第328話 年が終わる
完成した年越しそばを皆のところへ持って行く。
「おお、エビ天だ。これは、皆で協力して作ったの?」
「……はい」
「私が天ぷらで、この子がそばつゆ」
「私たちがネギを切りました」
セイとミユキとヒロカの答えを聞いて、シンジはどこか安心したようにゆっくりと微笑む。
「そうか、よかった」
「……よかった?」
「いや、なんでもない。さてと、伸びる前に食べようか。いただきます」
軽く手を合わせ、皆いっせいにそばをすする。
冬の静けさにつるつるとそばの音だけが響いていく。
ときおり、さくさくとしたエビ天のリズムが刻まれ、年越しの演奏会は華やかになる。
「……というわけで、歌合戦だよ!」
唐突に、コタロウが現れた。
ちょうど、そばを一通り食べて、味の感想や一部の者(マドカ)がおかわりを所望しようとしていたタイミングだった。
コタロウは、何やら赤と白に分かれた衣装を着ている。
「色々言いたいことはあるが、とりあえず歌合戦って、あれか? 年末にテレビでよくやっているやつか。赤と白に分かれる」
「そう。でもチーム対抗じゃなくて今回は個人戦。機械で採点して一番ポイントが高い人が優勝」
コタロウが指をならすと、宴会場でよく見るマイク付きの機械と共にステージが出てきた。
ご丁寧に、うしろにスクリーンがあって、点数が表示されるようになっている。
「……そうか」
シンジは何かを察したのか、そばを手早く食べ終えると、ゆっくりとその場を離れようとする。
「大晦日の夜に何のイベントもないのも寂しいからね。優勝した人には商品があるよ」
「おわっ!? やっぱりか!!」
逃げようとしていたシンジの背後に素早くコタロウが回り込むと、瞬く間にシンジを拘束してステージの中央にぶら下げる。
そして、そのままなぜかシンジに布をかぶせた。
「今回のコタロウくんの商品は……こちらだ!」
まるで手品のような効果音と共に、ジャーンとコタロウが布をとる。
すると、そこに現れたのは女子学生の制服を着た、いや女性に変わったシンジだった。
「な、なんでじゃーーーい!」
「というわけで毎度おなじみ。シンジとの初詣デートの権利をかけて勝負だ。ちなみに、なんとなくTSさせたけど、もちろん普通のシンジとのデートでも大丈夫だよ」
「なんとなくとか雑な理由でTSとかさせんな! ちょっ、これ、思ったより違和感強いぞ! なんか声も違うし!」
ジタバタ暴れるシンジの声はいつもよりも高音になっており、どこか優しげだ。
一方、暴れているシンジをよそに、女性陣の反応は、混沌としていた。
「……うーん、女の子にはあんまり惹かれないなぁ、お姉さん」
エリーの反応は冷めていたが。
「お、女の子? え、先輩がお……え? うえ?」
「お、落ち着いてセイちゃん! 確かに意味分からないし、どういう反応が正解か分からないけど! というか、なんで女の子にしたの、山田先輩は!」
「面白そうとか、そんな理由じゃないですか? 知らないですけど。でも、確かにシンジが女性化した姿は興味深いですね。けっこうな美人さんじゃないですか。ふふふふ」
「ユリちゃんが怖い!」
セイたちは興奮している。
「……後輩たちは騒々しいな」
セイたちのやりとりを見ながら、ミユキは呆れたように息を吐く。
「まぁ、騒ぐのもわからんでもないけど」
遠目で見ただけだが、確かに騒ぎたくなる程度に、女性化したシンジはミユキから見ても魅力的だった。
(もっと近くでじっと観察したいなぁ……ってなんかヤバい奴みたいだ)
ふっと浮かんだ自分の思考を、ミユキは慌てて消す。
(でも、誰かに似ている気もするな。誰だろ?)
女性化したシンジの姿に、ミユキは既視感を覚える。
「学校で見た気がする。同級生……じゃないな。先生でもないし……ん?」
ふと、ミユキは隣に座っていた自分の同級生に目をやる。
ミナミは、目をランランと輝かせていた。
「まさかの、TS明星さん。ヤバい。どうしよう……でも、ショタも捨てがたい。どうしよう。どうすればいいの、私は!? ミユキン!」
「知らねーよ。というか、歌に自信があるのか?優勝する気満々だけど」
「ふっふっふ……実は動画で投稿してバズる程度には歌えるのだよ、私は」
「マジかよ」
生き返ってから、同級生の知らない面ばかり見えてくる。
「だから、優勝して明星さんと……TSにするか、ショタにするか……はっ!」
何か思いついたように、ミナミは手を打つ。
「TSさせて、幼児化……幼女明星さん……!? これだ! 今、私に天啓が舞い降りた!」
ミナミの一言に、周りの女性陣も騒然とする。
「なっ……天才ですか!」
「そのアイデアはお姉さん思いつかなかったなぁ……なるほど」
「せ、先輩が女の子で、小さい女の子……あう」
「セイちゃんが気絶した!? 許容量越えたのかな!?」
騒然とし、困惑しているが、明らかに熱量が高い。
(ヤ、ヤバイ奴らしかいない)
そんな女性陣から距離を置きつつ、ミユキは再度女性化しているシンジをみる。
なお、シンジは幼女化するというミナミのアイデアを聞き、恐怖を覚えジタバタと暴れ、コタロウに抗議している。
「くそ! 離せ! なんかマジでヤバイ気がする!」
「ははは、いやぁ、面白い事考えるね、皆」
そんなシンジとコタロウを見て、ミユキは先ほど覚えた既視感の正体に気がつく。
(……ああ、生徒会長か)
どこが、と強いて言うなら目だろうか。
女性化したシンジは、生徒会長、貝間真央に似ていた。
(……なんで似ているんだろ)
ミユキが知っているのは、マオがシンジを嫌っていたということだけだ。
(……たまたまかな)
とりあえず、自分の既視感は解消出来た。
なので、ミユキは意識を切り替える。
切り替えるのは、もちろん歌の勝負に勝つ方法だ。
(……まぁ、デートなんてどうでもいいけど、あんなヤバイ奴らに任せると、明星さんも可哀想だしな。うん)
そんないいわけをしつつ、しかしミユキは困っていた。
(でもどうする? 歌ってあんまり歌ったことないんだよなぁ)
悩んでいる間に、シンジの抗議の声を聞き流しながらコタロウが進行していく。
「じゃあ、第一回シンジ争奪年越し歌合戦開幕します!」
こうして、シンジ達の最後の年末は騒がしくも、楽しくすぎていった。
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