第315話 マドカが好きなモノ
「……はぁ」
朝食を食べ終え、マドカは約束していたコタロウの家へと向かうエレベーターに乗る。
「明星先輩、大人気だね」
親友達から向けられた殺気を思い返し、乾いた笑いがこみ上げてくる。
セイやユリナは知っていたが、まさか、ミユキまでシンジにあのような感情を抱いているなど、思わなかった。
「そんなにカッコいいってわけじゃないんだけど……まぁ、悪い人じゃないし」
これからデートするのだ。マドカ自身はシンジをどう思っているのか。
ついそんな思考になってしまう。
「意外と話しやすい人ではあるよね。気が利く……というかよく見ているというか。でも……」
『好き』なのか。
朝から、水蒸気のように沸いては消えていく疑問がマドカの思考を覆っていく。
「……いや、いや。だから、それはない。嫌いじゃないし、好きではあるけど恋とかじゃなくて『ライク』。『ラブ』じゃない」
顔を赤くしながら、マドカは自分で否定する。
「……うん。違う。私はセイちゃんとユリちゃん。どっちかが明星先輩と上手くいってほしいって思っているんだ」
ぐっとマドカは拳を握る。
同時に、エレベーターの扉が開く。
セイとユリナの二人。
どちらかの恋を、シンジとの関係を応援している。
上手くいってほしいと願っている。
それは間違いではないし、実際にそうではあるのだろう。
「あ、おはよう。百合野さん」
「……ごくっ」
コタロウの家の玄関の前に立っていたシンジを見て、マドカは軽く息を飲む。
シンジは普段ラフな格好を好んでいる。
制服以外は、ジャージやスウェットなどを着ているのだ。
しかし、今日の格好はあまり見たことがない。
上質なシャツとセーターの組み合わせ。髪までちゃんと整えられている。
普段見ないその格好は、まるでマドカとのデートのために選んだようだ。
(いや、そりゃデートだし、本当に選んだんだろうけど)
当たり前ではあるが、しかし、自分とのデートの為に、普段着ないような服を着てくれていると考えると、体の中心に暖かいモノが広がっていく。
(……って、だ、ダメだ。そういうことを思っちゃダメだ。さすがに、そこまで思っちゃうと……)
脳裏に浮かぶのは友人たちだ。
今日デートをするのはゲームの賞品ということもあるし、そのゲームでひどい目に合わせた友人たちに対する当てこすりという意味もある。
しかし、その友人たちが本当に傷つくのは、マドカもイヤなのだ。
(だから、今日のデートも楽しみすぎない。むしろ、調査くらいの気持ちでいこう。明星先輩のことって、よく知らないし。ユリちゃんやセイちゃんが、少しでも明星先輩と仲良くなれるようにアドバイスするための調査。それが今日のデートだよ)
うんうんと、マドカは自分に言い聞かせた。
同時に体の中心から広がっていた暖かさも冷えていく。
(……冷静にいこう)
「おはようございます。明星先輩」
そうやってやっと落ち着きを取り戻したマドカは、にこりとシンジに挨拶を返すのだった。
が。
「うわっ!うわっ!うわーーーーーーーーー!!!!」
弾んで、弾みすぎて、まるでスーパーボールのような声を出している少女がいる。
そんな声を出しているのは、もちろんマドカだ。
「これ! これはっ!?」
マドカの眼前に広がるのは、色とりどりの花と木々。
とても美しく、生命力にあふれているが、どれもが一度も見たことがないモノばかりだ。
それが、見渡す限りどこまでも続いている。
「コタロウに頼んで、植物園を創ってもらった。せっかくだし、向こうの世界の植物を集めたんだけど、どうかな?」
マドカの後ろで、扉を閉めながらシンジが答える。
この扉は、クリスマスパーティーの時と同様、コタロウが創った世界へとつながる扉だ。
朝の挨拶を終えたシンジとマドカは、さっそくその扉から、異世界の植物を集めた植物園へとやってきたのだ。
ちなみに、この世界を創ったコタロウは、扉の向こう側にいる。
「こ、これは……いや、その……い、行きましょう明星先輩! 早く! 早く!」
見たこともない植物に囲まれ、マドカは興奮を隠し切れていない。
この扉をくぐる前は、『友人のために情報収集をしよう』なんて考えていた思考はかけらも残っていないだろう。
手が、まるで犬のしっぽのようにぶんぶん揺れている。
「わかった。待ってって。コタロウがガイドブックくれたから、そのとおりに」
「はやく!」
マドカが、シンジの腕を取る。
興奮して気づいていないのだろう。
マドカの小さい胸がシンジの腕に当たっている。
「あ、いや……」
「はやく! はやく! なんですかあの青くて大きな花! 花! お花!!」
胸のことを指摘しようか。ガイドブックを確認しようか。
思案している間に、シンジはマドカに引きずられるように連れて行かれるのだった。
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