第309話 子どもが可愛い
「……あんなにあっさり、セイお姉ちゃんが」
赤いマスに捕らえられてしまったセイを見て、ヒロカは驚きのあまり固まっていた。
「エリーさんって、そんなに強いんですか?」
ネネコの疑問に、コタロウは首を振る。
「いや。ぜんぜん。確か、レベルは15前後くらいだったかな。ステータス……身体能力なら、そこのヒロカちゃんや常春ちゃんの方が圧倒的に強いさ」
ならば、なぜ。
そんなネネコの思考を読んだかのように、コタロウは続ける。
「さっきも言ったけど、守る方が有利なんだよ。罠は用意できるし、地形を把握しているだけで全然違う。エリーさんの言葉どおり、『知ること』ことは、戦うためにとても大切なことだ」
「……じゃあ、このまま勝つのはエリーさんってことですか」
「……いや」
ヒロカの疑問に、コタロウは首を振る
「『知ること』は戦いに大切。でも、今のこの世界で強いのは……『欲望』だ」
一方、エリーとシンジは、小屋の中にいた。
双六の商品だと説明があった、お菓子の小屋だ。
現在、双六としてゲームが行われていないため、青いマスの上に立った者は、皆お菓子の小屋にワープするようになっている。
「……うーん、いい匂い」
エリーはそうやってクンクンとお菓子で出来ている壁に顔を近づけると、一部を手に取る。
どうやら、エリーが手にした壁はクッキーのようでそのまま口に運ぶ。
「うん。美味しい。シンジくんも、はい、どうぞ」
エリーはもう一度壁からクッキーを剥がすと、シンジの口元に近づける。
「……どうも」
そう言って、シンジはエリーからクッキーを受け取ろうとするが、エリーはひょいとクッキーを遠ざけた。
「……あーん」
エリーは、口を開けてシンジに見せる。
「……はぁ」
シンジはエリーが求めているように、大人しくクッキーを食べさせてもらうことにした。
「どう? 美味しい?」
シンジにクッキーを食べてもらって嬉しそうにエリー微笑む。
「うん。美味しい」
シンジは、素直に感想を述べることにした。
そんなシンジの返答に、エリーは満足そうにうなづくと、ぎゅっと両手でシンジを抱きしめた。
「……はぁ。可愛い……やっぱり子供はいいねぇ」
「……中身は男子高校生なんですけど」
「見た目は可愛いからいいんだよ」
そう言って、エリーはまるでお気に入りのぬいぐるみのように、シンジにほおずりする。
「ああ……癒されるわぁ」
「……そんなに子供が好きなら、マンションに何人か子供がいますよ?」
「死鬼の、でしょ? シンジ君の技能で攻撃してこないって言っても、死体の子供を愛でる気にはならないなぁ」
ふぅ、とエリーは息を吐く。
「……そろそろ、人間の死鬼は減ってきたけど、外には魔物がウロウロしているからね。こんな状況で、子供を生き返らせるなんて、バカなことはしないでしょ?」
エリーの問いに、シンジはうなづく。
「そうですね。今の世界は……人間の状況では、子供が生きていくのは難しいでしょうね」
エリーはほおずりをやめて、シンジを正面から見る。
「そんな状況でお姉さんを生き返らせたのは、守るため、だよね? 君たち、子供たちを」
シンジは、シンジ達は、高校生だ。未成年で、子供なのだ。
大人の視点や意見は必要だ。だから、エリーを生き返らせた。
例え、シンジの方がエリーよりも強くても、だ。
「……豊橋さんと、飾堂さんへのアドバイス、ありがとうございました」
「必要なかったかもしれないけどね。お姉さんがあれだけビビらせたのに、ミユキちゃんは怯まなかったし、ミナミちゃんも、何かしようとしていたし」
ミユキ達は、少しレベルを上げただけで、戦いにはほとんど慣れていない。
特に、威圧や挑発をして、罠を張り、工夫をする、人間のような高度な争いをする存在と戦ったことはないのだ。
だから、エリーとの戦いは、ミユキ達にとって、大きなプラスとなっただろう。
「強い子達、だね。良い子だよ、皆。そんな子達から好意をもらえて、羨ましいなぁ、このこの」
エリーは、シンジのほっぺをプニプニと突く。
「……本当に、そうですね」
シンジは大人しく、エリーにされるがまま、目を細める。
「そういえばさ。シンジくんは、誰が一番好きなのかな? お姉さんにだけ、こっそり教えなさいよ」
「……好き、ですか」
「そうそう。シンジ君も高校生なんだし、あんだけ可愛い子が沢山いるんだから、誰か一人は……っと」
エリーは、シンジのほっぺから手を離す。
そして、シンジを抱えると、ドアを蹴破り、お菓子の家から飛び出した。
同時に、お菓子の家に槍のような氷柱が、無数に降り注ぐ。
一瞬のうちに、お菓子の家は、氷の家に変化した。
「うわぁ……めちゃくちゃするねぇ。シンジ君に当たったらどうするつもりだったのかな?」
エリーは、上空を見上げる。
20メートルほどの上空に、飴の形をした杖に座っている、ユリナがいた。
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