第362話 マオが頼まれた

「ぐっ……!?」


 ロボットドラゴンの胸部に生えているセラフィンの顔がゆがむ。


 ぎしぎしと、体中の部品が悲鳴をあげていた。


「よし。相殺、出来ているな。さっきまではコレ、使えなかった」


 ロボットドラゴンに向けて、コタロウが手を伸ばしている。


「『神の見えざる手(ハンド・トリック)』」


 ぐんっとロボットドラゴンの機体が引かれ、コタロウも跳躍する。


「頼んだぞ」


「……はい」


 そのまま、コタロウとロボットドラゴンの体は、どこかへ消えてしまった。


「別空間へ離脱しましたか。追いかけることは可能ですが……」


 地面にひれ伏しているセラフィンの一匹が、数センチほど顔を上げて、黒い髪の少女を見る。


「ナイフォール・オウマ・グロア。今は……貝間 真生という名前でしたっけ? ふふふ、まさかアナタが出てくるとは、本当に予想外でしたよ」


 しかし、話しかけたセラフィンを含め、伏している一万匹の白い獣に、マオは目を向けていない。


「……『任せた』『頼んだぞ』」


 マオは目を閉じると、かみしめるように言葉を繰り返す。


「……『任せた』『『頼んだぞ』任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』『頼んだぞ』『任せた』」


 何度も言葉を繰り返し、租借し、マオは恍惚の顔を浮かべた。


「……はぁっ。任せられた。頼まれた。コタロウ様に。私が! 仕事を! なんという名誉! なんという至福!」


「……人の話をき」


 言葉を発していたセラフィンが、マオに頭を踏み抜かれ、あっさりと肉塊に姿を変えた。


(……なるほど。ここまで差がありますか。完全に再現出来ていないとはいえ、あの魔王相手に、手も足も出ないとは)


「おやおや。あの魔族の長とはいえ、もう少し、はな」


 別のセラフィンの頭が蹴り飛ばされ、消滅する。


(できることと言えば、這いずり回るか、こうやって口を出すこと、か。所詮この体は魔族でも天使でもなく、ただの人間を材料にしている、使い捨てのゴミ同然ですからねぇ。同じ『導き』を持っている相手では、相性が悪すぎますね)


「落ち着きませんか? 話の途中で殺されて」


 邪魔な石をどかすように、セラフィンの体が除けられ、消される。


(しかし、このまま一方的になぶられるのも気分が悪い。出来ることはしましょうか。ええ、例え、ここが捨て駒が集まるゴミ捨て場でも、一応陽動の場所ですからね)


「では、たんと」


 ぐちゃり、とセラフィンの顔がつぶれる。


 しかし、話は続く。


 隣のセラフィンが引き継いで。


「うちょくに」


「ゅうにいい」


「ますね」


「わたし」


「とて」


「をくみません」


「か。やま」


「だこたろ」


「うをあいして」


「いるのでしょう?」


 セラフィン達を踏みつぶしていたマオの動きが止まる。


「……ええ、私はコタロウ様をお慕いしております。それで、下位の天使にさえ劣るその脆弱な体のアナタが手を組んだところで、何が出来るのでしょうか」


「ふぅ。やっと話ができ……」


 ぐちゃりと、セラフィンが潰れる。


「無駄な話はやめて、簡潔に答えなさい。何が出来るのですか?」


「……山田小太郎を意のままに操れますよ?」


 マオが動きを止める。


「ご存じのとおり、今の私の体は、全盛期の10分の1程度の力しかありません。それでも、数千を越える数によって、彼のほとんどの技を無力化しました」


 マオは動かない。

 ただ、黙ってセラフィンの話を聞いている。


「ただ、私だけでは彼を操ることが出来ませんでした。当然でしょう。私たちの『先導者』の技能『導き』では、対象が思ってもいないことは強要できないのですから。でも、あなたがいれば話が違う。山田小太郎に愛されているあなたがいれば……」


「私が……小太郎様に、愛されている?」


 マオは目を見開いている。

 意外なことを言われたと、その表情が物語っている。


 そのマオの反応を見て、セラフィンはニヤつく顔を隠すように天使の微笑みを浮かべた。


「ええ、当然でしょう? 何度殺されても、山田小太郎はあなたを生き返らせて、そばに置いているんですから」


「そう……かしら」


 マオは、顔を赤らめ、モジモジとせわしなく体を動かす。


 恋する乙女の恥じらいといったマオの挙動に、セラフィンは、企みの成功を感じ取る。


「はい。それに、アナタは山田小太郎が大切にしている明星真司の血縁者なのですから、愛されていることは間違いないでしょう」


 セラフィンの頭部が消し飛んだ。

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