第346話 勘違いが終わる

「……へぇ」


 コトリが生み出した巨大な檻を関心するようにセイは見上げていた。


 避けることもせずに。


 そんなセイの体が、突然黒い檻に巻き付かれた。


「っ!?」


 横に、ぐるぐると黒い檻が巻き付き身動きの取れなくなったセイの体に、さらに正面から来ていた檻が、縦方向にセイの体を拘束する。


「……はぁ、はぁ……」


 息切れをしているコトリの手は、右手と左手が交差するように握られている。


 コトリの手の動きが黒い檻『鳥籠女』の動きと連動しているのであれば、つまりコトリは、正面の縦方向の檻でセイの気を引き、後ろからの横方向の檻で不意打ちをしたということだろう。


「はぁ……はぁ……嘘つきめ。絶対に許せない。あんな手紙を書いたくせに、恩人のフリをするなんて……シシトのフリをするなんて……!」


 カクカクと、コトリの体が小刻みに震えている。


 巨大な『鳥籠女』を生み出して、消耗しているのだろう。


 一方、セイは拘束されているにも関わらず涼しい顔で……いや、若干不快そうな顔をしている。

 その理由は、コトリに拘束されたからではない。


「あんな男のフリとかやめてくれない? 気持ち悪い。というか……私の言うことが仮に嘘だったとしても、どんな内容であれ、不登校で通えなかった時に心配して手紙を書いていた相手に、こんな事するんだ。やっぱり、ろくでもないね。引間小鳥」


 セイはコトリをはっきりと侮蔑の目で見ていた。


 地べたに落ちた生ゴミよりも、汚いモノを見る目。


「それに……わざわざ後ろから不意打ちしなくても、直接体に檻を巻けばよくなかった? やっぱり、バカなの?」


 さらに言葉での暴力が振るわれ、ズキリと、太いナイフで抉られたよう痛みがコトリの心に走る。


「うっ……あぁああああああ!!」


 痛みを誤魔化すように、コトリは『鳥籠女』に力を込めた。

 

 そして、爆発した。


「………………え?」


 爆発の衝撃がコトリを襲い、そのまま彼女を十数メートルほど吹き飛ばす。


 ゴロゴロと地面を転がり、ようやく停止したコトリは、何が起きたのか確認するために、爆発の中心地、すなわちセイの方をみた。


「『雪桜火(せつおうか)』爆発する氷の花びらを生成する首飾り。素敵よね。だって……」


 セイは、何事もなかったかのように、爆発の中に優雅に立っていた。


 透明な花びらと共に。


 セイが手をかざすと、透明な花びらが一枚、地面に落ちる。


 落ちた瞬間、地面は膨張し大きな土煙上げた。


 土煙が晴れると、そこには直径5メートルほどの穴があいていた。


「こんなに強い」


 セイの周りには、無数の花びらが舞っている。


 一枚で地面に5メートルの穴を空ける爆弾の花びらが。


 それが、セイの手の動きに合わせてなめらかに流れていく。

 空気中を、まるで龍のように。


「『雪桜龍(せつおうりゅう)』」


 爆弾の花びらの群が、コトリに向かっていく。


「ひっ!?」


 コトリは、とっさに『鳥籠女』を作りだし、自分の身を守るように覆う。


 その檻に触れた瞬間、大きな爆発音が周囲に響いた。


「……やっぱり、バカでしょ?」


 爆発の後、煙が晴れてコトリの姿を視認したセイは、心底呆れたようにコトリに言う。


「い……たい……痛いっ。足が、足がっ……!」


 コトリは、左足を押さえていた。


 太股の中程から先が無くなっている、左足を。


「アナタが作り出せるだろう最強の檻を破壊した爆弾よ? 自分を守るように直接檻を出したら、身を守れるわけがない。するなら、花びらが自分に届く前に檻を出して、途中で止めないと」


 もっとも、直前に直接的に『鳥籠女』を使うようにコトリの思考を誘導していたのは、セイなのだが。


「う……あ……なんで、なんで……痛い、痛いよ……」


 セイの言葉が届いているのかいないのか。


 コトリはボロボロと泣きながら、這いずり、どこかへ行こうと、もがいている。


「……さすがに可哀想に……いや」


「助けて……シシト……あの偽物を、倒してよ! あのときみたいに!」


 未だにシシトが助けてくれたのだと信じているコトリに、セイの感情はどこまでも冷めていく。


「怖い奴がいるの! 悪い奴がいるの! 助けてくれるって約束したじゃない! 助けてよ! シシト! シシト! シシト!」


「……うるさいなぁ」


「ぐぎぃ!?」


 セイは、コトリの背中を踏みつける。


「た……助けて、シシト。殺人鬼が……凶悪犯が……あのときみたいに……」


 じっと、セイはコトリの顔を見た後、転がして胸ぐらをつかむ。


「う……うそつきの、犯罪者。嘘は絶対にバレるから……シシトが、やっつけてくれる。あの明星真司とかいう、最悪の殺人鬼と一緒に……絶対に……うっ!?」


 口が止まらないコトリを、セイは地面に押しつけた。

 そして、決定的な一言を言う。


「怪我はない? もう、大丈夫。悪い奴らはぶっ倒したから」


 笑顔で、にっこりと、感情を込めずに。

 でも、しっかりとあのときの場面を再現して。


「……あ、ああああああ!」

 

 瞬間、コトリの脳内が爆発したかのように情報を書き込んでいく。


 引きこもりだった三年間、ずっと思い返しては想像し、創造していた、恩人の姿。


 白馬の王子様のようなキラキラした二次元の男性キャラクターをイメージした姿は、夏休みのあの日、シシトが遊びに来てくれた日に完全に彼の姿に変わった。


 その恩人であるシシトの姿が、再度塗り変わっていく。


 想像した創造、つまりは空想よりも強固な、現実に。


 ただのクラスメイトの常春清に、変わって……いや、戻っていく。


「う……ぁ、う……ぉだ……」


 コトリの呂律は回っていない。


 まだ、手紙については言い訳ができた。

 勝手に内容を読んでなど、色々誤魔化すことができる。


 しかし、今のセイの言葉は、無理だ。

 

 助けられた決定的な言葉は、本人にしか言えないモノだし……何より、その口調、声の質は、マネできない。

 そして、コトリ自身の体が、記憶が、はっきりとセイこそがあのとき命を助けてくれた人物であると理解させられてしまった。


 だから、何度も否定しようとしても、コトリの呂律は回らない。


 それほどまでに、ボロボロにコトリの心身は傷だらけになっている。


 でも、セイは止めない。


 止めるつもりはない。

 なぜならば


「ちなみに、今の『悪い奴』はアンタの事だから、引間小鳥。当然よね。聖槍町では、首を絞めただけじゃなくて、盗撮が再開されるように隠していたモノを破がして、何度も私を罵倒した。先輩まで……ね。私が、命の恩人なのに。私は、アナタを助けたのに」


 セイの目が、暗くて重たい。


 その視線が、どろどろの冷たい溶岩のようにコトリの心に浸食していく。


 その痛さを、コトリは初めて知った。


『罪悪感』という、心の痛みを。


「い……やぁだああああああああああああああああああああああ!」


「……っと」


 コトリの周りを『鳥籠女』が囲い始める。


 セイは慌ててその場を離れたが、黒い檻はまるで繭のようにコトリを覆っていく。


「……また、引きこもりに戻るつもり?」


 セイは『雪桜火』で黒い繭を爆破するが、破壊出来ない。


「何十にも『鳥籠女』を重ねることで、衝撃を軽減しているのか……メンドクサい」


 セイが爆破するペースよりも早く、コトリは自分を覆う繭を厚くしていく。


 何十にも何十にも重ねて、引きこもる。


「いやだ……いやだ……ちがう、ちがう。こうじゃない、そうじゃない。ちがう、ちがう」


 流れ込む、これまでにしたセイへの態度、対応。与えられた罰。

 勘違い。


 恥辱に近い、罪への痛みを消すように、コトリは何度もつぶやき、閉じこもる。


 しかし、消えない。


 助けてくれた、セイのイメージ。


 そういえば、夏休みのあの日。

 部屋の扉を開けて立ち上がらせてくれたのは誰だったか。


 黒い髪が綺麗な、凛とした女の子ではなかったか。


 命の恩人だと思っていた男の子は、その立ち上がった後に、押し倒してお尻と胸を掴んできただけではなかったか。


「う……げぇええええ……はぁ……はぁああああ……!」


 吐き気がした。


 いや、そういえば、ずっとしている。


 大好きだと思っていた男の子と結ばれたあの日から、じわじわと。


「ち……がう。助けて……助けて……」


 黒い繭と化した『鳥籠女』の外から、ノックのように爆発音が聞こえてくる。


 その音におびえながらコトリが求めた助けの先には、男の子も、女の子も、誰もいなかった。

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