第363話 コタロウが望みを語る

 山田小太郎は、セラフィンが寄生したドラゴンの亡骸……ロボットドラゴンと共に、別の世界へ渡る。


 その世界は、木々が生い茂る神秘的な森。


 中央には巨大な樹が立ち、まるで世界そのものを支えているようだ。


「……ここでやるぞ」


 そのコタロウの言葉を合図にするように、セラフィンが寄生しているロボットドラゴンが機械音と雄叫びを上げながら暴れ出す。


 すると、何か拘束が解かれたように、閉じられていたドラゴンの羽が大きく開いた。


「……ふぅ。ふふふ……『神の見えざる手(ハンド・トリック)』不可視の手で事象を操作する能力のようですが……完全にこの体を押さえることは出来ないようですね」


 ゆっくりと、ロボットドラゴンが宙に浮く。


「そうだな」


「それにしても、この場所……正気ですか? この肉体と戦うのに、ここを選ぶなんて」


 セラフィンは、呆れたように周囲を見回した。


「ここは、アナタがこのドラゴンに敗北した場所を再現した空間、ですよね?」


「ああ。そうだ」


 あっさりと肯定したコタロウに、セラフィンはため息を隠さない。


「神……いや、あなたたちは、魔ですが。欲望が形になるこの世界では、結果は、大きな意味を持つ。そうであったことは、より強くその結果を再現される。不変的であることは、生物……いや、この世の森羅万象が持つ普遍的な欲望なのですから」


「そうだな。でもな、可変的であることを望むやつもいる。そして、変わることを望む奴らが、適応し、進化してきた」


「進化は、ただの淘汰ですよ? 望みなんて関係ない」


「欲望が形になるのに、望みが無関係な訳がないだろ?」


 コタロウの返答を口で転がすように吟味したあと、セラフィンはフッと笑う。


「……なるほど。ええ、確かにそうです。強く望むことは……欲望は、あらゆる事象に作用する。先ほどの発言は撤回しましょう。では、山田小太郎。アナタは何を望むのですか?」


「答えると思うのか? そんな質問を、オマエに、俺が」


「お互いに足止めが……時間稼ぎが目的でしょう? ならば、このような世間話は好都合だと思うのですが」


 セラフィンの指摘は、確かに的を射ている。

 不快ではあるが。


「では、先に私が話しましょうか。私の望みは……」


「どうせオマエの望みは……『愛』だろ?」


 コタロウの答えに、セラフィンは口角をあげる。


 肉食獣が獲物に噛みつくときのように、大きく、不気味に。


「ええ、そうです。私が求めるのは、『愛』です。『友愛』『慈愛』『忠愛』『寵愛』……あらゆる『愛』が我が喜び。我が望み」


「その、望みの果てが……『破滅』か?」


「そのとおり!」


 セラフィンが操るロボットドラゴンの大きな手が、パンと音を立てる。


「分かっていますね。いいですね。そうですよ、そうですよ。『愛』による喜劇、悲劇、様々な葛藤。そして、終わりの瞬間……『破滅』の時……ハァァァァ……」


 セラフィンの白い頬が紅く染まる。

 その顔は、恋をしている少女のような表情ではあるが……


「おぞましいな」


 ぽつりとコタロウがつぶやく。


 その声が聞こえているだろうが、反応を示さずにセラフィンがコタロウに質問する。


「さて、私の望みは答えました。それで? 『偽物』の山田小太郎は、いったい何を望んでいるんですか?」


『偽物』そう強調されたことで、コタロウは何となく察する。


 自分が望むことが何か、悟られていることを。


 コタロウは思い出す。


 この望みがはっきりと形になった日のことを。


 あの日、コタロウの隣には、シンジが座っていた。


「……『星』だ」


「……ほう?」


「俺は、『星』になりたい。天に輝く『星』になって、変えてやるんだ。星を見て、全てを悟って、諦めているヤツの未来を、俺が全部変えてやる」


 脳裏にはっきり残っている。


 小学校3年生の時。


 コタロウがシンジの親友になったとき。


 シンジは、空を見上げていた。


 数秒、見上げたあとに、持っていたゲーム機に視線を落としたシンジは、コタロウのことなど……いや、おそらくは世界中の誰も見ていないのだろうと、イヤでもわかってしまった。


「それは大層なお望みで。しかし、その望みは『高すぎる』のではないですか? 『偽物』ごときが、星に手が届くはずがないでしょうに」


「星は無理でも、同じ『偽物』相手なら、噛みつくくらいのことはしてみせるさ」


 問答が終わり、静寂が訪れる。


 それは、戦いの始まりを意味していた。


「……では、やりますか。『偽物』同士の意味のない戦い。でも、一応興味はあるんですよ? 『偽物』とはいえ、アナタを倒したことがある、いわば天敵のような存在の、最強種族の一体であるこのドラゴンの肉体をどうやって倒すのか」


 ふわりと、ロボットドラゴンがさらに高く浮いていく。


 高く、高く。どこまでも。


「まずは……この森を枯らしましょうか。実は私、自然って大嫌いなんですよね。虫と獣しかいないじゃないですか。例えば……妖精とか」


 ロボットドラゴンの中心。セラフィンの位置に黒い球体……『ブラックホール』が現れるが、すぐに消えてしまう。


「ふふ……この体が他の増産品と同じだと思わない方がいいですよ? 中心にいる私は他の10倍は材料を使っています。それに、機械と化したサンセットドラゴンとつながっている。これだけの力があれば……『ブラックホール』のような技であれば単体でも破綻させるのは簡単です。大技であればあるほど、『存在しない』し、ほころびが生じますからね」


 セラフィンの言葉を遮るように、無数の透明の球体が、掃射される。


 ロボットの体に何発も透明の球体が当たっていくが、傷一つつくことはない。


 ただ、透明の球体が砕け、キラキラと輝く粉に変わるだけ。


 ロボットの体は、凍り付いてもいない。


「そして、そのような小技は、改造され、より強靱になったサンセットドラゴンの肉体によって、無効化されます。さてさて、どうしますか? まだまだ戦いは始まったばかり。どうせただの時間稼ぎですが、退屈はさせないでほしいですね」


 ロボットドラゴンの中心にいるセラフィンが語っている間に、ロボットドラゴンは大きく息を吸っていた。


 ドラゴンが息を吸う。


 その行為の意味は、語らなくても分かるだろう。


「では、今度はこちらの番。ドラゴンお得意のブレス攻撃。定番ではありますが……どうやって防ぐのでしょうか? あの『盾』を使います? 『妖精』の死骸を固めた、廃棄物を」



 歯が鳴るほどに噛みしめて、コタロウは手を向ける。


 向ける相手は、宙に浮くドラゴン。


 セラフィンに向けて、手のひらをかざす。



「どうする気ですか?あなたの『神の見えざる手(ハンド・トリック)』では、星どころかこのドラゴンの体でさえ掴むことなどできないですよ?」


「そうだな。掴んだところで離される」


 ギチリと音が鳴り、ロボットドラゴンの体が少しだけ軋む。


 だが、セラフィンに焦りはない。

 二人が語っているように、その拘束はすぐに外れるモノだからだ。


「でも、俺は諦めたからな」


「……何を? 先ほどの望みの話ですか?」


「いや……一人で戦うことを」


 その瞬間。


 セラフィンの体に……ロボットドラゴンの体に衝撃が発生する。


 何か、乗ったような衝撃。


 その衝撃の原因を探る前に、ロボットドラゴンの首があっけなく落ちた。


ロボットドラゴンの首があった場所に、一匹の白いドラコンが立っている。


「ああ……なるほど。いましたね。邪神のなりかけ。このドラゴンの子供。名前は……」


「ライドだよ」


 白いドラゴン。ライドを見上げていた、ロボットドラゴンの胸部に寄生しているセラフィンの頭部が破壊される。


 セラフィンを殺したのは、魔法少女のコスプレではなく黒いドラゴンのような様相の、ヒロカだった。

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