第341話 ユリナがユイと戦う
「ハァアアアア!!」
少女が緑色の槍を振り回すと、その動きに従うように風が巻き起こる。
色もなく、形もない、ただの空気の流れであるはずなのに、その濃度からまるで旗のように風の流れが見えていく。
『颶風の精霊槍(シルフィード)』
岡野ユイが操るこの風の槍の一撃は、鉄筋のビルさえ破壊する。
重ささえ感じるほどに濃縮された風の一撃は、しかしすぐに霧散した。
突如現れた巨大な氷の柱によって。
「『アイスポップ』」
氷の柱の先には、巨大な球体がついている。
その柱を生み出したのは、氷の柱を小さくしたような……つまり、巨大な棒付き飴のような杖を持つ少女、水橋ユリナだった。
「……ねぇ、ユリナちゃん。いい加減こんな変な所から出してくれないかな?」
ユリナとユイは今、コタロウが作った別の世界にいる。
広がるのはただの広野であり、草木一本生えていない。
ただ、シシトとその仲間たちを分断させる為だけに作った場所である。
自身の攻撃をあっけなく無力化されたにも関わらず、とくに動揺することもなかったユイは、軽く後ろに飛んで距離を取ると、槍を肩に乗せてニコリと笑っていた。
一方、ユリナに笑顔なんてない。
「ユリナちゃん、なんて気安く呼ばないでくれないですか?」
「えーいいじゃん。友達でしょ? 私たち」
「友達? 何を言っているんですか? 冗談でも気持ち悪いのでやめてもらいたいのですが」
「ええ!? 私は友達だと思っているのにー!夏のキャンプとか、一緒に行ったじゃない。楽しかったよねー皆で花火をしたり、星を見たり、ロナちゃんのクルーザーで魚釣りをしたりさ」
ユリナの拒絶に対しても、ユイはニコニコとしたまま会話を続ける。
「夏のキャンプとか、いつの話をしているんですか?」
「そんなに前の話じゃなくない? 半年も経ってないと思うけど」
「時間の問題ではなく、関係の話です」
ユリナは数メートルほど離れた場所にある空間に目を向ける。
そこには、戦っているシンジとシシトの様子が映されていた。
「どちらの味方をするか……もう、徹底的に立場が違うでしょう。私たちは」
シンジの味方であるユリナと、シシトの味方であるユイ。
皆まで言わなくてもわかるだろうユリナの言葉に、しかしユイは首を傾げる。
「うーん、そうかなぁ? あ、そうだ。じゃあいい提案があるよ」
ポンと手を打ったユイは、ニヤニヤとしながら、距離があるのになぜか口の横に手を当てて、ひそひそとささやくように言った。
「ユリナちゃんも、シシトのハーレムに入りなよ。大丈夫。私からシシトには言っておくから」
ユイの言葉は、考える余地もなくユリナの地雷だった。
ピキピキと、ユリナの足下から音が鳴る。
「……また、その手の話ですか」
「ん? どしたの?」
「なんでしょうね。私はそんなに誰かのハーレムに入りたがってるように見えるんですかね? ハーレムなんて、普通に考えればおぞましいでしょうに」
「んー? もしかして、マドカちゃんのこと気にしている? 確かに、シシトはマドカちゃんに異様に執着しているからねー。でも、心配しないで、私がちゃんとシシトに平等に愛するように伝えてあげるから……」
ビシっとユリナの足から何かが割れる音が聞こえた。
割れたモノは地面。
その地面を構成する岩石。
巨大ないくつもの岩石を割ったのは、ユリナの氷だ。
「元々、そこまで仲が良かったわけでもないので、適当に『シンジのお願い』だけ叶えて終わらせようと思っていたのですが……気が変わりました。地獄を見る前に、泣かせてあげましょう」
「あれ? もしかしてユリナちゃん怒っている?」
ユイの問いに対して返事をするようにユリナは凍り付いた地面に杖を叩きつける。
「ええ、随分と前から」
杖を起点にして、氷の道がユイに向かって走っていく。
「えー、なんでよー私嫌われるようなことをしたかなー」
「……怒っていると聞いてきた気がしますが、でも、そうですね。私は貴方に怒っていますし、そして嫌いです」
「なにそれ、ヒドくない?」
ヒドい、と嘆くくせに、ユイの顔は笑っている。
その顔に向けて、ユリナの杖から伸びている氷の道から氷で出来た棒付き飴が、銃弾のように放たれた。
「『アイスバレット』」
鋭く速い氷の銃弾を、しかしユイは難なく叩き落とす。
「私はこんなにもユリナちゃんのことが好きなのにーくすん」
先ほどの攻撃のことなど忘れたかのように、ユイは平然と会話を続ける。
エンエンと涙もでていない、嘘泣きとも言えないようなマネをして、ちらりとユリナの方をみた。
そんなユイの様子は、まるで女子高生が学校で戯れているかのようで……今のユリナたちの間柄にはふさわしくない光景である。
このユイのそぶりは、間違いなく『余裕』から来たものだろう。
さきほどユリナがユイの攻撃を見事に防いでみせたというのに『余裕』とは、よほど余力が残っているのか。
もっとも、そんなことよりも重要なことにユリナは当然気づいていた。
(……ケタケタ笑って。大好きな駕篭獅子斗が、あんなことになっているのに)
今、別の世界でシシトはシンジにボコボコに殴られている。
レベル差のせいで、実際にはシシトにそこまでのダメージは与えられていないのだが、しかし『好きな人がされている行為』だとするのなら、とても『余裕』など見せる状況ではないはずだ。
だから、つまりだ。
「私のことが『好き』ですか。貴方が本当に『好き』だった人は、親友の『土屋 匡太(つちや きょうた)』でしょう?」
「…………ハアァ?」
ニコリと微笑んだユリナに対して、ユイの顔はこれまでに見たことがないほどに、凶悪に歪んでいた。
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