第343話 ユイが求めたのは……

「この世界にあなたを連れてきたのは私ですよ? 山田先輩が作った別の世界へ往来することが出来るのは当然じゃないですか」


 ユリナが手を広げると、明らかに別の場所だとわかる空間が、人の大きさほどの円状で現れた。


 その円の中を通れば、おそらくはコタロウが作った別の世界に行けるのだろう。


「あなたの竜巻も、空間さえも破壊しそうな破壊力でしたけど……実際に破壊する能力なんてないでしょうからね。別の世界に逃げてしまえば、どんな攻撃も無意味です」


「……ふ……ふざけるなぁ!!」


 ユイは再び『颶風の精霊槍(シルフィード)』を握りしめ、竜巻を起こす。


 しかし、その規模は先ほどの竜巻に比べるとかなり小さい。


 それこそ、つむじ風のようである。


「卑怯だ! そんなの!」


「卑怯と言われましても……普通に考えれば分かるでしょう?」


「うるさい! アンタの『氷』よりも私の『風』の方が強いのに……そんなの卑怯に決まっている!!」


「あなたの『風』は、どう考えてもアレの……いや、この話はいいですか」


「うるさいうるさいうるさい!! 私がキョウタを好きとかデタラメも言って……うそつき!卑怯者」


「好き云々は、別にうそはついていないと思いますけどね。……ああ、でも一つだけそうでもない話がありますね」


 ユイの言葉に、何かを思い出したようにユリナはポンと手を打つ。


「うそではないですが、一つ言い忘れていた事がありましたよ」


 ユリナはそう言うと、氷で出来た棒付き飴状の杖をユイに見やすいように掲げる。


「今の私たちの戦い。あなたの『風』は私の『氷』を破壊しました。粉々に。でも、私の武器は『氷』じゃないんですよ?」


「……どういう意味?」


「この杖の名前は『デンキアメ』シンジが『神体の呼吸法』で作った溶けない氷と、銀ランクの武器、『魔雷の杖』を組み合わせた武器です」


「だから、それがどうした……」


 そこまでいって、ふと、気になることがあり、ユイは上空を見た。


 音が聞こえる。


 先ほど、竜巻を作ってから生じている『黒い雲』から、ゴロゴロと。


「一応私たちは花の女子高生ですからね。聞いたことはあるでしょう? いえ、そういえば成績は良いんでしたっけ? 駕篭獅子斗に勉強を教えるために。だったら、知っていますよね」


 ユリナが、杖を上空に向けた。


『デンキアメ』を。


 そこで、ユイはようやくユリナの狙いに気がつく。


「……っ!シルフィ……」


「『天ノ霹靂(アメノヘキレキ)』」


 空気が膨張することで生じる轟音が鳴り響き、強烈な光が世界を白く変える。


 光が収まると、その中心にいたユイは、全身が真っ黒に焦げ付いていた。


「……かっ……」


 そのまま、ユイは力なく地面に倒れ込む。


「『雷』は空にある氷の粒から発生するといいます。『神体の呼吸法』で私の『神』をたっぷりと込めた氷を砕いて出来たあの積乱雲。しっかりと『雷』を作ってくれました」


 ユリナは、満足げに微笑む。


「つまり、私たちの勝負は『風』と『氷』ではなく、『風』と『雷』だったわけです。ごめんなさい。騙したわけではないですが……まぁ、あなたがマヌケだったということで」


 謝罪の言葉をユリナは口にするが……その目は冷たくユイを睨みつけていた。




「か……かか……」


 ユイは全身が黒こげになりながらも、まだ生きていた。


 ピクピクと痙攣しているが、意識もある。


 命に別状はないだろう。


 雷が直撃したのなら、通常は命を落としていても不思議ではないのだが……ユイはレベルを上げている。


 雷が直撃しても生きていた人間の話は一応存在するのだ。


 今のユイの耐久力は、通常の人間と比較にはならない。


 だから、死ななくても不思議ではないだろう。


「しかし、許されるかは別問題」


 雷の衝撃と熱で、チカチカと瞬くような意識の中で、そんな声をユイは聞いた。


 そして、その声に反応するまでもなく、新しい衝撃がユイを襲う。


 衝撃は、右腕に発生した。


『颶風の精霊槍(シルフィード)』を握っていた腕。


 そこが、吹き出るように熱い。


「え……あ……? え? はぁ……?」


 ユイは、何とか目を動かした。


 右に、自分の腕に。


 すると、なぜか自分と目があった。


 醜く焼けただれている自分の顔。


 それが、どうしてか自分の右腕があるはずの所にある。


 なぜ、自分の顔があるのか。


 その顔の正体が、斧だからだ。


 白く鋭く磨かれた斧が、ユイの右腕を切断して、地面に食い込んでいた。


「あ……あ……うえ? うぇが……? うでぇが……!?」


「まずは一本」


 そんな声が聞こえると、斧が持ち上げられる。


 斧がなくなると、無惨に切り落とされたユイの腕が、地面に転がっていた。


 そのユイの腕を切り落としたのは、白い斧を背負っているユリナである。


 白い斧は、『デンキアメ』の形状を変化させた物だ。


「残りは四本。面倒ですね」


 ユリナは、淡々と続ける。


「左腕に右足、左足。そして……首」


 そのユリナの発言は、全身を火傷し、右腕を切り落とされたユイでさえ、心胆を寒からしめるのに十分な声色であった。


「次は……じゃあ足で」


 ユリナがゆっくりと斧を持ち上げる。


 白い斧には赤い液体がこびりついていた。


 その血は、ユイの血液である。


「ひ……ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 チカチカと朦朧していたユイの意識が完全に覚醒する。


 そして、反射的に体を起こすと、全速力で駆けだした。


 陸上部の脚力で、全速力で。


 右腕を失い、クラウチングスタートは出来なかったが、それでもこれまでの自己記録よりも数倍速い速度で、ユイは駆ける。


(助けて!助けて!助けて!)


 心の中で、助けを叫びながら。

 誰に助けを求めるのだろう。

 様々な人の顔が浮かび、消えていく。


「……キョウタ」


 そして、ユイが助けを求めたのは、自分が殺した男の子だった。

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