第313話 勝者が決まる

 ユリナはしっかりと、上空から見ていた。


 セイが双六のマスに捕らわれるところを。


 そして、エリーが去ったあともマスを覆っていた結界から出られずに苦戦していたことを。


(……私も山田先輩に確認をとったので間違いないです。あのマスの結界からはゲーム終了まで出られない、と)


 結界を作ったのはコタロウなので、コタロウを越える実力があれば抜け出せるかもしれないが、いくらセイでもそこまで強くはない。


 ならばなぜ、セイがここにいるのか。


「……分身。だいぶ使えるようになったね」


 シンジが、少しだけ嬉しそうに、セイをほめる。

 シンジの言葉を聞いて、ユリナは正解を得て固まり、セイは嬉しさから頬をゆるめる。


「……ありがとうございます」


(……分身って、いつから?)


 ユリナの心の中の疑問に答えたのは、シンジだった。


「最後に大きな爆発があったけど、その爆発に紛れて分身を走らせたのかな? 本体の方は、森に入ってすぐに身を隠す。いくらユリナが上空で観察していたとしても、動いている分身がいれば、止まっている本体に気がつくのは困難だろうね」


 まるで、見てきたようにシンジは話す。


(……そんなことが)


 シンジの性質を、能力を考えれば、その考察はおそらく間違っていないのだろう。

 セイも、それが正解だと言うように、相づちを打っている。


 結局、ユリナも知らなかったということだ。


 セイが、これほどの広範囲に、長時間、分身を維持し続けることが出来るようになっていることに。

 そして、それを可能にするほどに、シンジを想っていたことに。


 ゲーム終了まで、あと一分もない。


 どうあがいても、外れそうにないマフラーの拘束。


 ユリナはまだ、精密な魔法の操作に手の動きを必要としている。


 杖も蹴り飛ばされた今の状態では、セイを出し抜き、シンジを取り返すのは不可能だ。


 ユリナは、セイをみた。


 子供姿のシンジを見つめ、頬を赤くし、目を潤ませて、歓喜している。

 そんなセイを見ていると、どうに力が抜けてしまう。


(……負け、ですか)


 ユリナはそのまま、雪の冷たさに身を任せることにした。


(……可愛い)


 目の前にいる、ちっちゃいシンジに、セイは興奮を止めることが出来ないでいた。


(可愛い、ちっちゃい、可愛い可愛い)


 今から、このシンジを抱きしめるのだ。


 そう考えるだけで鼓動が早くなり、体が止まってしまう。


 シンジとセイの間に、5メートルの間隔もないだろう。


 その5メートルがすごく遠い。


「……抱きしめないの?」


 ちっちゃいシンジが首をコテンと横にする。


「……はぁっっ」


 その仕草の愛らしさに、セイは震える。

 こんな可愛い存在に、愛しい存在に、触れてしまってもいいのだろうか。


 余りに強い自分の欲求に、欲望に、セイは逆に動けなくなっていた。


「……あと、10秒ってところか。どうしたの? 俺とデートはしたくない?」


「……いえ! 違います! そうじゃなくて……」


 セイは慌てて首を振る。


「……そう」


 セイは、ゆっくりシンジに近づく。


 一歩歩くごとに、心臓が痛い。


 呼吸が荒くなる。


 高まる気持ちに、胸を押さえていると、セイはあることに気がついた。


 ずっと見つめていた、シンジの表情が変わっている。

 先ほどまで、シンジはどちらかといえ無表情だった。


 おそらく、それは公平性を保つためだったのだろう。


 しかし、今のシンジの顔は違う。 


 とてもわかりやすく。

 がっかりとした、顔をしている。


「……セイ。これはアドバイス。自分の欲望は、ちゃんとコントロールしたほうがいい。俺もそうだったけど、コントロール出来てない欲望は、大切な時に邪魔をする」


「……欲望?」


 鐘が鳴る。


 制限時間が来たのだろう。


 つい、鐘の音が聞こえてきた上空、コタロウの方を向く。


 その瞬間だ。

 セイの視界がブレた。


 次に、重力を後方に感じ、セイは自分が今、傾いていることを、地面が隆起していることに気がついた。


「なっ!?」


 隆起した地面から、何か生えてくる。


 茶色い物体。蛇のようにうねり、動いている。


 それが樹木の根っこであると、気づくのに数秒必要だった。


「うふふふふ……ユリちゃんに、セイちゃんめ……」


 樹木の根っこの先。


 邪悪な笑みを浮かべている少女がいた。


 恨みが怒りと混ざり、何か黒いモノが湧き出ているような錯覚さえある。


「痛かった……痛かったよぉおおお!!」


 まるで、反撃された悪役のようなセリフを、少女が、マドカが叫ぶ。


 そんなマドカの感情に呼応するように、球体が複数、マドカが手にしているジョウロから放たれる。


 球体は、水のように伸び、広がり、周囲の木々に刺さる。


 球体が刺さった木は、ビキビキと音を立てて急成長を始め、周囲に枝や根を広げていく。


「探すんだよ! ユリちゃんとセイちゃんを! 草の根をかき分けてでも探し出せぇい! 文字通り! アハ! アハ! アハハハハハ!!」


 もう、完全にマドカは壊れていた。


 マドカが暴走させた木々が、セイを捕らえ、絡めていく。


「っ!? せ、先輩! 先輩!!」


 セイは自分の体に巻き付く根や枝よりも、シンジ手を伸ばす。


 延びた枝に、シンジは浚われていく。


 どんどん遠ざかるシンジに、セイは手を伸ばして叫ぶことしか出来ない。


「アハハハハハハハハハハハ……あれ?」


 そして、シンジはたどり着いた。


 狂喜していた、少女の元に。


 マドカの腕に。


「……なんで明星先輩が?」


 困惑しているマドカに、シンジはため息だけを返す。


 こうして、皆の困惑のうちに、シンジとのデートの権利はマドカが勝ち取った。


 もっとも。


 一番困惑し、頭を抱えていたのは、完全にセイが勝つと思い、ドヤ顔で解説していたコタロウだった。

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