第337話 話合いが続く
(……ああ、やっぱり)
払ったシシトの血。
その血に少しだけ自分の血も混ざっていることにシンジは気づく。
もっとも、その結果はシシトをみた時から予想していたが。
(予想外は話の通じなさだが……)
シシトは、シンジに殴られ出血していることに困惑しているようだ。
なるべく、今のうちにシシトが関心を持ちそうな内容で話をふるほうがいい。
「なあ。気にならないか? お前が……」
(って、この段階で攻撃してくるつもりかよ!)
片手で鼻を押さえながら、シシトがシンジに銃口を向けている。
『気にならないか?』の『か?』の時点。
10文字話した時には攻撃する気満々になっていた。
殺意が高すぎる。
「この……卑怯者がぁああああああああ!」
素手のシンジに対して、シシトは銃で攻撃しながら叫ぶ。
卑怯の基準がよくわからないが、シシトが一発目の弾丸を放っていたときには、すでにシンジはシシトの懐に回り込んでいた。
空いていたわき腹に、左フックをぶち込む。
「ぐふっ!?」
苦悶の声を上げるシシトと同じように、シンジも左拳に衝撃を感じていた。
(まるで、巨岩に巻き付けられたゴムの固まりを殴るような感触。間違いない。こいつのレベルは99。カンストしている)
それは、コタロウと同じ人類の到達点の一つだ。
ステータスに防御力は存在しないが、HPはある。
高すぎるHPは、攻撃する側にもダメージを与えるほどに強靱だ。
もっとも、そのステータスを突破する方法をシンジは身につけているのだが。
シンジの左フックを受けて苦悶するシシトの腹をシンジは蹴り上げる。
「ご……げぇ!?」
体内のモノを盛大にぶちまけ、シシトはジタバタと暴れる。
(『神体の呼吸法』の効果は絶大……と)
シンジの現在のレベルは24。
シシトに殺され、下がったレベルを上げたがこれが限界だった。
しかし、それでも推定レベル99のシシトにダメージを与えることが出来ている。
その秘密が『神体の呼吸法』。
『神体の呼吸法』による心身の強化とレベルによるステータスの上昇は、『次元』が違うのだ。
しかし、それでもシンジの拳に傷つく。
理由は、それほどまでに大きいシシトとのレベル差、つまりステータスの差と、シンジの『神体の呼吸法』の熟練度。
『神体の呼吸法』はステータスを上げるわけではない。
(俺もまだまだ、ってことだ。真面目に特訓なんてしたの、ここ二週間の話だし。そんなことより……)
ビリビリと響く左拳と右足の様子を見て、まだ問題がないことを確認しながら、シンジは再度シシトに話しかける。
痛みに苦悶している間に、言っておきたいことがあるのだ。
「お前が今ココにいるってことはさ、仲間が……」
「うわぁあああああ!」
また叫び、シシトは攻撃してくる。
「話が進まないな! マジで!」
(こうなったら……!)
右のアッパーでシシトの顎を打ち抜くと、浮き上がったシシトの足を払いのける。
ギュルギュルと風車のように回転するシシトを、さらに頭を掴んでシンジは地面に叩きつけた。
途中でシシトは手を離したのだろう。
クルクルと、シシトの『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』が空中を回転している。
奪っておくか。そんな軽い気持ちで、シンジは手を伸ばす。
(……ヤバっ!?)
しかし『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』を手に取ろうとして、何やら察知したシンジは、そのまま『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』を手に触れることなく凍らせた。
氷は、まるで大きな電波塔のように巨大で、そのことがシンジが『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』に感じた畏怖を表しているようである。
(……なんだ、これ? ただの武器じゃない……何を仕込んでいる?)
確かに、『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』はシンジの命を奪った武器だ。
そのことで恐怖を感じることは多少はあるだろう。
だが、それだけでは解消出来ない何かが、『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』にはある。
「うおぁあああああ!」
(……先にこっちか)
『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』のことを考察する前に、シシトだろう。
上体を起こして攻撃してこようとするシシトの胸を、シンジは蹴り、踏みつける。
「ごっ!?」
地面がひび割れていく。
そんな力で、シンジは何度もシシトを踏んだ。
「げっ! ぐっ!」
(この状態なら話せるか? でも、普通に話したら、コイツは聞かない。単語だけでも興味を引くような話し方で……)
行動は読めないシシトだが、感情はわかる。
シシトが反応するのは、あの言葉。
「ロナさんって、可愛いよな」
「ぐっうう?」
何とかシンジに攻撃を加えようとしていたシシトの動きが、停止する。
(やっぱり、女の子の話題だと話を聞くのか)
さすがハーレム主人公。
『仲間』という言葉には反応がなかったのに、女の子の名前にはビンカンだ。
「あと、ユイとコトリだっけ? いいよなぁ」
「おまえ……ロナたちに何をしようとしている……がっ!」
また殴ろうとしたシシトの腕を、シンジは踏む。
せっかく話し合いが出来そうな雰囲気なのだ。
台無しにしないでほしい。
「何しようとしている、じゃなくて、もうしているんだよ。シシトくん」
「何をし……じゃ!?」
「だから話を聞け。説明するから」
また攻撃しようとしてきたシシトの顎を、シンジは蹴り上げる。
「いいか。お前が俺とここにいるように、仲間たち……いや、彼女って言った方がいいか。お前の彼女たちもそれぞれ別の空間にいる」
シシトはようやく動かなくなった。
口から血が流れているのは、さきほどシンジに蹴り上げられたからだろう。
「知りたくないか? 彼女たちを助ける方法」
「……どうすればいいんだ?」
シシトが、質問をしてきた。
攻撃ではなく、ようやくの会話の成立だ。
「どうすればいいって、その答えはずっと言っているんだけどな。『話し合い』をしようぜ? 仲良く、平和的に、さ」
シンジは、シシトに手を差し出す。
握手。それは友好のあかし。
しかし、シシトはそんなシンジの手を見てギリギリと歯を食いしばる。
「……け……な」
「ん?」
「ふ……ざけるなぁ!!」
シシトが全力で地面を殴った。
地面は揺れ、発生した衝撃でクレーターが生まれる。
「……っと。さすがにレベルカンストの奴の攻撃は凄まじいね」
シンジはクレーターの縁に着地していた。
クレーターの中心では、シシトがシンジを睨んでいる。
「何人も殺したお前が『話し合い』だなんて、許されると思っているのか? 俺は、絶対にお前を許さないし、ロナも、ユイもコトリも、皆を守る! お前を倒して!!」
「俺を倒してって、俺を倒しても別の世界にいる彼女たちに影響はないぞ?」
「お前を倒せば、こんな変な場所も消えるはずだ!」
「消えないんだけどなぁ……」
殴ってきたシシトを適当にあしらい、シンジは話し合いを続けることにする。
『鋼鉄の女神(デウス・エクス・マキナ)』は氷で封印しているためシシトの攻撃方法は素手のみとなっているが、そのことで攻撃をいなしながらでも会話が出来るようになっていた。
「待っていてくれ……! 今助けるからな!」
「助けるって……そういえばさ、お前の彼女たち、今一人でいると思っているのか?」
「どういう意味だ!?」
「お前の彼女たちは、それぞれ、俺の仲間と一緒にいる」
「仲間って……」
「セイ、ユリナ、ゆ……マドカだな。ここの光景は見られるようにしているから、あんまり俺に攻撃していると……」
「うおぉおおおおおおおおお!」
おそらく、今日一番の力を込めた攻撃。
シシトの右腕がなぜか若干光り輝きながら、シンジに向けて振り下ろされる。
まぁ、当たらないのだが。
ひょいと避けたシンジの後方で、シシトの攻撃は、衝撃だけで小さい岩山を崩壊させていた。
「な、仲間だと……!?仲間じゃない。常春さんも、水橋さんも、ゆ、百合野さんも!! お前の仲間なんかじゃない! 彼女たちは、僕のモノ……僕の大切な友達なんだ!断じて、断じて、お前の仲間なんかじゃない!!」
血の涙でも流しそうな勢いで、シシトが吠える。
これまでのアレコレがなければ、もしかしたら感動的な友情というか、愛のある光景なのかもしれないが、シシトがいうとおぞましい。
「まぁ、そんなことはどうでもいいけど」
「どうでもよくない! 彼女たちは、百合野さんたちは僕たちの友達だ! 殺人鬼の仲間じゃない!」
シシトの言葉を聞いて、シンジは終わったな、と思った。
もっと前から終わっていた可能性があるが。
今、この状況の映像は、セイたちの空間でも見ることが出来るようにしてある。
そして、今のシシトの言葉を聞いて、セイたちはどう行動するのか。
何人死ぬのか。
その答えがよぎり、シンジは目を細める。
泣きながら殴りかかろうとするシシトに、シンジは振り払うように軽く手招きをしてやる。
「とりあえず、来いよ」
セイたちには、事が済んだらここに来るように伝えてある。
それまでの間、シンジはシシトとの『話し合い』を続けるのだった。
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