第340話 輸送機にいた女達が……

「何? お姉さん?」


「明星がマトモ!? そんなわけないでしょ! あのキモいオタクが!」


「ちょっと荒尾さん。落ち着いて……」


 声を上げているのは、やけに胸の大きな女性……シンジの同級生だった、荒尾桃である。


 彼女をなだめようとしているのは、川田や田所の友人である田口だ。


「うるさい! なんなのよ! ようやくあの明星を殺せるかと思っていたら、変なガキが乗り込んでくるし……」


「……明星さんを殺す?」


 ヒロカは、一歩だけモモに近づいた。


「な、なによ。何、私も殺す気?」


「一応、女の人と、悪いことをしていない人は残すつもりだったけど……」


 ヒロカの返答を聞いているのか、いないのか、モモはそのまま声を張り上げる。


「やっぱり、明星なんかについている女はマトモじゃないわね! あの常春清って子も、バカみたい! 明星なんかを信じるからあんな映像撮られるのよ!」


「そ、そのとおり。明星なんて人間のクズの味方をしているなんて、アンタたち、やっぱりおかしいんじゃない? 洗脳されているのよ! 洗脳!」


 モモの言葉に賛同するように、もう一人女性が出てきた。


 彼女の名前は山口紗枝。


 シンジと同じクラスだった女性である。


 ほかにも輸送機に乗っていた女性たちが、シンジのことを罵倒し始める。


 彼女たちは皆、シンジと同学年の女子生徒たちだった。


「明星さんが三年の女子にいじめられているって聞いていたけど……」


「ここまでヒドかったんだ。私たちの学年でも、何人か嫌っているって話はあったけどね」


 シンジが高校の時、女子生徒たちから嫌われていたという話を聞いていたミユキとミナミは、モモたちの様子を見て、苦笑いを浮かべている。


 シンジが女子たちに嫌われていた理由は、それこそ洗脳のようなモノに起因しているのだが、しかしそれもいい加減薄れているはずなのである。


 しかしながら、ここまで彼女たちがシンジに対して罵倒を繰り返しているということは、おそらくは洗脳が本当に変わったのだろう。


 思った事は、思いこんだ事は、例え事実でなくても本当になることがあるのだ。


「いいかげんにしてください!!」


 次々と輸送機にいる女性たちからあがるシンジに対する罵倒に、ネネコが声をあげる。


「なんなんですか、あなたたちは……明星さんのような優しい人に対して、よってたかって……」


「優しい? どこが? ただのキモいゲームオタクでしょ」


「そうそう。それに私は明星に殺されたのよ。一度」


「……え?」


 モモの反論に、ネネコは言葉を失った。


 後ろで聞いていたミユキもミナミも同様だ。


「私も。殺人鬼ってシシト君が言っていたけど、本当にそうよ。あんな男に殺されたのかと思うと……」


 げぇーと顔を崩した後、モモとサエは笑い合う。


「本当、殺されるならコタ君が良かった。あんな奴じゃなくて」


「これでわかった? どっちがおかしいのか。わかったらさっさと出て行きなさいよ!」


 モモとサエの言葉をきっかけに、輸送機で女性たちは声を上げ始めた。


 そのほとんどはシンジに対する罵倒であり、輸送機にいた男性たちを殺したネネコたちに対する非難だ。


 敵対者とはいえ、セラフィンの技能の影響を受けている人などを考慮し、元々ヒロカとネネコは輸送機にいる人を全員殺そうとは思っていなかった。


 学院にいた男性などだけを殺して、残りは生かしておこうとしていたのだが、輸送機には女性もいて、その女性たちがここまでシンジに対して敵意を持っていると思わなかった。


 しかもその理由が、シンジが彼女たちを殺したという強固なモノであるなど思いもしなかったのだ。


 ゆえに、ネネコには迷いが生じた。


 元々、この輸送機は大して重要なモノではないし、シンジも放置していてかまわないと言っていた。


 ただ、何か手伝いたかったのだ。


 今日、死んでしまうというシンジが、死なないために。


 やれることはやりたかった。


 しかし、そんなシンジが人を殺したという。

 にわかには信じがたい言葉に、ネネコは完全に思考が止まってしまうが、逆に動いた者もいた。


 ヒロカだ。


「ねぇ、お姉さんたち……明星さんがお姉さんたちを殺したって、本当?」


「ええ、そうよ。まったくあんな気持ち悪い男に殺されるなんて、本当に最悪……」


「なら、なんで笑っているの?」


 ヒロカの指摘に、モモとサエが一瞬止まる。


「……は? 笑っている? 私がいつ笑ったっていうのよ」


「さっき笑ったでしょ? まぁ、それはどうでもいいんだけど……明星さんに殺されたって、どうやって?」


「はぁ? どうやって殺されたって……あれよ、ほら。アイツが私にホウキを投げてきて、それに当たって……」


「ホウキで死んだの? ダサッ」


「は? そんなわけないでしょ! このガキ!」


 ヒロカが嘲笑したことに、モモが反応する。


「そんなわけない? じゃあどうやって殺されたの? 言ってみてよ。ホウキじゃないんでしょ?」


「は? だから……アイツが……」


 ヒロカの質問に、モモは目を泳がせていた。


 それは、どう見ても今話を作っている者の目であり、つまりは嘘つきの目。


 モモの様子を確認したあと、ヒロカはサエの方を向く。


「そっちのお姉さんは? どうやって明星さんに殺されたの?」


「私は、アイツに見殺しにされたのよ。死鬼がいる部屋に残されて、助けてって呼んだのに!」


 自慢げに、誇るようにサエは言った。


 そのことにヒロカは当然気づく。


 なので聞いた。


「お姉さん、明星さんの事が嫌いなんだよね? なのに、助けてって呼んだの?」


 ヒロカの問いに、サエは言葉が詰まった。


 モモも、サエもおかしいのだ。


 自分が殺された話なのに。


 嫌いな男に殺された話のはずなのに。


 なぜこうも誇れるのか。


 なぜ笑えたのか。


 決まっている。


 陥れることが出来るからだ。


 シンジを。


 その喜びが、隠し切れていないのだ。


「明星さんは、女性は殺さないって言っていた。本当は、助けようとしていたんじゃないの? 明星さんは。なのに、お姉さんたちは明星さんを拒んで死んだ。違う?」


「そ、そんなわけないでしょ! あんな奴が!」


「それに、仮に助けようとしていたとしても、そんなの明星のくせに生意気でしょ! バカじゃないの!?」


 反論になっていない二人の言葉に、ヒロカは目を閉じる。


「……わかった」


 ヒロカは翼を出した。


 黒い翼。


 ドラゴンの翼。


 その黒い色は、ヒロカの心の発露である。


「わ、わかった? そう。明星のクソが極悪人だってわかったなら、大人しく帰って……」


「山田さんに言われた。『誰』を守り、どう『助けるか』って。ヒーローは『正義の味方』でしかない。じゃあ、『誰』の味方をするのか」


「や、山田って、もしかしてコタくんのこと!? ど、どこにいるのコタくんは!!」


 コタロウのことに反応して、モモがヒロカに詰め寄る。


 そんなモモに、ヒロカは手を向ける。


 黒く変わった手を。


 ドラゴンの爪を。


「私は、その『誰』かを『女の人』だと思っていた」


 そのまま、ヒロカは手を振り下ろす。


 鋭利な爪が生えたヒロカのドラゴンの腕は、綺麗に切り裂いた。


 モモを、縦に。


「…………あへぇ?」


 切られたことに気が付かないまま、モモの身体は二つに別れ、崩れ落ちる。


「……へ?」


 サエを含む輸送機にいた女性たちは皆、声を失った。


 何が起きたのか、理解が出来なかった。


「でも違った。わかった。『女の人』でも、クズはいる。コイツみたいに……コイツらみたいに」


 ヒロカは輸送機にいた女性たちを睨みつけた。


 人など簡単に切り殺せる爪を見せつけて。


 そのとき、ようやく女性たちは自分たちの死の危険性を理解する。


 ヒロカたちは輸送機にいた男性たちを殺したが、しかし、女子小学生だった。


 だから、どこかで思っていたのだ。


『女性である自分たちは殺されることはない』と。

 だから、堂々とヒロカたちを非難したし、反抗した。

 生意気なガキに現実を教えてあげる、そんな気持ちで。


 しかし、それは大きな間違いだった。


 ヒロカもネネコも地獄を見て、味わい、体験した。


 そして、そこから救われたのだ。


 彼女たちが非難し、罵倒した、シンジに。


「な……なにしているのよ! アンタ、いま自分が何をしたのかあぁあああぁぁぁぁぁ……ぁ?」


 モモを殺した事に驚き、ヒロカに説教しようとしたサエの下顎が消し飛ぶ。


 下顎だけでなく、その後ろにある首も綺麗になくなった。


 頭部の上だけが少しだけ宙に舞い、そして落ちた。


 飛び散る血を少しも気にせず、ヒロカはネネコに告げる。


「やっぱり、この輸送機にいる人は皆殺そう。そして落とそう。それでいいでしょ?」


「……うん。そうだね。そうしよう」


 逃げる間も、抵抗する間もなく、輸送機にいた者は全員死んだ。


 女性も男性も関係なく。


 最後には輸送機ごとヒロカが消滅させたが、そのヒロカにネネコは聞いた。


「……私たちって、ヒーロー……『正義の味方』なのかな?」


「いや、『正義』はあの輸送機にいた人たちが名乗っていたでしょ。私たちは……『明星さんの味方』だよ」


 この答えをシンジが知ったら、きっと悲しむだろう。


 そう思ったヒロカは、とても寂しい気持ちになった。

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