第330話 格闘家が襲ってきた

「んん? どうした小僧! まだまだやれるじゃろうが! さっさと起きあがらんか!」


 瓦礫の上で倒れているシンジに、セイの祖父セイリュウは声をかける。

 シンジは、ゆっくり起きあがると、唇についている血を拭った。


「チクショウ……いつもいつも急に殴りかかりやがって……! いい加減にしろよ、くそじじい! 今度こそ三途の川を渡らせてやる!!」


「良いぞ! 来いっ!!」


 怒りに身を任せたシンジを見て、実に嬉しそうにセイリュウは笑う。


 二人の拳がぶつかりあった衝撃は、離れた場所で彼らの戦いを見ていたユリナたちの元まで届いた。


「っ!? あのおじいさんと呼ぶには筋肉が凄まじいおじいさんが、セイのおじいさんですか!? そして、そちらの方がお父さん!?」


「ん? ああ、君はもしかして火堂さんの娘さんかな? 初めまして、常春清一郎と申します」


 コタロウの肩を掴んだまま、メガネの男性、セイイチロウが頭を下げる。


「……私の母とも知り合いなんですか。なんですかこの状況。よくわからないのですが、とりあえず……」


 ユリナは、激しい戦いを繰り広げているシンジとセイリュウの方をみる。

 また一つ、建物が倒壊していた。


「あの、あれを止めてくれませんか?」


「そ、そうだよお父さん! おじいちゃんを止めて! なんで、おじいちゃんと先輩が!」


 突然現れた自分の祖父と父親に戸惑っていたセイは、思い出したようにセイイチロウに二人の戦いを止めるように言う。


「んん……? おや、セイ。こんなところにいたのかい?」


「気づいていなかったの!? お父さん!?」


 おそらく、本当に視界に入っていなかったのだろう。

 セイイチロウは、セイを見て軽く驚いている。


「ははは。いやいや、そんな綺麗な格好をしているから、気が付かなかったよ。どうしたんだい。いつもは『動きにくいからイヤだ』っていって、そんな派手な着物は着たがらないのに」


「そ、それは……って、そうじゃなくて、いいからおじいちゃんを止めてよお父さん。早くしないと、先輩が死んじゃう!」


 セイは、自分の祖父であるセイリュウの強さを嫌というほど知っている。


 セイリュウの拳は、堅い巨岩さえ豆腐のように崩すことができる。

 おそらく、まっとうな生物なら、祖父に勝てる存在はいないのではないかとさえ思えるのだ。

 そんな祖父と戦って、無事に済むわけがない。


 必死なセイの言葉と、セイイチロウも軽く思案する。


「そうですね……確かに、そろそろ止めたいところだ」


 セイイチロウは、コタロウの肩を掴んでいるのとは逆の手を口の横に持ってきて、声を出す。


「お父さん、ほどほどにしていてくださいねー……次は僕が戦うんですから!!」


「お父さん!?」


 止めるどころか、自分も戦うと言った父親に、セイは驚きを隠せない。


「なんで止めないの? というか、なんで戦おうとしているの!?」

セイの抗議を、セイイチロウは笑って流している。


「……あの、山田先輩。詳しい話を聞かせてもらってもいいですか?」


 シンジとセイリュウの戦いに手は出せないと判断したユリナたちは、コタロウたちがいるマンションの入り口に戻っていた。


 コタロウは痛みを和らげるように肩に手を当てている。


「詳しい話もなにも、シンジから格闘家の集団に襲われていた話は聞いていない?」


「そういえば、そんな話もありましたね。では、その集団が?」


「そう。常春ちゃんのおじいちゃんたち」


 その答えに、ユリナは思案するように頭を押さえる。

 セイに関して、あることを察したからだ。

 そして、疑問もあるが、その答えは質問しなくてもわかる気がした。


「え、でもセイちゃんのおじいちゃんたちに襲われていたなんて話は聞いていないよ?」


 ユリナによぎった疑問を代わりに質問したのは、マドカだ。

 その質問に、コタロウは半笑いで答える。


「気づかなかったんじゃない? だって、あの筋肉の孫がセイちゃんなんて、イメージできる?」


 シンジを襲っている筋骨隆々の高齢者を見て、マドカもユリナも首を振る。


「師匠たちにお気に入りの男の子がいることは知っていましたけど、それがシンジ君だなんて、私も知らなかったなぁ」


「そういえば、エリーさんもセイの所で学んでいたんでしたっけ」


 エリーが、頬に手をあて微笑んでいる。

 おそらく、ユリナが察したことにエリーも気が付いているのだろう。


 ユリナも、エリーも、見守るようにセイに視線を移す。


「じゃあ、昔からお父さんたち先輩を襲っていたの? なにしているの! そういえば、たまに皆でいなくなる時があったけど! まさかそのときに襲っていたの!? なんでそんなことしているのよ!」


 セイは涙目になりながら、セイイチロウの襟を掴んでゆさぶる。


「ははは。いや、彼らの親とは知り合いでね。頼まれてもいたんだよ。『息子を鍛えてくれ』ってね。まぁ、彼らの才能を見て、こっちも楽しくなってきたから……強いて言うなら、趣味で」


「趣味で先輩を襲わないでよ! なにしているの!!」


 セイの抗議の声は、大きな爆発音で遮られた。


 その大きさは、ずっと聞こえていた戦いの打撃音に比べて、かなり大きいモノだ。


 自然と、皆の目は音が聞こえた方に移った。

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