第311話 子供が強い
エリカ・ピーターソン 21歳
孤児であった彼女がロナの父親であるバトラズに引き取られ、護衛として育てられたのは、まだ一桁の年齢の頃だった。
自分で決めたことなのか、引き取られ、教育をされた成果なのか分からないが、ロナを、自分より年齢の低い、『子どもを守る』という思考をエリーは常に持っていた。
だが、それでも、はっきりと分かることがある。
今、エリーが持っている『子供を守りたい』という願望は、生前よりも異様に強くなっているのだ。
(……たぶん、生き返ったから。『欲望』が力になる世界。『欲望』で、人が死体になっても動くこの世界。そんな世界で、生き返ってしまった私は、うっすらと持っていた思考、生前の欲望に、より強く捕らわれてしまっている)
だから、生き返らせてもらったとき、目の前にいる子供達が、自分よりも圧倒的に強い存在であると分かっていても、守ると誓った。
シンジと、コタロウと、そしてユリナの3人と、一緒に生き返ったミナミとミユキ。
(シンジ君とコタロウ君。この二人は別格。でも、ユリナちゃんも十分格が違う)
まるで平坦な道を歩くように、2丁の大型の銃の連射をユリナは止めて見せた。
まだ、エリーが生き返った時はここまでの実力ではなかったはずだ。
(……いや、たぶん昨日までは、止められなかったはず)
ユリナは、恐ろしいほどのスピードで力を伸ばしている。
愛する少年との修行は、ここまで少女を強くするものなのか。
(……でも、だからこそ!)
エリーの周囲に、大型の銃が2丁現れる。
銃の引き金には、マフラーが巻かれていた。
4つに増えた銃口から放たれる、銃弾。
(倍の数! この量! 防ぎきれる……)
ユリナが、杖を前方に向ける。
(だろうから!)
一呼吸、ずらしてから、エリーは引き金を引いた。
4つの銃と、そしてユリナの背後に忍ばせていた2つの銃。
周囲の色に擬態するマフラーを巻いて、ユリナに潰させた罠に隠すように、ユリナの警戒の外においていた、死角からの攻撃。
計6つの方向からの奇襲。
銃弾は、しかし、ユリナに当たることはなかった。
「……ウソでしょ」
さすがに、エリーの顔に笑みはなかった。
エリーは銃を落とす。
6発の銃弾を、いや、氷弾を打ち込まれたのだと思う。
というのも、ユリナがなにをしたのか、はっきりとエリーには視認出来なかったのだ。
ただ、ユリナに銃弾を放った6つの銃は、全て凍り付いてしまっていた。
もう、動かすことは出来ない。
「……これで終わり、ですよね?」
ユリナの言葉に、エリーは息を飲む。
知っていたのだ、最初から。
エリーがユリナの背後に銃を仕込んでいたことを。
他の、潰させた罠を違い、隠すつもりで隠していた罠の存在を。
(……強いことは、知っていた)
『知ること』は、戦いではとても大切で重要だ。
だから、『知ること』を知っているユリナが強いのは当然だ。
でも、だからこそ。
「……どうかな? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
これは虚勢だ。
しかし、エリーは悟らせない。
ユリナは怪訝な顔を浮かべ、体をすこし、硬直させる。
ユリナは強い。
『知ること』の大切さも知っている。
(……でもね、大人はウソもつくんだよ。ないものも、あると言うんだよ)
一瞬の硬直。それで十分だった。
エリーは凍らされて、使えなくなった銃をユリナに向けて投げた。
前から、そして、後ろからも。
「……ん?」
少しだけ、ユリナに当たる軌道から逸れた銃達は絶妙にユリナの意識をエリーから遠ざけた。
その隙に、エリーは駆けていた。
迫っていた。
ユリナの、懐に。
(……ユリナちゃんは、魔法使い。遠距離攻撃が得意。それは知っている。そして私は知っている。10年以上、鍛えてきた自分の肉体を知っている)
どんなに強力な魔法を使えても、組んで、絞めて決めてしまえば関係ない。
(……私は勝たないといけない。『守る』ために!)
多少、セイと訓練したからといっても、ユリナでは格闘技でエリーに勝てる道理はない。
エリーの手が、ユリナの服を掴む。
「……惜しかったですね」
その、ほんの一瞬の前に、ユリナの杖の先が、エリーに向いていた。
ユリナの杖が、飴のように丸く、大きくなり、エリーの体を包み込む。
「……んなっ!?」
瞬く間に、エリーの顔を残して、丸い球体がエリーを覆っていた。
エリーは、まるで雪だるまのようになっている。
「今のはさすがに焦りました。近接用の……セイ用の切り札を使うしかなかったですから」
ユリナは、ほっと息を吐く。
「……完敗だね」
エリーも、どこか安心したように、力を抜いた。
「……まぁ、これだけは言わせてもらおうか。私に勝っても、油断をしちゃダメだよ。私よりも狡猾で卑怯で、強い奴がいるんだ。悪い大人がいるんだ。大人を見くびっちゃダメだよ。なにがあっても『知ること』を忘れないように、いい? 負けた私がなにを言っているんだって感じだけど」
(本当は、勝って教えたかったけど。『守る』ために)
ごろんと、エリーは転がった。
「……ありがとうございます」
転がるエリーに、しっかりとユリナは頭を下げる。
「行きなよ。どうせ、どこにシンジ君がいるのか分かっているんでしょ? そこに置くように誘導したんだろうから」
「はい」
ユリナは、迷いなく走っていく。その後ろ姿は、まだ成長しきっていない子供の姿だ。
「あーあ。やだねぇ。あんな子供が、私よりも強いんだから」
エリーは空を見上げる。
そこには、さらに強い子供がいる。
「……私も、強くならないとね」
凍らされた銃は、しばらく溶けそうにもなかった。
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