り落としたはずのドラゴンライダー……人型とドラゴン型の肉の塊が再生しはじめていた。


「元々、この体の肉片を集めて作ったのですよ? 切断しただけでは、すぐに再生するに決まっているじゃないですか。本当に、山田小太郎は見た目とステータス、能力は優秀ですが、このような場面では使い物にならないですね。所詮は偽物勇者、というわけですか」


 ブンッと鎌が振られ、セラフィンの肉体が両断される。


 しかし、別の場所でふわふわとセラフィンが浮いて、会話を引き継いだ。


「無理むりムリ、ですよ。どう考えてもアナタでは私に勝てません。攻撃方法が切断と殴打により圧死のみでは、肉片を集めることが出来る私に勝てる道理はない。それに……理由はあるんですか? 私と戦う理由は? ないでしょう?だったら、諦めて……」


 フォンと鎌が音を鳴らし、セラフィンを切り裂く。


「明星真司を殺しましょう? 大好きな明星真司を……」


 マオが鎌を振り下ろす。


「……おや?」


 すると、振り下ろされたセラフィンが首を傾げた。

 

 同時に、砂のようにバラバラに崩れて、消えてしまった。


「……肉片で再生するなら、肉片よりも細かく刻んでしまえばいい」


「暴論ですねぇ。それに、暴力的だ。そんな攻撃方法で……体力が持ちますか? 私は、ここに一万匹いるんですよ?」


 ゆっくりと、セラフィン達が空を浮き始める。


 人型も、ドラゴン型も、再生が終わったのだろう。


 体を起こしている。


 今、マオの目の前に広がるのは、一万の兵を率いいる将が戦をはじめようとしている光景だ。


 少しだけ荒れている呼吸を、マオは一息ついて整える。


 先ほどの一振りだけで、体力をかなり消耗していた。


 でも、諦めるつもりなんて、マオにはなかった。


 ぐっと鎌を握ると、しっかりとセラフィン達を睨みつける。


「本当に、なんで戦うんですか? 先ほども言いましたが、山田小太郎は見逃してあげますよ? 明星真司は嫌いなんでしょう?」



「ええ……でも、それは関係がないんですよ。私は、『頼まれた』『任された』んです。ならば、守らなければいけないでしょう? 私は、『魔王』なのだから」


 今のマオの顔は、コタロウに惚けている顔でも、シンジを憎んでいる顔でもない。


 ただ、まっすぐと前を見据え、皆が慕い、民を率いる、コタロウにも、シンジにも見せない、王の顔だった。


「……いいですね」


 ふっと、セラフィンが微笑むと、一斉にマオに突撃していく。


 一万のセラフィンと、マオの、終わらない戦いの幕が開いたのだ。





「……これで、よし」


 その戦いが行われている空間の、土の中。


 地中奥深い場所で、肉の塊がうごめいていた。


「しかし、気持ち悪かったですね。彼女の明星真司に対する思い。嫌ってはいるのでしょう。ただ、愛がないわけじゃない。愛しい姉の息子に対する、愛が。ただ、嫌がらせをしたいだけ。不幸にしたいだけ」


 おぞましい感情だ。


 そのような行為をする者に、名前があったはずだ。


「確か……ストーカーでしたっけ? 貝間真央は、明星真司のストーカー。元魔王が、ずいぶん落ちぶれました」


 肉の塊のどこかで、くっくと笑みがこぼれる音がする。


「ですが……本当に予定外でしたね。まぁ、これで、彼女をここに足止めできる」


 肉は、形になろうとしていた。


 地上で殺されたセラフィン達の血が集まり出来た、肉の塊。


「この場面で彼女を使ってきたということは……読み切れていなかった? いや、私がシシトを使う以上、真っ先に思いつく対策のはず。それでもこの場面ということは……使えないと思ったか。まぁ、そうですね。私も想定はしていましたが、確率はほぼないと思っていましたから。使う確率も、成功する確率も」


 人から、羽が生え、それは天使のように見える。


「私の目的には……彼女の技能『導き』が一番の邪魔でしたからね。これで、憂いはなくなった」


 天使のようなそれは、徐々に肉から肌が生え、仕上がっていく。


「仕込みは完了。そろそろはじめましょうか。演目は喜劇か、悲劇か。決まっているのは……」


 セラフィンの血肉が集まって出来た天使は、顔をゆがめた。


「破滅、ですよね。明星真司」


 天使の前に広がった空間では、シンジとシシトが戦っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る