第329話 獅子の頭が飛んで来た
「明けましておめでとうございます」
世界が変わっても、暦の概念は消えてはいない。
1月1日の朝は皆そろって新年の挨拶から始まった。
「いやぁ、みんな艶やかだねぇ」
満足げにコタロウがうなづいている。
女性陣が来ているのは、色鮮やかな着物だ。
「こんなもの、よく用意するよな」
シンジも、袴を着ている。
これらはもちろんコタロウが用意したモノで、着付けはセイとエリーがおこなった。
「本当はシンジにもこっちを用意していたんだけど」
コタロウが残念そうに持っているのは、女児向けの着物である。
「そんなモノ用意するなよ」
「まさか、シンジが優勝するとは」
嘆くコタロウに合わせるように、他の女性陣も同様に息を吐いた。
昨夜行われたシンジとのデートを賭けた歌の大会は、終盤もつれにもつれたのだが、最後は自分も歌う権利があるとシンジが登場し、そのまま優勝してしまったのだ。
「シンジが歌も得意なんて知りませんでしたよ」
ユリナも不満げに口を尖らせている。
「得意ってわけじゃないが、機械での採点だからな。あれだけ見れば高得点を取るパターンもわかるだろ」
こともなげにシンジは言う。
「そんなに幼女化がイヤだったんですか?」
「当たり前だろ! 女に変わったのも、違和感凄かったんだからな!! ないモノがあって、あるモノがないんだよ!」
抗議するシンジをユリナがなだめる。
「まぁ、シンジをいつ幼女化させるか、という話題は置いておきましょう。せっかくのお雑煮が冷めてしまいます」
「置くな、そんな話。幼女化は絶対にしないぞ」
そんな他愛のない話をしていたときだ。
突然、部屋に警報が鳴り響く。
「……エリーさん」
「わかっている」
警備を担当しているエリーは、すぐに自分のiGodを取り出すと、監視カメラで状況を確認する。
「何か飛んできている。凄いスピード。このままだとぶつかるし、とりあえず打ち落とすわ」
「……わかった」
飛来してきている何かを打ち落とす判断に、シンジは異論を挟まない。
「間髪いれずに打ち落とすのか」
「まぁ、今の状況だと飛んできている時点でほとんど敵対している何かだろうし」
そんなやりとりを聞きながら、ミユキとミナミも冷静に話し合う。
彼女たちも、この状況に十分順応しているのである。
そのまま、しばらく画面を凝視していたエリーは、顔を上げる。
「……飛んできたモノは、氷の矢で打ち落とせたわ。でも、これは何かしら?」
エリーは不思議そうに頬に手を当て首を傾げる。
「みんなで見てみようか」
コタロウが壁の一部に外の状況を映し出した。
マンションの入り口から20メートルほど手前には、毛を生やしている一軒家ほどの大きさの獣の顔があった。
それは、大きさを無視するとその見た目と今の季節柄、アレに見えた。
「……獅子舞?」
皆、エリーと同様、首を傾げるのだった。
「……獅子舞、だね」
お雑煮を食べるのをやめ、シンジたちはマンションの外に出ていた。
大量の氷の矢が刺さってはいるが、獅子のような顔の物体が、確かに転がっている。
「アレの攻撃でしょうか?」
「いや、それにしては意味不明だし、そもそも、獅子の顔なんて投げるかな? 一応、リーダーは獅子斗君なんでしょ?」
コタロウの疑問は当然だった。
一応はリーダーであるシシトと名前が似ている獅子の頭を投げるなんて、いくらなんでも縁起が悪いだろう。
新年早々することとは思えない。
「……で、シンジはなんでそんな所に立っているの?」
コタロウは、後ろを振り返り、マンションの入り口をみる。
そこには、シンジが怪訝そうな顔をして動かないでいた。
ちゃっかり、セイも横にいたりする。
「いや、なんかイヤな予感が……」
「イヤな予感? 俺たちも離れた方がいいのか?」
「いや、そういうわけじゃなくて、なんか個人的にイヤな感じがするんだけど……」
シンジが腕を組んで獅子の頭を睨んでいると、突然、獅子の頭が持ちあがる。
「ハハハハアッ!!」
そして、男性の笑い声が聞こえたと皆が認識したときだ。
シンジの体が、忽然と消えた。
「……え?」
隣にいたはずのセイでさえ、反応できていない。
「シンジは!?」
すぐにコタロウはセイの元へいき、シンジについて問いただすが、セイも戸惑っているのだろう、ただ首を横に振るだけだ。
全員、キョロキョロと周囲を見渡すと、約100メールほど離れた場所にある、元々はコンビニだった建物がガラガラと崩れ始めた。
「戦って、いる?」
瓦礫の煙でよく見えないが、シンジに誰かが覆い被さっていた。
「先輩!」
「シンジ!」
そのことを視認すると、コタロウとセイはすぐにシンジの元へ駆け寄ろうとした。
「まったく、はしゃぎすぎでしょう」
が、いつの間にか背後に現れた男性の声を聞いて、二人は動きを止めた。
和装のメガネをかけた、やけに姿勢の正しい男性はコタロウの肩に手をおく。
「……アンタか」
一度息を飲んだコタロウが、ゆっくりと口を開いた。
和装のメガネの男性は、にこりと笑う。
「明けましておめでとう、コタロウ君。元気そうで……いや、まったく元気じゃないですね。ボロボロじゃないですか、君」
「グアッ!?」
男性が掴んでいる手に力を入れると、コタロウは痛そうに声をあげる。
「山田先輩!?」
ユリナを含め、その場にいた女子たちは全員、驚愕していた。
彼女たちはつい先日、コタロウに挑んで、その強さを実感したばかりなのである。
セイの全力の打撃も、ユリナの全霊を込めた魔法も、コタロウは涼しい顔で受けきったのだ。
そんなコタロウが、今は肩を掴まれただけで額に油汗をにじませ、苦悶に耐えている。
一方、コンビニの建物の方から、声が聞こえてきた。
「ハハハハハハァアアア!」
愉快そうな男性の声に、皆の視線がそちらに移る。
シンジに覆い被さっていた男性の姿が、徐々にはれていく。
筋骨隆々の、白髪の男性だ。
コタロウの肩を掴んでる男性と同様、和装ではあるが、こちらはなぜか上半身が裸である。
「山田先輩、彼らはいったい何者ですか!?」
先ほどの会話から、コタロウと男性たちが知り合いだと判断したユリナはコタロウに問いただす。
痛みをこらえながら、コタロウは答えた。
「このオッサン達は、よくシンジに襲いかかっていた変態武道家で……イタッ!?」
「誰が変態武道家ですか? コタロウ君?」
「イタッイタイ! わかった! ごめんなさい! 訂正する!」
コタロウは、まるでその見た目のまま、幼子のように痛みに体を暴れさせる。
「あー、もう! じゃあ簡潔に答えるよ。 こっちのメガネは常春清一郎(とこはる せいいちろう)。あっちのジジイは常春清竜(とこはる せいりゅう)。『素手喧嘩の武士』って呼ばれる世界最強の武道家で……」
セイが、目を見開いたまま、小さくこぼす。
「なんでここにいるの?」
「常春ちゃんの、おじいちゃんとお父さんだ」
「……………………ええええええ!?」
その答えに、セイとコタロウ以外の全員が驚きの声を出した。
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