第314話 殺気が溢れる朝食

「……よし」


 変なクセはないか。

 乱れはないか。

 鏡の前で忙しなく動かしていた頭を止めて、確認を終えたマドカは、気合いを入れるようにギュッと口を閉じる。


 クリスマスパーティーで勝利し、今日はシンジと、マドカが望むシチュエーションでデートをすることになっている。


(……別に、私は明星先輩のことが好きってわけじゃないけども)


 もちろん、嫌いではないし、好意はある。しかし、恋ではない。


(ラブよりライク、って感じなんだよね。まぁ、それでもこれからデートだと思うと……)


 少しは、ドキドキと胸が高鳴り、落ち着かなくなるものだ。



「ッチ」

「ッチ」


 もっとも、マドカは別の意味でも、ドキドキしているのだが。


 背後から聞こえた舌打ちをマドカは目をギュッと閉じてやり過ごす。


 舌打ちをしたのは、マドカの親友……親友であるはずの、ユリナとセイだ。


 二人とも、目が据わり、まるで試合前のボクサーのように、マドカを見ている。


(……ビリビリするし、ゾクゾクするよ! これが殺気ってやつかなっ!? 初めての殺気が、なんで親友から感じないといけないのかなっ!?)


 親友からのファースト殺気に頭を悩ませつつ、しかしマドカは彼女たちと目を合わせないように、後ろを振り向かないようにしていた。


 ……威嚇する獣と目を合わせてはいけないのだ。


 ぷるぷると震えながら、マドカはそそくさと部屋を出る。


 扉を閉めて、壁一枚とはいえ、親友達の強烈な殺気から逃れたマドカは、ほっと息を吐く。


「おはよう。飯食べるか?」


 そう声をかけてきたのは、調理担当のミユキだ。


 昨日から、正確にはマドカがクリスマスパーティーで勝利し、シンジとのデートの権利を手に入れてからセイとユリナがマドカに対して殺気を振りまくようになっていたので、マドカだけ食事の時間をずらしていたのだ。


 なので、セイ達やシンジ達は食べ終えているが、マドカはまだ朝食を口にしていない。


「あ……うん。いただきます」


 マドカは、椅子に座り、そして微笑んだ。


(ミユキさんが作る料理って美味しいんだよね。今日の朝食は何かなー)


 ミユキの作る料理は、ホテルでもここまでのクオリティは中々ないだろうと思えるような、手の込んだモノが出てくるのだ。


 セイ達の殺気で荒んだ心が、ミユキの料理を食べることが出来ると考えただけで、癒されていく。


(……でも、食べ過ぎないようにしないとね。いくらなんでも最近の私は食べ過ぎだし、それに今日の服も……)


 マドカは、今自分が着ている服を確認する。


 白のニットにミニスカート。


 上にコートを羽織るので、体のラインはそこまで出るものではないが、それでも、食べ過ぎてぽっこりとしたお腹を見せるものではないだろう。


 しかし、ミユキの料理は食べすぎてしまう。


 昨日の朝食に出てきた、フレンチトースト、スクランブルエッグ、クラムチャウダー、フルーツの盛り合わせは3回もおかわりをしてしまったのだ。


(……今日はせめて1回……いや、2回にしよう)


 そう、マドカは固く決意をする。


 そんなマドカの前に、コトリと皿が置かれた。


「……え?」


 皿、というか小皿だ。


 そして、ドンと箱と瓶が置かれる。


 瓶には、白い液体。


 箱には、マフラーを巻いたネコ類の動物が描かれていた。


「……え、っとこれは?」


「コーンフレーク」


 ミユキは、簡潔に答える。


「だよね!? いや、見たら分かるよ? でもなんでコーンフレークなの?」


「いや、昨日飯を食べながらずっと『セイちゃんとユリちゃんに殺されるかも』って怯えていたじゃないか」


「う、うん」


「だから、死ぬ前に食べたいかなって」


「それはコーンフレークじゃないよ!? 私の『死ぬ前に食べたい料理』にコーンフレークはエントリーしてないよ!? コーンフレークは平和な時だから食べていられるけど、命の危険を感じている時に食べるようなモノじゃないからね!?」


 コーンフレークほど、命の危機から遠いイメージの食事もないだろう。

 それに、マドカが期待していたミユキの料理からも遠い。


「まぁ、落ち着けよ。実は、このコーンフレーク。私にとって思い出深い料理でさ」


 ミユキが、ゆっくりとマドカの対面に座る。


「思い出って……?」


 ミユキが母親からほとんど虐待のような仕打ちを受けていたことを、マドカは聞いている。


 もしかしたら、そんな母親が見せた、ほんの少しの優しさが感じられるような思い出がコーンフレークにあるのかもしれない。


 だとすれば、マドカの反応は良いモノではないだろう。


 少々罪悪感にかられながら、マドカはミユキの話を聞く。


「あれは小学生の時だったかな? まかないも用意出来ないくらい忙しい時に取材が入って、私が夜の店にいると外聞が悪いからって『コレでも食べてさっさと出て行け』って夕食に食べさせられたのがコーンフレークなんだ」


「最低の思い出だった!!」


 少しでも感じていた罪悪感を返してほしい。


 そんなことを思っているマドカに、ミユキはにっこりと微笑む。


「だから、早くそれを食べろよ」


 トントンとミユキは指でテーブルとたたく。


『コレでも食べてさっさと出て行け』


 どうやら、京都人のお茶漬けのような意味で、コーンフレークを出されたらしい。


 セイやユリナにも負けないような殺気を感じつつ、マドカはコーンフレークを流し込む様に食べたのだった。

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