第326話 ユリナとゲーム
「唐突ですがシンジ。ゲームをしましょう」
「本当に唐突だな」
日課となっている『神体の呼吸法』の修練が終わったタイミングで、ユリナがシンジに提案する。
なお、いつもどおりユリナは二人でする『神体の呼吸法』によって倒れており、そのユリナをシンジが支えている。
二人の顔は、少し動けばキスが出来るくらい近い。
「ゲームって……今度は何を企んでいるんだ?」
「別に。ただ、ゲームをしようとお誘いしているだけです」
「ふーん……で、ゲームって何をするんだ?」
「え、そんなの決まっているじゃないですか」
ユリナは首をこてんと横にする。
「ドラモンハンターVSです」
ユリナが提案してきたのは、コンシューマーゲームだった。
ドラモンハンターVSは、シンジが大好きなドラモンシリーズの派生作品である。
その特徴として、狩りゲーと呼ばれる強大なモンスターを倒すゲームに、対戦要素が組み込まれていることだ。
お互いが用意したモンスターをどれだけ早く倒せるか競ったり、純粋にプレイヤー同士の対戦もある。
そんな異色作である。
もちろん、シンジも大好きなドラモンシリーズのため、このゲームはプレイした経験はある。
ただ、あまりやりこんだりはしていない。
「まぁ、やりたいってなら別にいいけど……」
シンジは座り、息を吐く。
先ほどまでは、道場のような修練場で『神体の呼吸法』の訓練をしていたのだが、さすがにゲームをするということで、自分の部屋に戻ってきている。
もちろん、ユリナも一緒なのだが、問題は座っている場所だ。
「なんで、俺に抱きついているの?」
ユリナは、シンジにぴったりと正面から抱きついていた。
ちなみに、ユリナがいるためイスに座ることができずに、シンジはベッドに座っている状態である。
「なんでって……理由が必要ですか?」
ユリナの頭が、真横にあるため、シンジから顔は見えない。しかし、淡々と当たり前のようにユリナは言っているのは、声色からわかる。
「いや、いい。それより、ユリナもドラモンしていたのか。VSなんて、メジャーなタイトルでもないだろ」
ドラモンVSは携帯ゲーム機のタイトルだ。
お互いがゲーム機を持ち、対戦を始める。
「帰宅部だったので、ゲームはよく遊んでいましたよ。特にドラモンシリーズは、ある人の影響で、遊んでいました」
「ある人って?」
「さぁ? 誰でしょうか?」
コテンと、ユリナはシンジに向けて頭を預ける。
柔らかいユリナの髪が、シンジの首をくすぐる。
「……ドラモンシリーズは好きだけど、VSはあんまりしてないから、強くないぞ?」
「それはやってみないと……さぁ、勝負ですよ」
フィールドを駆け回り、お互いが相手を視認する。
こうして、ユリナとシンジのゲーム勝負が始まった。
それから、2時間後。
「……これで10戦目、ですか」
不満げに、ユリナが言う。
「だから、言ったでしょ?」
シンジは、少しだけ苦笑している。
「あんまり、強くないって」
結果は、10勝0敗で、ユリナの勝利だった。
「……もう一戦やりましょう」
「いいけど、もう勝負は決まっているようなモノじゃ……」
「いいえ、最後は賭けをします」
「賭けって?」
一つ、間を空けてユリナは言う。
「私が勝ったら、キスをしてください」
「へ?」
「情熱的に、ロマンチックに。いいですね」
「え、いや……」
シンジの了承を得ることなく、ゲームが始まる。
シンジがドラモンVSをやり込んでいないというのは事実なのだろう。
ユリナの装備が、郷帝桃シリーズという、ドラモンVSのラスボスの素材から作られる最強装備であるのに対して、シンジの装備はそれよりもランクが3つは下がる装備だ。
連れているモンスターも、対戦用で捕まえられるモンスターとしては最強クラスのゲンカイチという黒いドラゴンであり、シンジのゾンネオウという中盤で捕まえることが出来るオレンジ色のドラゴンとは強さの次元が異なるモンスターである。
シンジとユリナが対戦していたルールは、プレイヤーとモンスターが共闘し、プレイヤーかモンスターのどちらかを倒せば勝利となるルールである。
故に、最初からシンジの勝ち目が薄い戦いではあり、ユリナに対して10回も負けたことは、別に不思議なことではないのだ。
「……ふむ。さっそく見つけましたよ」
フィールドに、ランダムに転移させられたシンジのモンスターをユリナが見つける。
ルール上、逃げ出すことも可能な相手プレイヤーを倒すことよりも、襲いかかってくる相手のモンスターを倒した方がいい。
ユリナの装備ならば、中盤のゾンネオウは10分もかからずに倒してしまえる。
オレンジ色の羽を羽ばたかせながら突進してくるゾンネオウを避けて、ユリナは攻撃を与えていく。
「さあ、どうしますか? このままだとあと数分でシンジのモンスターを倒してしまいますが?」
煽るようにユリナはシンジの耳元でささやく。
しかし、シンジは反応しない。
「……もしかして、諦めました? ふふ……」
ユリナの攻撃がシンジのモンスターの顔面に入り、痛そうに仰け反る。
少しだけ退屈そうにユリナはシンジの肩に頭を乗せる。
ゾンネオウは、もう何体も倒している。
だから、どれだけ気を抜いてもユリナが負けることはありえない。
ゆえに、少しだけゆったりとした気持ちになっていた時だ。
ユリナの耳が、異常を関知した。
「……ん?」
感じたのは、音だ。
何か、一定のリズムが聞こえるのだ。
聞こえてくるのは、シンジのゲーム機からだ。
シンジのボタンのタップ音。
それに、聞こえてくるモンスターの声。
その声は、ユリナの仲間のモンスターの声だ。
「……え」
ユリナは、ゾンネオンの突進を防御しながら、自分の仲間であるゲンカイチのHPを確認する。
ゲンカイチのHPは、異常なまでに消費されていた。
もう、半分は削れている。
「……何をしているんですか?」
ユリナはシンジの顔を見るが、シンジは真剣なまなざしのまま、ゲームの画面を凝視している。
ユリナは、マナー違反ではあるとわかりつつも、シンジのゲーム画面に視線を動かした。
「……んな!?」
そこでおこわれていたのは、一方的な殺戮だった。
ドラモンシリーズは、シリーズを通して敵モンスターの隙を見つけて、攻撃をするゲームだ。
モンスターが攻撃をしてきたらそれを避けて、隙を見つけては攻撃を与える。
それを繰り返していくことになる。
しかし、シンジがしていたのはそんなゲーム性を根本から覆すことだ。
「……シンジ。まさか、あなた出来るんですか? 蓄積値のコントロールを、それもゲンカイチで!?」
蓄積値。
それは、モンスターの部位ごとに決められた値であり、その蓄積値までモンスターの部位にダメージを与えると、モンスターは特定の行動をする。
たとえば、さきほどユリナがモンスターの頭部に攻撃を加えたことで、モンスターが仰け反ったりしたようなことだ。
そして、その蓄積値だが、足にダメージを与えるとモンスターは一定時間転倒して動けなくなる。
それを利用して、シンジは今ユリナの仲間のモンスターを転倒させ続けているのだ。
「ゲ、ゲンカイチで転倒ハメが出来るなんて、聞いたことがありませんよ?」
「……んーまぁ。やってやれないことはない」
実際、シンジはしている。
「くっ……!」
装備も、モンスターも、全てがユリナの方が上だ。
しかし、手数が違う。
相手の攻撃を避けてから一撃を与えるユリナに対して、シンジは倒れている相手に一方的に攻撃し続けているのだ。
このままでは、確実にユリナのモンスターの方が先に倒れてしまうだろう。
「……こ、こうなったら……」
ユリナは踵を返して、走り出した。
(蓄積値を利用しての転倒ハメは、少しでも値がズレると成立しない)
ただでさえ、ゲンカイチの足は小さくて狙いにくいと言われている。
(だから、こうすれば……!)
ユリナは走り、そして到着した。
着いたのは、シンジがゲンカイチと戦っているフィールド。
ユリナとシンジと、モンスター達。
乱戦。混戦にしてしまえば、蓄積値を利用しての転倒ハメは使えなくなる。
そうなれば、装備などで自力が上のユリナが有利だ。
ちょうどよく、ユリナの後ろをシンジのモンスターが追いかけて突進してきていた。
(このまま、ぶつけてあげますよ!)
ユリナは、ギリギリのところで大きく回避行動した。
そのまま、シンジの仲間のモンスターが、シンジに向けて突進していく。
ズシャアアと大きな音と共に、砂煙が待った。
「……ふふ。どうですか。これで勝負は……」
ユリナは体制を立て直して、シンジとモンスターが入り乱れた場所へ向かう。
「……そんな」
しかし、その場所はユリナが期待したようなことは起きてはいなかった。
まるで何事もないように、ユリナの仲間モンスターゲンカイチは倒れたままで、シンジが攻撃を続けている。
「……なんで」
ユリナは、そのままシンジの後ろから切りかかる。
しかし、シンジは一切のよどみなく、ユリナの攻撃を避ける。
「ギャウン!」
「なっ!?」
そのユリナの攻撃が、起きあがろうとしたゲンカイチの足に当たり、ゲンカイチは転倒してしまう。
おそらく、シンジは調整したのだ。
ユリナの攻撃で蓄積値が貯まって、ゲンカイチが転倒するように。
「……くっ」
そこからは、一方的だった。
何度ユリナが妨害しようとしても、シンジはそれを読み切り、ゲンカイチは転倒し続ける。
そして、そのまま、ユリナの仲間モンスター、ゲンカイチのHPは切れてしまった。
「俺の勝ち。だね」
シンジはそう宣言すると、ゲーム機の電源を落とす。
ユリナは、シンジの肩に頭を乗せたまま動かない。
「……そろそろ寝ようか。明日は大晦日だし。って、もう今日だけど」
時計を確認して、シンジはユリナが降りるように促す。
「……手を抜いていたんですか?」
ぽつりとこぼしたユリナに、シンジは困ったように口を閉ざす。
「手を抜いたわけじゃないけど……」
「いえ、これは失言でした」
ユリナも、ゲーム機の電源を落とす。
「もともと、これを試すためだったんですからね。山田先輩が言っていましたから」
「……これって」
「シンジは、人と対戦する時は本気を出さない」
ユリナは、シンジの肩から頭を動かし、じっとシンジを正面から見つめる。
「……そんなこと」
「よっぽどの格上が相手じゃない限り、本気にならないと聞いています。山田先輩に対しても、ゲームでは本気で戦ったことがないそうですね」
シンジは口を閉ざす。
「ふふ。まぁ、いいです。確かに、あんなことが当たり前に出来るのなら、本気になることも少ないでしょう」
でも、とユリナは付け加える。
「ちょっとムカつきますね。それに悲しい」
「いや、それは……その……」
もごもごと口を動かしていたシンジの隙をつくように、ユリナはそっと、シンジの頬に唇を当てる。
「……え?」
「でも、楽しかったです。本気のシンジと戦うのは」
ユリナは、すっとシンジから離れる。
「今度も本気でしましょう。次は……そうですね。シンジが勝ったら私にキスが出来る。というのはどうでしょうか」
「それは……」
「そして、私が勝ったら、ロマンチックなキスをしてもらう」
「おい。それじゃあ、どっちにしても」
「ふふ……じゃあ、また遊びましょう。おやすみ、シンジ」
ユリナは、そのまま嬉しそうにシンジの部屋を出ていく。
ユリナが頬に残した暖かさは、まだシンジの頬に残っていたが、それも、いつかは消えてしまうモノだった。
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