第308話 エリーがセイと戦う

 いつのまに現れたのか。


 セイは、音も立てずにエリーの首に向かい、蹴りを放つ。


 縦方向の胴回し回転蹴り。


 おそらく、大型の拳銃よりも威力のある今のセイの蹴り技は、周囲に爆発のような衝撃と音を響かせる。


 人間の体を砕くのに、十分すぎるのそのセイの蹴りは、しかしエリーの首に届いてさえいなかった。


 エリーの首の15センチ手前で、セイの蹴りが止まっている。


「うわー……蹴られるまで気づかなかったよ。強くなったねセイちゃん」


 エリーが、笑みを浮かべながらセイに手を向ける。


 何も持っていないように見えるが、しかし、その指が形作っているモノから、セイは自分に何を向けられているのかを察し、すぐにその場を飛び退いた。


 タッタッタと、ミシンのが布に針を突き刺すような音が響く。


 ほとんど同時に、セイがいた場所に穴が空いた。


「悪いねぇ。完璧な奇襲だったけど、ちょっと諸事情で、背後に対してトラウマがあってさ。シンジくんに『後ろからの攻撃から身を守るものが欲しい』ってお願いしたのがこの『迷彩スカーフ』なのさ」


 エリーが手を振ると、布状のモノが外れていき、彼女が両手に機関銃のような武器を持っていたことが見て取れた。

 そして、その布が主にエリーの背後に集まっていることも。


 セイは、自分が着地する場所の雪を拳の風圧で吹き飛ばしたあとに着地する。


「罠をちゃんと警戒して偉い偉い。でも、どうしてここにセイが? 確か、ユリと戦っていたはずでしょ? 二人の能力を考えると、もう少し長引くと思ったんだけど……」


 セイは何も答えずに、ゆっくりとエリーに向けて構える。



5分ほど前。


 セイとユリナの戦いは、エリーの予想通り、拮抗していた。


 30分近くの戦闘。


 実力で言えばセイの方がユリナよりも上なのだが、ユリナが魔法を使用した遠距離からの攻撃を得意とするのに対し、セイは体術を用いた近距離により打撃が最大の攻撃方法である。


 そんな互いの得手が噛み合っていないことが、二人の戦いが千日手のように長期戦になっていたことの一因としてあるのだが、要因は別にある。


 それは、二人とも、相手を倒すことが目的ではないということだ。


 セイも、ユリナも、目的はシンジの確保だ。


 ゆえに、目の前の相手を倒すことが出来れば最善ではあるが、そのために全力を尽くし、シンジを探しにいけなくなっては意味がない。



 結果として、手を抜いているわけではないのが、決して全力での勝負とはならなくなり、消耗戦のような戦いが続いていた。


 しかし、30分が経過し、残り時間も少なくなってきている。


 何らかの決着を付けなくてはならないと、セイも、ユリナも考えていた。


 だから、まるで打ち合わせをしていたかのように、ユリナとセイの攻撃の手が止まる。


「30分……さすがにそろそろシンジを探しにいかないとお互い間に合わないでしょう」


「そうね……シン……シン……シ……うう……」


「……無理矢理、名前を呼ばなくても大丈夫ですよ」


 シンジの名前を言おうとして、セイは赤面している。


「えっと、とにかく。どうです? ここは、お互いに『最大の火力』で大技を放ったあと、結果に関わらずにシンジを探しにいくのは?」


「……つまり、決着は、シ……先輩を見つけた後ってことでいいかしら」


「そういうことです」


 ユリナはうなづくと、トンと地面を蹴り、セイから距離を取った。


 ユリナは、飴の形をした杖を、地面に突き刺す。


 すると雪が舞い、氷の結晶が宝石のように煌めいていく。


 セイも腰をおとし、拳を握った。


 桜の花びらのようなシンジからの贈り物が、セイを護るように集まっていく


 互いに、準備が整った。


 気が満ち、破裂する。


 今日一番の爆発が、クリスマスパーティーの会場に響いた。




 そして、セイはここにいる。


 もっとも、そんな出来事をエリーに説明する必要性はないのだが。


「……数分前の爆発。最初の爆発より少し大きいなって感じだったけど……とりあえずアレで決着ってことで、シンジ君を探しに来たってところか」


 セイが何も答えなくても、セイがここにいるという事実から、エリーはセイたちに何が起こったのか、把握する。


「……だとすると、ユリもそろそろこっちに来るのか。んー……じゃあ、早く決着をつけないと」


 エリーが目を閉じ、悩んでいる隙に、セイはエリーに向かって飛びかかっていた。

 力強く握り込まれたセイの拳は、しかしエリーに届くことはなかった。


「……っ!?」


 エリーを殴ろうとしたセイの体が、クルリと一回転する。


「攻撃してきた奴をタダで返すほど、甘くないんだよ」


 そのまま、セイの体は引きずられていき、ミナミやミユキと共に、宙づりの状態になる。


 セイの足を見ると半透明の布が、しっかりと巻かれていた。

 おそらく、エリーに蹴り技を放ったときに、巻き付かれていたのだろう。


「ミナミちゃんやミユキちゃん達に仕掛けた罠と違って、それは普通の縄じゃないからね。さすがに気がつかなかったかー。羽のように軽いのに、鉄壁の守りもしてくれるスカーフだからね。しかも、その色は自由自在。どんなブランドのスカーフも裸足で逃げ出すような……ん?」


 エリーが、シンジから贈られたスカーフを絶賛している間に、セイは自身の腹筋と背筋のみで上半身を起こし、そして巻き付かれたスカーフを支点にして立ち上がる。


「……マジか」


 セイが見せたパワープレイに、エリーも、ミユキも、ミナミも、口を広げる。


「シッ!」


 気合いの声と共に、セイの手刀は、巻き付いていたエリーのスカーフを切り落とした。


「……それ、鋼鉄よりも堅いって話だったんだけど」


 驚愕の表情を浮かべたまま、エリーがぽつりとつぶやく。


 セイが、着地した。


「……でも、計算通りだね」


 赤いマスの上に。

 そして、エリーの顔がにんまりと歪む。


 セイがマスに着地した瞬間。


 赤い光の壁が、マスを覆った。


「何これ!?」


 突然現れた光の壁に、ミナミとミユキも驚き慌てる。


「っっっ!?」


 セイは、慌てて壁を殴るが、壁は打撃の音さえ響かせない。


 壁は、ちょうど森の木々の高さで折り畳まれて、まるで箱のように赤いマスを覆っている。

 つまり、セイ達は閉じこめられたのだ。


「双六、ボードゲーム。最初にシンジ君やコタロウ君が説明していたけど……マスにはそれぞれプレイヤーをお邪魔するミッションが組み込まれているんだよね」


 エリーが、小さい雪玉のようなシンジをヒョイと抱き抱える。


「色が色々あって……緑は何もない通常のマス。黄色は良いことも悪いことも起こるランダムマス。そして、赤色は罰ゲームマスだ」


「……罰ゲーム?」


 ミユキが、怪訝と心配を掛け合わせたような表情を浮かべる。


「そ。もっとも、シンジ君を巡ってのバトルロワイヤル方式にパーティを変えたから、大規模な罰ゲームイベントはやめているみたいだけどね。でも……そのマスの効果は生き続けている。罰ゲームをクリアしないと、そのマスからは出られないっていうね」


 セイは何度も光の壁をたたくが、壊れる気配はまったくない。


「……そんなこと、どこで知ったんですか? 説明はなかったと思いますけど……」


 ミナミの質問に、エリーは答える。


「君たちが来る前に、マスの効果についてコタロウ君に質問したんだよ。iGODで 」


 エリーは嬉しそうに、タブレット型のiGODを見せた。


「……じゃあ、お姉さんはそろそろ行くから。覚えておいてね。セイ。そしてミユキちゃんにミナミちゃん。戦いで大切なことは『知ること』だからね」


 エリーはシンジを抱いたまま、青色のマスを踏む。


「赤色が罰ゲームなら、青色はもちろんご褒美マス。バイバイ」


 エリーはシンジと一緒に、どこかへ転移していった。

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