第338話 輸送機で戦いが始まる
「いよいよだな」
「そうですね」
隣に座っていた大学生くらいの男性に声をかけられ、高校二年生の紙林 優太郎(かみばやし ゆうたろう)は、相づちを打った。
「ユウタロウくんだっけ? 確か、彼女を取り返しにいくとか」
「はい」
隣の男性とは訓練中に何度か話したことがあり、今回の作戦に参加する事情も聞いてもらったことがあった。
訓練……あの悪の殺人鬼。大魔王メイセイシンジを倒すための訓練。そして作戦。
「知らなかったとはいえ……僕は彼女をメイセイシンジに預けてしまいました」
ユウタロウは、シンジ達が通っていた女原高校で生き残った生徒の一人だ。
高校を去る前に生き残った生徒たちに対して、シンジは保護していた死鬼になっている女子生徒たちの関係者がいないか聞いていた。
そのとき、ユウタロウはシンジが保護している女子生徒の中に自分の彼女がいることに気がついていたが……そのままシンジに預けたままにしてしまったのだ。
「だから、助けにいかないと……まさか、メイセイシンジがあんな凶悪な奴なんて思いもしなかった。あのやろう。保護するなんて言いながら、どんなことをしているか……」
「彼女さんの名前は、ミナミちゃん。だっけ?」
大学生くらいの男性の質問に、ユウタロウはうなづく。
「はい。豊橋南。優しくて、大人しくて、僕の言うことなら何でも聞いてくれました」
「へー……可愛いの?」
「はい。とても」
「じゃあ、再会したら紹介してくれよ」
「もちろん」
ユウタロウは、特に何も考えずに男性のお願いに快諾する。
「そういえばお兄さんは……何で今回の作戦に参加するんですか?」
「俺は……あの雲鐘学院にいたからさ。門番とかしていたんだけど……女の子を助けたいじゃん? それだけ」
「助けたいって……」
「助けられなかったからな」
「あ……」
ユウタロウは、口をつぐんだ。
雲鐘学院にいた男性たちは、全員ガオマロ……つまり、メイセイシンジに命じられて労働をさせられていたとユウタロウは聞いていた。
労働の内容は多岐に渡り、門番や食料調達、魔物の退治から、捕らえられていた女性の虐待までさせられていたらしい。
今回、メイセイシンジとの戦いにおいて、雲鐘学院にいた男性たちが多く参加している。
「俺たちはさ、後悔しているんだよ。メイセイシンジから女の子たちを守れなかったことを。だから、取り返すんだ。女の子たちを。なぁ、そうだろ?」
男性の声かけに、周囲にいた雲鐘学院にいた男性たちが反応する。
「ああ。今度こそ女の子を守らないとな」
「あんなことしやがったんだ。アイツには痛い目を見せないと」
「可愛い子ばっかりなんだろ? 楽しみ……いや、助けてやらないとな」
「ああ、こんどはバッチリ保護してやるぜ」
これから、メイセイシンジという巨悪と戦うというのに男性たちは頼もしくも笑っている。
そんな彼らを見て、ユウタロウも元気づけられた。
「がんばりましょう。彼女と会えたら真っ先にお兄さんたちに紹介します」
「楽しみにしているよ」
「皆で可愛がってやるさ」
そんな会話をしながら談笑していると、作戦のブリーフィングが始まった。
そして、その後、人類の英雄である勇者駕篭獅子斗が皆の前で語り始めた。
力強くも、優しい声色で語るシシトの演説に、ユウタロウの心拍数も上がっていく。
(すごいな。俺よりも一つ下なのに、あんなに堂々として……彼女たちも可愛い子ばっかりだし、アレが本当の英雄か)
ユウタロウも、レベルアップの話を聞いたときは自分も何かスゴい存在になれるのではないかと期待した。
しかし、実際は、ただ身体能力が上がっただけの、何でもない普通の人間でしかなかったのだ。
でも、そんなユウタロウでも、戦わなくてはいけない時があることを知っている。
「長い冬の始まり、最悪の世界。
人々は殺し合い、大切な人を失いました
でも、まだ大切なモノが残っているはずです。
大切な人がいるはずです。
取り返せることが、モノが、人が、いるはずです
戦いましょう。取り返すために。
戦いましょう。生きるために。
愛と、平和と、勇気を!
正義は僕たちにあります!
勇者はここにいます!
あなた達の力を、僕にください!
僕は必ず、あの魔王を、殺人鬼を、
メイセイシンジを倒します!」
「ウォオオオオオオオオオオオ!」
ユウタロウは、声を張り上げた。
戦わなくてはいけない。
守らなくてはいけない。
あの、大切な彼女と取り戻すために。
(……メイセイシンジのアジトには、他にも可愛い子がいるはずだ。そういえば、飾道さんも……!)
ミナミのクラスメイトには、少し柄の悪い、ヤンキーのような少女がいた。
彼女も、雰囲気は怖いが、よく見るとかなりの美少女なのだ。
彼女も、きっと助けを求めているに違いない。
(ミナミと一緒に、飾道さんも助ける……!僕も英雄になるんだ。勇者になるんだ。そうすれば、駕篭獅子斗のように……)
シシトの周りにいる美少女たちにユウタロウは目を向ける。
すると、そこに見慣れない服を着た人物がいることに気がついた。
彼は、フードを深くかぶり、パチパチと拍手をしている。
そして、そのままシシトの肩に手を置くと、急に姿を消してしまった。
シシトと共に。
「……え?」
シシトが消えた瞬間。
艦内は、静まりかえってしまう。
シシトの素晴らしい演説で高まった空気も、志気も、一瞬で消えてしまった。
そして、消えた分の反動のように、混乱が場を支配しようとしたときだ。
シシトの彼女であるユイ、コトリの肩にもそれぞれ誰かが手を置いている。
「…………誰!?」
「え、ええ?」
ユイが振り向き、コトリが驚きの声を上げている間に、彼女たちもどこかに消えてしまう。
シシト、ユイ、コトリは、この作戦の……いや、今や聖槍町の若者のリーダー的な存在だ。
そんな彼らが一瞬のうちに消えてしまい、指揮するモノがいなくなった。
もう一人……正確にはもう一匹、セラフィンというハムスターのような生き物がいるはずなのだが、セラフィンもどこかにいったのか輸送機から姿を消していた。
「ど、どこいったんだよアイツ等は!」
「アレは、明星真司!? なんでアイツが!」
太めの男性……確か、カズタカという男性が、フードの男の顔を見たのかメイセイシンジの名前を口にする。
「な、メイセイシンジだと!?」
「どうやってここに……!」
「なんでアイツがここにいるのよ! じゃあコタくんは……」
混乱しながらも、何とか事態をつかもうと皆それぞれに動き出す。
その中でカズタカは、シシトが消えた場所までその重い体をドスドスと動かしていった。
「ど、どこいきやがった……あのコトリって子の肩を掴んでいたのは常春 清だよな? 転移の気配はなかったぞ! くそ!」
カズタカはドスンと足踏みをする。
「せっかく俺の城を取り戻すチャンスだっていうのに……」
「兄さん……」
カズタカの弟、川田が心配そうな顔をして駆け寄る。
「これからどうする?」
「ああん? 知るかよボケが! 自分で考えろ!」
「っ……! はぁ。なんでこんなことに……明星のくせにシシトくんに何をするつもりだよ。あのクズやろうがっ! 絶対に首を切り落としてぐちゃぐちゃにつぶしてやる! タドのカタキだ!」
「楽しみにしていたのに……あのガキが集めた美少女を俺のモノにするのを……温泉に裸で隙間なく並べて女体風呂でもしようと思っていたのによぉっ!」
川田もカズタカも、苛立ちを隠さず自分の欲望を爆発させている。
そんな彼らの欲望を、誰も聞いてはいなかった。
皆、シシトが消えたことでそんな余裕がなかったからだ。
だから、気がつかなかった。
いや、正常な状態でも、気づけるような手練れは、この輸送機にはいなかったのだが。
「ぶげっ!?」
「ぎゃん!?」
突如輸送機の天井に穴が空き、川田とカズタカの上に何かが降り立った。
川田も、カズタカも、頭部が完全に吹き飛び、その大きな体だけがビクビクと痙攣を起こしている。
「到着……お兄さんたちは、皆うまくやったみたいだね」
「うん……あとは、ココにいるクズたちの処理。私たちの仕事、だよね?」
彼らの頭を踏みつぶしたのは、二人の可憐な少女たちだった。
一人は黒いドラゴンの翼を生やしている。
「そうだね。やろうか、ネネコ」
「うん、ヒロカ」
ヒロカとネネコは、半透明の杖を構え、輸送機にいる人たちに向けた。
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