第342話 ユイが怒る
「私が、キョウタのことを、好き? いや、なに言っているの、ユリナちゃん。そんなわけ、ないじゃん」
「動揺しまくりですね。あんなにバレバレだったのに。自分では気づいていないのが滑稽です」
「だから! そんなわけないって!!」
「そうですか? ちょくちょく二人で何かたくらんでいるとき、実に楽しそうでしたよ? それこそ、駕篭獅子斗と二人でいるときよりも、ね」
「違うって言っているじゃん!」
ミシリと、何かが歪む音が聞こえたかと思うと、ユイが槍を振るった。
槍が纏っている風の量は、先ほどとは比較にならないほどに大きい。
「……っ!『アイスポップ』」
ユリナは飴状の巨大な氷の柱を出すが、ユイの風によって粉々に砕かれてしまう。
その間にユリナはすぐに後ろに飛び、ユイの槍を避けた。
氷の柱のかけらがキラキラと風に舞って上空にあがっていく。
「……おやおや。駕篭獅子斗を心配しているときは砕けなかった『アイスポップ』が、土屋匡太の話をしたときはバラバラになりましたよ。つまり、図星ってことですよね?」
氷の柱を砕かれたというのに、ユリナはユイへの挑発をやめなかった。
「だから! 違うって! わからないかな!?」
ユリナの挑発に、明らかに冷静さを欠いているユイは、イライラの感情を隠そうともしない。
「私の好きな人は! シシトなの! 好きな色も、匂いも、言葉も、全部全部シシトなの! 私はシシトのお嫁さんになるの! キョウタのことなんて! 全然! なにも! 感じていない!」
ユイの言葉に、しかしユリナは冷静に返す。
「そうやって思いこまないと、耐えられなかったんでしょう? だって、土屋匡太を殺したのは、貴方ですよね? 岡野ユイさん?」
「ち!! が!! う!!」
ユイが吠えた。
槍を地面に叩きつけると、竜巻のような強風が発生する。
「違う! ちがう! チガう! ちがうちがう違う!! キョウタを殺したのはセイちゃん! セイちゃんがキョウタを殺したの! 私は何もしていない! シシトも言っていた! 間違いない!!」
「死鬼化した土屋匡太の角を折ったのはセイのようですが、そのまえに殺したのは貴方でしょう。状況から考えて。ああ、でもだから死鬼は死んでいない、なんて馬鹿げた考えが貴方たちの間で主流になっているのですか。現実をみようとすれば消えてしまいそうな思想ですが、少しでも罪悪感を無くそうとした結果、あのバカな駕篭獅子斗の思考を増長させ、思い上がらせた。駕篭獅子斗は駕篭獅子斗で、セイを傷つけた罪悪感から逃れるために死鬼は死んでいないという思考を持ったようなので……お似合いですね、おめでとう」
「うるさあああああああああああい!!」
ユイが槍を振るうと、小型の竜巻がユリナに向かって襲いかかる。
「『アイスポップ ディスプレイ』」
ユリナは氷の柱を幾重にも生成して、竜巻の進行を阻んだ。
氷の柱はかき氷機で削られるようにガリガリと音を立て、氷の結晶に変わっていく。
「うるさい。なんて、祝福したじゃないですか。駕篭獅子斗と貴方はお似合いだ、と。喜ぶべきところでは?」
「うるさいうるさいうるさいうるさい! もう、ユリナちゃんなんて嫌いだ! 絶対にシシトのハーレムに入れてあげない!!」
ユイが呼び出した竜巻はより大きく、強くなっていった。
その強さは、町を一つ破壊できるほどに強大であるだろう。
ユリナが作り出した氷の柱も、一本一本が5階建てのビルほどの大きさがあるが、竜巻の進行をくい止めるには心許ない。
だが、ユリナの顔は笑っていた。
「ハーレム、ですか。そんなことを言っている時点で、貴方の本心がわかるんですよ」
氷の柱が砕かれる。
その度にユリナは柱を立てていくが、徐々に竜巻がユリナに向かってくる。
「気持ち悪かったのでしょう? 駕篭獅子斗に実際に抱かれてみて。ずっと一緒にいて、兄のような、家族のような。そんな男の子に抱かれて。好きだったのでしょう。夢を見ていたのでしょう。でも、嫌悪が発生した」
竜巻が、さらに大きくなった。
黒く変色し、急激に温度が下がっていく。
「当然と言えば当然です。貴方と駕篭獅子斗は家族のように過ごしていた。そして、家族に対して性的な欲求が発生しないのは当たり前の反応でしょう。ウェスターマーク効果、でしたっけ? そんな学説もあるくらい、当然の反応です」
安心してください、とユリナが付け加えた瞬間、竜巻の風量が明らかに増した。
その様子を見て、ユリナはさらに笑みを深めていく。
「一方、土屋匡太に対して、恋心を抱く。これも当然。だって、一緒になって大切な、大好きな、弟のような、家族のような男の子を守ってくれていたんですから。守る相手と守ってくれる相手。どちらが頼りになるのか、好きになるのか。母性本能、なんてありますが、それも限度があるでしょう……限度といえば、そう、これは仮説ですが土屋匡太は、駕篭獅子斗を殺そうとしていたんじゃないですか?」
ユリナの指摘に、竜巻が一瞬弱くなった。
「一緒に大切な人を守ってくれる人が、裏切った。だから殺した。後悔した。貴方の一連の感情を、欲望を、表すとこんな感じでしょうか。まぁ、悲劇なんでしょうね。大切な人を失っている話なんですから。でもね……」
ユリナは、鼻で大きく笑った。
「心底どうでもいいですね。気持ち悪い。駕篭獅子斗と一緒に、さっさと死んでくれませんか?」
「あぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
心の底の奥。自分自身にも隠してきた、ごまかしてきた感情、欲望をさらけ出され、指摘されて、なのに最後は否定のうえに罵倒された。
岡野ユイの怒りは頂点に達し、その感情を表すように『颶風の精霊槍(シルフィード)』が作り出した竜巻は強大になっていく。
まるで、空間そのものを削り壊すかのような猛烈な勢いで風は周り、全てを粉砕する。
「死ね! おまえは! 死ね!!」
ユリナを守るように建っていた氷の柱、その全てが、一瞬のうちに砕けていく。
ユリナの姿は瞬く間に竜巻の暴風に飲まれ、そして姿を消した。
竜巻が消えた後には、何も残っていない。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
大きく呼吸するユイの息が白い。
竜巻と砕けた氷の粒によって、気温が急激に低下している。
髪の毛の先が凍るほどの温度に、しかしユイは反応しない。
「……違う。違う」
周囲の事を気にかけるほど、余裕がないからだ。
「私がキョウタの事を好きだった? 違う。私がキョウタを殺した? 違う。違う、違う。全部、違う」
否定し、拒否をしても、しかし残るユリナの指摘。
特に、粘ついて離れない言葉。
『シシトに抱かれるのは、気持ち悪い』
「……うっっっぷ!」
こみ上げてきた吐き気を押さえきれず、ユイはその場で盛大に吐いた。
ここ最近、ずっとこうだ。
吐いても吐いても収まらない気持ち悪さ。
シシトに抱かれてから、ずっと続いている。
時間が経てば経つほど、回数を重ねれば重ねるほど、強くなっていく嫌悪感。
「……違う。これは、違う。私は、シシトの事を気持ち悪いなんて思っていない。私は、シシトの事が大好きだ。シシトの事を守るんだ。シシトは好きで、シシトが……シシトが……」
ユイは、シシトの姿を確認出来る空間の窓に目を向ける。
そこでは、シシトが勇敢に戦っていた。
殺人鬼である明星真司を相手に、一歩も引かず、戦い続けている。
今も、シンジの拳が、シシトの顔面に突き刺さった。
「助け……ないと」
攻撃されているシシトを見て、振り絞るように、義務のようにユイはつぶやく。
「シシトは大切な人で、大好きな人で、家族で、恋人で、大好きな人で、弟で、兄で、守りたい人で、だから助けないと……ずっと助けてきたんだ」
一歩だけ踏み出して、ユイの足はそこで止まる。
吐き気で、視界が歪む。
なぜか自然と、おなかに手を当てていた。
「キョウタ……」
「そこに土屋匡太はいませんよ?」
ユイは背後から聞こえてきた声にあわてて振り向く。
「……なんで、生きて……」
振り向くと、怪我一つ無く平然とユリナが立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます