第344話 コトリが引きこもった理由
引間小鳥(ひきま ことり)。
苦手なもの 人間 特に暴力的な男性
好きなもの 駕篭 獅子斗
引きこもりだった彼女がなぜそうなったのかといえば、小学校を卒業し、中学生になる前の、その境目の時期にまで遡る。
小柄で、中学生になっても小学校低学年程度にしか見えなかった彼女は、中学校への進学を機に、少しでも強くなりたいと近隣では有名な武道の道場に通おうとしていた。
山の上にあるという、その道場へ向かおうとしたときに、コトリは男性の集団に囲まれてしまったのだ。
見た目から、関わってはいけない人種だとすぐに分かる風貌の男たちで、コトリはすぐにその場を離れようとしたのだが、彼らは非常に乱暴だった。
逃げようとするコトリに袋を被せ、暴れる彼女を無理矢理力で押さえつける。
視界を遮られ、身体の自由を奪われる恐怖。
その恐怖は、まともに学校へ通うことさえ出来ない状態になるほどに恐ろしいモノであった。
しかし、コトリは高校生の夏頃にはなんとか登校出来るようになっていた。
助けられたからだ。
コトリが、彼らの車に乗せられそうになるその瞬間。
誰かが、コトリをさらおうとした男たちを倒し、袋から出してくれた。
誰が助けてくれたのか、太陽の逆光と、恐怖から解放された安堵感によってすぐに気を失ったのでコトリは分からなかったのだが、しかし、その人物が最後にかけてくれた言葉は覚えている。
『怪我はない? もう、大丈夫。悪い奴らはぶっ倒したから』
その、凛と澄んだ声は、とても力強かった。
でも、だからといってコトリの恐怖は完全に抜けるモノでもなく、外に出ることは……特に男性と会うことは怖かった。
しかし、コトリはあることがきっかけで高校を受験することにした。
それは、コトリを助けてくれた人物が女原高校を受験するという情報をコトリの母親が得たことだ。
『コトリを助けてくれた子、今度女原高等学校を受験するらしいよ』と、コトリに伝えたのは、母親としてはもちろんコトリがそのことを聞いて少しは外に出るきっかけになればいいなと思ってのことではあったのだが、しかし、その効果は思ったよりも絶大だった。
今まで、授業もろくに受けていなかったコトリでは、偏差値の高い女原高等学校に合格する事は難しいと思われたのだが、驚異的な集中力で、なんと合格してしまったのだ。
そして、晴れて女原高等学校に通えることになったのだが……しかし、登校は出来なかった。
高校生になり、周りにいる男子は十分に男性といえる見た目であり、そんな人が複数いる場所に通う勇気など、コトリにはなかったのだ。(ちなみに、受験は事情を考慮され別部屋で受けることが出来た)
せっかく憧れの恩人が通う学校に進学出来たのに、結局は引きこもる日々なってしまったコトリは、毎日目を赤く腫らすほどに泣いていたのだが、そんな日々が変わるきっかけも、やはり恩人であった。
それは、奇跡だったのだろう。
なんと、恩人はコトリと同じ一年B組の生徒であり、登校してこないコトリを心配してお手紙を書いてくれたのだ。
凛とした力強い筆記で書かれている言葉の一つ一つは、コトリを心配する気持ちが籠もっており読んでいるだけで力が沸いてくるモノだった。(ちなみに、一緒におそらく同じクラスの女子生徒が書いてくれたモノであろう手紙も届いたが、こちらは、それなりに、まぁ、ありがたかった)
そんな手紙が10通以上貯まった時だ。
とうとう、恩人がコトリの家にやってきた。
あの、夏の日をコトリは今でも覚えている。
手紙で、遊びに行きたいと書いてくれて、鍵の開いた扉の前で、いつまでも座っていたコトリを立ち上がらせて……いや、迎えに来てくれた命の恩人。
駕篭 獅子斗。
彼には、恩がある。
だから、助けないといけない。
守らないといけない。
望みを、叶えてあげたい。
そのためには、戦わないといけないのだろう。
たとえ、クラスメイトが相手でも。
「……『鳥籠女(かごめ)』」
コトリが手を伸ばす先にいるのは、常春 清。
一年B組のクラスメイトで、今は敵だ。
悲しいことに。
彼女は、いきなり現れたかと思うと、コトリを草木も生えていない広野のような場所に連れてきたのだ。
シシトもいない、場所に。
「シシトの所に戻して、早く」
セイがどうやってコトリを広野のような場所に運んだのかコトリは分からなかったが、連れてきたからには、戻せるはずだ。
というか、戻せないと許せない。
だから、コトリはセイの首に『鳥籠女(かごめ)』の檻を巻いた。
少し力を込めればセイの呼吸を止め、血流を止め、意識を失わせることが出来る。
その気になれば、首を切り落とすことさえたやすい。
生殺与奪の権利を握って、コトリはセイを脅す。
「早く戻さないと……死ぬよ?」
じりじりと、黒い檻がセイの首に食い込んでいく。
まだ呼吸は出来るだろうが、その圧迫感はかなりの恐怖のはずだ。
以前、セイはこの『鳥籠女(かごめ)』で意識を失ったこともあるのだ。
しかし、なぜかセイは余裕の笑みを浮かべている。
「あの男と切り離した途端、首を絞めて脅す……か。捕まっていた時も思ったけど、好戦的過ぎない? そんな大人しそうな見た目なのに」
「……ふざけているの?」
セイの首を絞める檻の力が強くなった。
「その気になれば、首を切り落とすことも出来るの。早く私をシシトの所へ連れて行って」
コトリの顔はほとんどその長い髪の毛で隠れているが、しかし目は鋭くセイを睨みつけている。
だが、セイの表情は変わらない。
笑みを浮かべたままだ。
「首を切り落とす、か。やってみれば? まぁ、私を殺したあと、どうやって戻るつもりなのか知らないけど」
「……え?」
「もしかして、私を殺せば戻れると思った?そんなわけないでしょ? 私が連れてきたのに。もっとも、私も山田先輩に許可をもらっているだけなんだけど。こんなことも分からないか……ちょっと、バカじゃない? アンタ」
ふっと、笑みを深めたセイに、コトリの怒りは膨れ上がる。
「なめるなぁ!!」
コトリはギュッと力強く手を握りしめた。
『鳥籠女』の動きは、コトリの手の動きと連動している。
つまり、コトリが手を握りしめたということは、限界の力で檻を閉めたということだ。
セイの首を切り落とすような力で、全力で。
「……っ!?」
しかし、コトリは異常事態に気が付いた。
セイが笑みを浮かべたまま、変わっていないのだ。
顔が苦悶の表情を浮かべることもなく、驚きながら頭が落ちることもなく。
何も変わらない。
「……ふぅ。一度痛い目を見せられた方法が、こうも無力だとちょっとスッキリするというか……気分がいいわね」
「な……んで……」
「なんでって、方法を説明する理由もないし、義理もないから言わないけど。というか、疑問を出すのが遅くない?」
「え?」
「首を絞め始めた時から、普通に会話していたでしょ? その時点で気が付くべきじゃない?」
「う……っるさい!」
敵に指摘され、その内容に反論出来なくて、コトリの怒りは困惑と混ざり合う。
混乱を絶叫で誤魔化して、コトリはさらに『鳥籠女』に力を込める。
しかし、セイの首には一ミリもめり込んでいくことはなかった。
「なんで……なんで!」
「……はぁ」
セイが、困惑しているコトリを見て軽く目を閉じる。
そして、息を吐くと、首に巻かれている黒い檻にヒビが入った。
「そ、そんな……『鳥籠女』が……」
ビシリと走った亀裂は徐々に大きくなり、ついには『鳥籠女』は完全に壊れてしまった。
ポロポロと黒い檻の残骸がセイの首もとから落ちていき、消えていく。
「さて……と。そろそろ先輩に頼まれたことをしないと」
首を左右に振って、セイは体を伸ばした。
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