第325話 ロナが守る
ゴクゴクと喉を鳴らしながら飲み込まれていくのは『黄金の液体』
飲んでいる男は、駕篭獅子斗。
シシトは、『黄金の液体』を飲み干すと、荒々しくテーブルに置いた。
「……もう一杯もらえる?」
「そろそろ止めた方が……それで8杯目だよ?」
バスローブだけを羽織った姿で、ロナは言う。
「ダメだよ。飲まないと……もう、5日になるんだ。強くならないと、僕は『勇者』なんだから。僕が強くならないと皆を守れない。助けることが出来ない。あの『殺人鬼』から」
じっと、シシトがロナを見る。
その目に込められた意志の強さに、ロナは諦めたように目を伏せ、『黄金の液体』が詰まった瓶を持ってシシトに近づく。
「これが最後だよ? あとは明日。お願いだから……」
「わかった。ありがとう、ロナ」
トクトクとロナはシシトに『黄金の液体』を注ぐ。
「……こんなに飲んで、大丈夫なの? 最初は、一日一杯だけって聞いたけど」
シシトから離すように『黄金の液体』が入った瓶を片づけながらロナは聞く。
「問題ないよ。それに、僕のレベルも『50』を越えたんだ」
「『50』!? 確か、クリスマスの時はまだ25くらいだったよね?」
「そうだよ。スゴいよね。コレ。これだけ強くなれば、今度は助けることが出来る……百合野さん……」
シシトがマドカを、彼にとって最愛の人の名前を呟く。
その名前は、裏切り者の名前。
「百合野さんは……」
「……操られていたんだ。残っていたんだ。呪いがまだ。倒したと思ったのに、殺人鬼が……明星真司が……!」
ロナの言葉を、思考をかき消すような形相で、シシトはコップをにらみつける。
シシトはマドカが裏切り者であるという考えを許さない。
操られたのだと、しきりに擁護し続けている。
「そういえば、山門町で見つけた生き残りの人たち、百合野さんの知り合いみたいよ。百合野さんのお母さんと会って嬉しそうにしていた」
だから、ロナは、すぐに話題をそらす。
「そうなんだ。そうか、それはよかった。もしかしたら、その人達と一緒なら、百合野さんの呪いも解けるかも……」
マドカの呪いを治せるかもしれないと、シシトの機嫌が急によくなる。
だが、ロナはそこまで楽観視していない。
マドカ達の捜索中に偶然山門町のリバーモールで救助した人達は、リーダーである守屋を含め、男性のみだった。
彼らの目を思い出し、思わずロナは手をさする。
ロナに向けられた彼らの目には、確かに性的な欲望が込められていたのだ。
そして、その目はマドカの母親にも向けられていた。
知り合いではあるのだろう。
しかし、おそらくはマドカの母親は彼らに対し、異性の知り合いであるということ以上に、警戒心を強く持っているに違いない。
なら、そんな男性達がいたところで、シシトがいう『呪い』なんて解けるのだろうか。
そもそも……
「『呪い』なんて……」
「どうしたの? ロナ? 顔色が悪いけど」
思考の海に入っていたロナを、シシトが不思議そうな顔をしてのぞき込む。
「へ、あ、大丈夫。なんでもない」
「でも……最近具合が悪いよね? 食欲もないみたいだし……本当に大丈夫?」
「うん。平気」
(……食欲がないのは、たぶん……)
ロナはそっと、自分の下腹部に手を当てた。
シシトがいうとおり、最近ロナに食欲はない。でも、その理由をシシトには言っていない。
言ってはいけないと思ったからだ。
「まだ具合が悪いなら、ヤクマ先生に診てもらった方がいい」
「ううん。問題ない。それに、ヤクマ先生もヒドい怪我だったでしょう? まだ病み上がりなんだから……」
「大丈夫だフィン!」
妙に高い、可愛らしい声が聞こえ、ロナはビクリと反応する。
「ああ、セラフィン。今日はなにをしていたんだ? 見かけなかったけど」
「色々と協力してくれる人達のところへ行ってきたフィン。学校から連れてきたあの女の子達もシシトに協力してくれるって言ってくれたフィン」
「本当かい? でも、協力といってもあの人達を殺人鬼のところへ連れて行くには……」
「『私たちを殺した明星真司のことは許せない』ってやる気マンマンだったフィン。女の子を戦いに巻き込まないってシシトの優しさは素敵だと思うフィン。でも、優しいだけではダメだって学んだフィン? 百合野円も、常春清も、妹の猫々子ちゃんもシシトの優しさでは救われなかったフィン」
「っ!? ……優しいだけじゃ、ダメなのか? 俺はただ、百合野さんも、常春さんも、皆を守りたいだけなのに……幸せにしたいだけなのに……」
「優しさのない勇気は誰も幸せにしない。力のない勇気は誰も守れない。優しさと力と勇気を。世界を救う『勇者』は、全てを手に入れないといけないフィン。全てをその身に納めないといけないフィン。それが、『愛』だフィン」
セラフィン黄金に輝く液体の入った瓶をシシトに渡す。
「ちょっ! セラフィン! シシトはもう、今日は……」
「いつも飲んでいる『黄金の液体』を改良してもらったフィン。効果絶大フィン」
「ありがとう、セラフィン」
「シシト!」
ロナの制止の声も聞かず、シシトは瓶に入った『黄金の液体』を飲んでいく。
一口、『黄金の液体』が喉を通っていくごとに、キラキラとシシトの体が光っていく。
それは神秘的なのだろうか。
美しい光景なのだろうか。
ただ、ロナにとっては背筋が寒くなるような光景だった。
「……ふぅ! おいしいね、コレ。それになんだがいつも以上に力がみなぎってくるみたいだ」
「よかったフィン。それよりシシト。そろそろ時間じゃないかフィン?」
「え? あ、本当だ。ユイのところに行かないと……」
軽やかな足取りで、シシトが扉に向かう。
そして、ついでのように、その足取りのような軽さでシシトは言った。
「あ、そうだセラフィン。ロナが最近具合が悪いみたいなんだ。なんか良い方法ないかな?」
「っっ!!」
シシトの報告にロナは息をのむ。
「……わかったフィン。ちょっと話を聞いてみるフィン」
「ありがとう。そういえばユイもコトリも具合が悪そうなんだよな。食欲がないみたいな。すっぱいモノばかり食べるんだ」
「……へー」
「じゃあ、行ってくるよ」
ユイも、コトリも、ロナと同様具合が悪いことを知っている。
その原因が、おそらくはロナと同じであることも予想している。
だからこそ、セラフィンにはそのことは知られないようにしていた。
なのに、あっさりとシシトが相談してしまった。
シシトを見送るようにしていたので、ロナからはセラフィンの顔は見えない。
だから、何を考えているのかわからない。
「具合が悪いフィン? ロナ? 大丈夫フィン?」
クルリとふりかえり、満面の笑みをセラフィンが浮かべている。
訂正だ。
顔が見えても、セラフィンの本意はロナにはわからない。
ただ、心臓が止まりそうな感覚があるだけだ。
「だ、大丈夫。心配しないで。なにもないから……」
「へーぇー」
下から上へ。
下腹部から、舐めるようにセラフィンはロナをみる。
「本当に大丈夫フィン? 顔色が悪いフィン」
「だ、大丈夫だから。ちょっと疲れているだけだから」
ロナは慌ててセラフィンから顔をそらす。
ただ、じっとセラフィンはロナを見ていた。
「ふーん。具合が悪いなら、ヤクマ先生に診せた方が良いフィン。ヤクマなら、きっとロナを『幸せ』にしてくるフィン」
「大丈夫。大丈夫だから」
「遠慮することないフィン。もう、ヤクマは怪我も治って元気一杯に皆を『幸せ』にしているフィン」
「大丈夫だから!」
震えながら、ロナが叫ぶ。
そんなロナに、セラフィンは変わらずに笑顔を向けたまま、フヨフヨとロナから遠ざかっていく。
「そう。なら良いフィン。でも、シシトも心配しているし、元気がないならこのドリングだけでも飲むと良いフィン」
セラフィンは近くのテーブルの上に、虹色に輝く液体をおく。
「これはただの『栄養剤』だフィン。遠慮しなくて良いフィン。じゃあ、私は今から『協力者』のところへ行くフィン。そろそろ『決戦』。体は大事にした方が良いフィン。だって……」
セラフィンはニッコリと、深く笑みを浮かべる。
「ロナの体は、もうロナだけのモノじゃないフィン」
そう言い残して、セラフィンはロナの前から消えた。
とたんに、部屋に込められていた重さがなくなる。
「……ハァ」
力なく、ロナはその場に座り込んだ。
呼吸がずいぶんと久し振りな気がする。
数度呼吸を繰り返すと、吐き気がこみ上げて、ロナは慌てて自室のトイレに駆け込む。
「……ウェッ」
吐き気がする。食欲もない。なんとなく思い当たって、検査をしてみた。
反応は陽性だった。
「……知られた」
ロナは力なく、トイレから出ていく。
喉がかわいた。
何か飲みたい。
酸味のある飲み物がいい。
セラフィンが置いていった虹色の液体が妙に魅力的に見えて、手が伸びる。
「……ダメ」
首を振り、ロナはそのまま虹色の液体を持って行くと、トイレに流して捨てる。
そして、部屋の冷蔵庫から水を取り出すとゴクゴクと飲み干した。
「私が、守らないと」
ロナの目には、確かに強い意志が宿っていた。
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